第2話 こういうのでいいんだよ
目を開くとそこは、石壁に囲まれた仄暗い部屋だった。
その部屋は1辺が20mほどはある正方形で、天井もやけに高くこれまた10mほどありそうだ。
電灯の類は見当たらないが、不思議なことに石材自体がほんのりとした光を発している。
つい先ほどまで締め切った暗い部屋で瞑想に耽っていたため、暗闇に目が慣れていることも幸いして足元に不自由はない。
ここはどこだろうか?
どこかは分からないけど、なぜかシックリ来るぞ。
なんというか、俺の身の置き所が、ここにありそうに思えてならない。
はだしの足の裏に石畳のひんやりとした感触が伝わって来る。
シックリ来るのはいいけど、肌寒いしここに長居するのは体調に悪影響がありそうだ。
もちろん過酷な環境に耐えることは忍者の必須能力のひとつだが、だからと言って無闇に自身のコンディションを落とすのは良くない。
ちなみに俺はいま、スウェットパンツとTシャツの部屋着を着ているだけだ。
だって自室から急に来ちゃったからね。
コンディションと言えば腹も減っているぞ、だって2昼夜ぶっ続けで瞑想してたからね。
…まずは保温手段と食料のあてをつけないとだな。
俺は部屋の石壁に備わる扉に歩み寄った。
分厚い木材に鉄板を鋲で打ち付けた、武骨で頑丈そうな扉だ。
ドアノブではなくリング状の持ち手がついている。
俺は扉に手をかけ…ずに、眼を凝らして構造を確かめる。
音や臭いも何かのヒントになるかも知れないし、床に積もっている埃に何かの痕跡が残っているかも知れない。
たっぷり数分かけて観察を終えた俺は、つまり罠を警戒していたわけだがその心配は無さそうだと判断した。
ギィ…と古めかしい音をたてて扉が開く。
音をたてたくはなかったのだが、油を持っていないので回避方法がなかった。
扉の向こうには左右に延びる廊下が広がっているのが見える。
廊下と言ってもこれまた広い、右方向は20mほど行くと丁字路に、左方向は10mいくとまた扉に面している。
どうやら、1辺が10mほどの正方形をつなげて全てが構成される空間のようだな。
クラシックな3Dダンジョンゲームみたいだと言えば通じるだろうか。
…これは右に行くべきか。
右方向から風が流れているのを感じるから、もしかすると外部に通じているかも知れない。
この空間への興味も尽きないが、まずは生存可能性を高めることに集中しよう。
俺の持つ能力の全てを尽くしてなお死んでしまうことは構わないし、むしろそうなったら本望だとも思ってもいる。
しかしそのためには生存に向けて最善を尽くさないとダメだ。
その上で、力及ばずに死にたい。
いや落ち着け、何を考えてるんだ俺は。
フフフ、どうやら高揚してるらしいな。
忍者は冷静沈着でなければ。
…!
足音がする。
生体と石畳が触れる音に加えて、硬い爪がカリカリと微かな音をたてている。
獣…?
いや、2足歩行のリズムだ。
俺は丁字路の曲がり角に身を隠して、そっと左側の様子を伺う。
こちらに向かってくる存在は人間のような体格だが、しかし人ならざるものだと確信できる。
「…ギィ、グ」
人型の身体に犬のような頭部、ハロウィンの仮装というわけではあるまい。
周囲を警戒して頭の上でクルクルと動く耳も、むき出しの牙から滴る唾液も、ハリウッドの特殊効果でもあれほど精巧にはできないだろう。
犬頭の怪物は、身体は素裸だが右手には刃渡り50cmほどの剣を、左手に丸盾を備えている。
こちらは徒手空拳、危険な相手だ。
俺は息をひそめて、奇襲のタイミングを待つ。
あと5歩。
あと3歩。
あと1歩。
いま。
犬頭の怪物に側面から飛び掛かった俺は、怪物の右手首を取って引き延ばすと同時に、左腕を回し込んで立ち絡みで肘を極める。
間髪入れず右腕を押し下げると、ビキリと音をたてて怪物の腕は折れ曲がった。
「グゥア!?」
突然の苦痛に怪物が怯む隙に、俺は剣の柄を怪物の右手ごと握ると、今度は逆に一気に押し上げる。
「ガブッ」
剣の切っ先が怪物の喉に喰いこみ、怪物は全身をビクリと緊張させた。
俺は怪物の折れ曲がった腕を解放すると、左腕で怪物の犬頭を抱き締めるように引き寄せ、より深く怪物の喉に剣を押し込んでいく。
一瞬のこわばりを除けば、怪物からの抵抗はない。
刀身の半ばまで送り込まれた剣は、怪物の首を貫通してうなじから切っ先を覗かせている。
ごぼり、と音をたてて怪物の口から血泡が漏れると、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
ふぅ。
上手くいったか。
…こういうのでいいんだよ。
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