第6話 漂人局

 長い石階段が続き、上方から陽の光が注ぐのが見えた。

 やはり地下空間だったのか、何となくそんな気はしていたんだよな。


 このまま外に飛び出すと目が眩み過ぎるな。

 少し目を慣らしてから出るか。


「おい、あんた一人か? 他の仲間はどうした。壊滅したのか!?」


 しまった。

 地上から武装した男たちが降りて来るぞ。


 向こうが階段の上方を占めていて、しかも光を背後に背負っている。

 こんな不利な体勢に陥るとは不覚だ。


 俺は両手の剣を構えて戦闘に備える。


「落ち着け! もう地上だ、助かったんだぞ!」


「おい、ウーゴ。あの兄ちゃんの恰好を見ろよ。ありゃ新しい漂人じゃねぇか?」


 武装した二人組は俺と距離を取りつつも、敵意のない姿勢をアピールしてくる。

 すぐに信用するわけにはいかないが、情報が無さすぎて判断できん。


 言葉は通じるみたいだが、よく分からん単語が飛び交っている。

 漂人? 俺のことなのか?


「だれか漂人局に行ってこい! 」


「ともかく落ち着いてくれ、俺たちは敵じゃねえ」


 武装した二人はあくまでも敵意がないアピールを続けている。


「…もう少し、距離を取ってくれ」


 俺が答えると、武装した二人は肩をすくめながら後ずさって距離を取った。

 そろそろ目が慣れてきたので、俺も二人との距離に注意しながら地上に向けて足を踏み出す。



 そこは、石造りの街並みだった。

 背後の俺が登って来た階段は、広場の中央に設けられた石碑の足元に口を開いている。


 あたりを見渡すと、二人のほかにも武装した兵士10人程が遠巻きにしてこちらを伺っている。


 これほどたくさんの武装兵を相手に戦闘するのは得策じゃないな。

 ここは腹を括って、この世界の人間とのやりとりを試みるしかない。


「ウーゴさん! 新しい漂人、見つかったって!」


 声がする方を見ると、兵士の一人に連れられた女性がこちらに駆けて来るのが見えた。

 年の頃は20前後だろうか、手には何やら書類のようなものを持っている。


「エリカの嬢ちゃん、こっちだ。この兄ちゃんだよ」


「はぁ、はぁ、あとは私が引き継ぎます。ありがとうございました」


 俺の目の前にやってきた女性は、肩で息をつきながらも兵士たちと何やらやりとりしている。

 引き継ぐと言ったか? 彼女は俺に何かをする気なのか?


「ふぅ…、私は漂人局のエリカです。説明を行いますので、まずは漂人局へ来てください」


「俺はシュウだ。その漂人とか漂人局というのは、なんだ?」


「それも漂人局で説明しますから、ともかく来てください」


 俺が問いかけても、女性は聞く耳を持たずに俺を先導しようとする。

 うーん、ついて行ってよいものか。


 まあ、結局どう説明されようが俺には真偽の判断がつかんしな。

 ひとまず付いていってみるか。


 エリカに連れられてやってきたのは、石造りの大きな2階建て建造物だった。

 一階にはカウンターと大きな倉庫があり、運送会社のような風情である。


 俺は2階の応接ルームのような部屋に案内され、エリカと向かい合って座った。

 周囲には武装した男女が数名いて、こちらを見ている。


 …まあ、俺は怪物から奪った剣を抜き身のまま所持しているからな。

 このくらい警戒される方が自然だろう。


「さて、色々と説明しますが、まずは一番大事なことを言います」


 そう言うと、エリカは少し緊張した面持ちになった。


「私たちはあなたを召喚したりはしていません。あなたがこの世界に迷い込んで来たのは、私たちとは無関係ですので、『勝手に呼びやがって』とか『生活を保障しろ』とか、そういうよくある苦情には応えられません」


 なんだ、そんなことか。


「ああ、分かってる。俺は自分の意思で来たからな」


「そ、そうですか…。この説明を聞いて、そういう反応をする方は初めてです」


 エリカと周囲の男女は面食らった表情をしている。

 俺は何か変な受け答えをしたかな。


 たぶん彼らは俺が暴れ出した場合に備えてここにいるんだろうな。

 暴れる理由が特にないと思うんだが。


「えー、気を取り直して。あなたのように迷い込んできた方は『漂人』と呼ばれ、私たち漂人局が対応にあたっています」


 ふむ、役所みたいな組織なのかな?

 ということは、漂人はそれなりの数がこの世界にやってくるのだろうか。


「あなたがた漂人は普通の人間とは違って、迷宮から離れて生きることができません。定期的に迷宮の空気を吸わないと、身体が衰弱してやがて倒れてしまうのです」


 迷宮てのは、俺が現れたあの地下空間のことでいいんだよな?

 ふむふむ、そんな制約があるのか。


「それも何ら問題ない。そんな理由がなくても、俺は迷宮に行きたいからな」


「そ、そ、そうですか…。順応が早くて助かります」


 周囲の男女がザワザワしている。

 ちょっと静かにしてくれないかな?


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