現代忍者は万能ゆえに異世界迷宮を一人でどこまでも深く潜る
左兵衛佐
第1話 現代忍者、異世界へ
俺の名前は音羽修(おとわ しゅう)21歳、現代に生きる忍者だ。
いや、本当なんだって。
これには深い…、いや別に深くはないんだけど、一応ちゃんとした理由がある。
端的に言うと、俺の忍びの技術は爺ちゃんから叩き込まれたものだ。
爺ちゃんは三重県在住の伝統武術家で、室町時代から続く忍びの家の当主だった。
でも息子(俺の伯父さん)が跡を継ぐことを拒否したため、爺ちゃんは当時途方に暮れていたそうだ。
そこにちょうど離婚した娘(俺の母)が、当時幼稚園児だった俺を連れて実家に帰ってきた。
まあそれで、爺ちゃんは跡継ぎの候補として俺に目を付けたらしい。
それ以来、幼い俺が物事の判断がつかないのをいいことに、爺ちゃんは日夜徹底的に忍びの技と知識を俺に叩き込んだ。
今考えるとこれ虐待だよね。
いやまあ、別に嫌じゃなかったんだけどさ。
凄い技を軽々とやってのける爺ちゃんはとても格好良かったし、何でも知っている爺ちゃんは俺の憧れだった。
それにどうも俺には才能があったらしい。
教わった技を翌日には使いこなして見せる俺を見て、いつも厳しい表情をしている爺ちゃんの顔に微かな笑みが浮かぶのが楽しかった。
教わった通りに完璧に薬草を調合して見せると、あれもこれもと本草学の書を取り寄せてくれるのが嬉しかった。
だから俺自身も忍びの技術を身に着けることに夢中になったし、高校卒業を前に爺ちゃんから免許皆伝を授かるまでに上達できたんだ。
そして爺ちゃんは、次代に技術をつなぐ使命を果たしたことに満足したのか、ある日急に目覚めることなく、気持ちよさそうに眠ったまま旅立った。
急にこの世界に一人だけの忍者として放り出された俺は、困惑した。
これから何をしたらいいんだろうか?
もし現代に戦国武将がいたら、身に着けた忍びの技術を売り込んで仕官するのに。
いないんだよね…、戦国武将。
母のすすめで何となく大学に進学した俺は、絵に描いたようなモラトリアム大学生として3年間を過ごした。
運動部やサークルに誘われたりもしたけど、そんなことより授業が終わったら山野に入って鍛錬を続けていた。
きっと俺は苛立っていたんだと思う。
ここではないどこか然るべきところで、この身に着けた技と知恵の全てを尽くして、生き残るためにギリギリの日々を送る。
どうして俺には、そんな身の置き所が無いんだ?
ほんの500年前には、そんな身の置き所が当たり前にあったはずなのに。
この世界の方が間違っているように俺には思えて、苛立ちが募ってならなかった。
だから苛立ちを振り払うように、毎日力尽きるまで鍛錬で肉体を苛んだし、意識が消え去るまで瞑想に耽ったし、夜が白むまで本草学に没頭した。
そしてある日、唐突にそれは訪れた。
丸二昼夜の瞑想で忘我の境地にある俺と、俺以外の世界との境界が限りなくあいまいになったときだった。
ふと、ここではないどこかへと続く道があることに俺は気づいたんだ。
…ああ、これだったのか。
道理で、今いるところは違うような気がしていたんだ。
ずっと呼ばれていたのに、俺が鈍くて気づくことができないでいたんだ。
遅くなってすまなかった。
よし、行こう。
そう決意した途端に、俺はどこまでも無限に滑り落ちていくような、途方も無く速く移動しているような感覚に包まれる。
ああ、ずっと忘れていたけど…、もう顔も思い出せない父親に抱かれて…、春の日の滑り台を、滑ったときの…記憶…が。
………
……
…
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