第3話 骸骨

 石畳に倒れ伏した犬頭の怪物は、事切れると同時に塵になって消えてしまった。

 その場には怪物が所持していた盾と、ビー玉サイズの黒く光沢のある石が落ちているだけだ。


 殺すと消えてしまうのか。

 ではこいつを食料にすることはできないな。


 俺は怪物から奪った剣を確かめる。

 刃渡りは50cmほどの直剣で、拵えは片手握りだ。


 刃こぼれがひどい上に全体に錆が浮いていて、しかも軸が歪んでいるし鍔も緩んでいる。

 しかしこんなボロボロのなまくらでも、手元に武器があるのは心強い。


 盾も拾うか…、上手く使えるかな?

 俺は爺ちゃんからあらゆる武器の扱いを叩き込まれたけど、実は盾を習ったことがない。


 それでも、袖に鋼棒を仕込んで刃物を受け止める術は習得しているので、その延長線上と考えてなんとか対応していこう。


 この黒い石はなんだろうか?

 犬頭の怪物の身体から出てきたものなので、これも戦利品と言えるのかもしれない。


 まあともかく拾っていこう。

 この空間には小石一つ落ちていないので、投擲物として使うなら他に選択肢が無いしな。




 俺は道が分岐するたびに、風を感じる方向を選択して進む。

 罠を警戒しながらゆっくりと進んでいるので、老人の朝の散歩よりも緩慢な進行スピードだ。


 …いるな。


 目の前の曲がり角の先に気配を感じる。

 それも今度は複数、3体だ。

 

 風はそちらから流れてきているので、道筋を変えたくはないな。

 よし、もう一度奇襲でいこう。


 息を潜めて接近を待つ。

 足音はカラリカラリと軽快で下駄履きのような音色だが、下駄の歯よりずっと複雑な構造体が石畳と触れているのが分かる。


 リズムは2足歩行だが…、しかし呼吸音がまったく聞こえないぞ。

 いったい何者だ…?


 人ならざる者にはもう驚かないが、生き物ですらないのかも知れん。

 まあ、どんな怪物であれやるしかない。


 気配があと一歩で曲がり角に差し掛かる。


 今。


「しぃっ!」


 俺は鋭く息を吐き出しながら、先頭の怪物の首をめがけて剣を水平内回しに斬りつける。

 いわゆる左一文字斬りだ。


 いきなり骨を断つ感触。

 動く骸骨…!? いや、今は迷うな。


 俺は頭骨を失った骸骨を蹴り飛ばして退け、その奥にいる別の骸骨に左手の盾をぶつける。

 メキメキと音をたてて盾の縁が骸骨の肋骨を砕き、胸の半ばまでめり込んだ。


 この骸骨どもは、どこまでやったら致命傷になるんだ? 全く判断がつかん。

 仕方なく俺は飛び退って怪物どもから距離をとる。

 

 首を斬った骸骨、塵になっていく。

 胸を砕いた骸骨、塵になっていく。


 唯一無事な骸骨は、こちらに剣を向けて駆け寄って来るところだ。


 俺は真向に振り下ろしてくる剣を躱し、骸骨の左小手を斬り飛ばして盾を喪失させる。


 なにしろ盾を持たれているとやりづらいからな。

 敵の左半身に対する太刀筋が制限されて、どの急所も狙いづらい。


 さて、盾を奪ってしまえばあとは簡単だ。

 こいつは剣をやたらに振り回すばかりで、撃ち込む隙はいくらでもあるぞ。


 俺の振り下ろしで頭骨を唐竹に割り砕かれて、3体目の骸骨も塵に還った。



 ふぅ。

 こういうのもいるのか。


 途中で気付いたが、頭骨の形からしてこいつらは最初に出会った犬頭の怪物の、さらにその骸骨の化け物だな。

 片手剣と丸盾を装備しているのも同じだ。


 筋肉はもちろん腱も靱帯もない骸骨が、どうして剣を振り回せるのかは分からんが。

 まあ、落ち着いていけば難しい相手ではないな。


 今後はこういう生命体ですらない敵も想定しないといけないか。

 骸骨が相手では、神経や血管を狙った技術は意味をなさないだろう。

 いやそれどころか、人型でない敵の存在も覚悟しておこう。


 それと盾の存在だ。

 盾を持った相手と対峙することがこれほど面倒だとは、思いもよらなかった。

 ここも要研究だな。


 …面白い。

 面白いぞ。


 昨日までの俺が、何をしたらよいのか思い悩んでいたことが本当に馬鹿みたいだ。

 やらなくてはいけないことだらけじゃないか。



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