第5話 一団との遭遇

 鍵穴から射出された毒針が石壁に当たって、カツンと音をたてる。


 不思議な第6感にも助けられて宝箱の罠を特定した俺は、後ろから蓋を開けるという対処方法で罠を回避することができた。

 罠を解除しなくても、正面に立ちさえしなければ害はないからな。


 さて宝箱の中身だが、何枚かの硬貨とこれは…巾着袋か?

 小銭を入れるくらいの容量の袋だが、下げ紐も付いているしポケットがパンパンになりそうな現状では助かる。


 俺はさっそくポケットを膨らませている謎小石を巾着袋に入れると、すぐに違和感に気づいた。


 明らかに見た目の容量よりたくさん入るぞ?

 スウェットパンツの両ポケットを膨らませていた小石を全部入れて、その上でこの巾着袋を片方のポケットに余裕で入れることが出来てしまう。


 巾着袋を振ってみると音もしない。

 なんとも不思議アイテムだが、これまたポケットの容量と静音性の維持に困っていた俺にとって都合がいい。


 まあ深く考えたら負けだな。

 だいたい、部屋で瞑想していたら不思議空間に来たということ自体が不思議極まりないんだ。

 都合の良いことは何でも受け入れて行こう。


 宝箱にあった硬貨も眺めてみるが、赤銅色で見たこともない種類の硬貨だ。

 誰だか分からない女性の横顔がレリーフになっている。


 この世界? の通貨だろうか。

 確証はないのだが、日本というか地球とは違う世界に来ているだろうと思う。

 だって地球にはあんな怪物がウロウロしていたりしないよね。


 通貨があるということは経済もあるし、文明もあるのだろう。

 なんとか文明との接触を図ってみたいところだ。


 今のところ体調は悪くないが、飲まず食わずでは程なく行動不能になるだろうしな。




 その後も怪物との戦いを繰り返しながら風の吹く方向を頼りに移動し続けた俺は、風に含まれる臭いが徐々に新鮮なものに変わりつつあることを感じていた。


 これは外が近くなってきている気がするぞ。

 この空間の外がどういう世界なのかは分からないが、なんとか安定して生存を維持できる環境を構築したい。


 なにしろ、ここは楽しいからな。

 やっぱりすぐに死んでしまうのは勿体ないという気分が湧いてきたぞ。


 さて、そのためにはこの局面をどうするか…。


 いま俺は、例によって通路の曲がり角で身を潜めている。

 接近する気配を感じるのだが、これは奇襲を仕掛けてよいものかどうか…、なぜならばこれは人間の気配だ。


 時折話し声も聞こえるぞ。

 人数は…5人か、あるいは6人。


 接触を試みるか?

 この世界の情報や、あるいは水や食料などを交渉で得られるかも知れない。


 …しかし、もし戦闘になったらどうする。

 人間を殺すのか? それはこの世界で認められる行動なのか?

 

 接触をするのは、どうにもリスクが高いような気がするな。

 相手の人数が多いというのも具合が悪い。


 よし、ここは隠れたままやり過ごそう。





 俺は石壁のわずかな凹みや継ぎ目に指をかけ、腕の力だけで身体を持ち上げながら壁面をスルスルと登攀する。

 もっとツルツルした壁だったらこうは行かなかっただろう。


 曲がり角の天井に張り付く俺の眼下を、武装した男女の集団が通り過ぎていく。

 前衛と後衛に分かれているな、機能的な戦闘集団に違いない。


 前衛の3人は片手剣と小型の盾を備えた男が2人に、両手剣を携えた女が1人。

 3人とも具足を身に着けていて、奇襲するにしても急所をよく吟味する必要がありそうだ。


 後衛の3人は軽装だ。

 裾の長い衣服を纏った男女が前衛に続き、最後尾は足音を感じさせない斥候風の女が一団の背後を警戒している。


 気付かれるとしたらこの女だな。

 キョロキョロと油断なく周囲を警戒していて、こちらがわずかな気配を漏らしただけで潜伏が露見してしまいそうだ。


 俺は速やかに自己催眠に入った。


 全身を石のように硬直させることで完全静止を実現する。

 さらに呼吸も止めるが、気管を開きっぱなしにして外気と肺腑を平準化させることで、最低限の酸素交換を維持する。


 視覚情報を処理する脳活動だけを細々と続けながらも、それ以外の肉体の反応を極低下させて俺は石壁に溶け込み続けた。


「アニタ、どうしたの?」


「うん…いや、気のせいかも」


 後衛の軽装女が最後尾の斥候女に話しかける。

 気づかわし気に周囲を警戒していた斥候女だが、俺が完全に気配を消したので思い直したようだ。


「おいおい、アニタの警戒を晦ますような強敵が、こんな浅層にいてたまるかよ。縁起でもねぇ」


「そうなんだけどさ…ううん、ゴメン、行こう」


 前衛の男と軽口をかわしながら、斥候の女は警戒を解いた。




 やがて一団は立ち去り、見えなくなった。

 自己催眠を解除して床に降り立った俺は、一団が来た方向に目を向ける。


 間違いない、もう間もなく外だ。


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