第25話 始動2

 僕は鶉娘を残したまま、プロダクションを後にした。帰りも、佐竹が僕をアパートまで送ってくれた。


 帰りの車内で、鶉娘の学校のこと、両親のことなどを色々と聞かれたが、正直どのように答えたのか、よく覚えていない。その場の思いつきで、色々と返事をしておいた。

 鶉娘の学業については、現在休学中ということにしておいた。佐竹も、詳細についてはさほど聞いてこなかった。鶉娘を何としてでもプロダクションに引き込むのが優先だったのだろう。


 鶉娘の生活費や、その他諸々についても、全てプロダクションが持つという説明をしてくれた。これらの待遇からも、鶉娘に対する期待値の大きさがうかがえる。


 ひとまず、鶉娘についてはプロダクションが全面的にバックアップしてくれる感じみたいだ。僕が心配することは、何もない。全て任せておけば、近いうちに鶉娘をアイドルとして売り出してくれるに違いない。僕にできるのは、それを見守るだけだ。僕にできることは、もう、ほとんど無いに等しい。


 応援……するしかない。鶉娘ならやれる……。




 アパートへ帰り着き、佐竹の車を降りると、段ボール箱を抱えて歩く大家の爺さんと出くわした。


 昨日、僕がバイトへ行っている間に、鶉娘の洋服やエプロン、食材などをもらっている。お礼を言おうと思い、声をかける。


「大家さん、こんにちは。こんばんわかな?」


 日が沈むのが、随分と早くなってきていた。


「おぉ、三神くんかい。今日もホレ、さつまいも。あの子も好きじゃろうと思うてなぁ。持ってきてやったぞい」


 小柄な大家のお爺さんは、両手で抱えた大きな段ボール箱の中から、さつまいもを取り出すと、にっこり笑って僕に見せてくれる。

「え!? 今日もですか? いや、ホントにありがとうございます。昨日もたくさん頂いちゃって。お肉も野菜もとても美味しかったです」

「ええんじゃ、ええんじゃ。部屋におるんじゃろ? 喜ぶ顔が見たくてのぅ」

「僕、持ちますよ。ありがとうございます……あ、でも、あの子はいないんですよ」


 大家さんから段ボール箱を受け取ると、一緒に外階段を上っていく。


「おぉ、そうかい。そりゃあ残念じゃ。出かけとるんかい?」

「いや……その、もうここには来ないと思います。大家さん! あの子、実はアイドルの卵なんですよ! 今日から、大手芸能プロダクションの寮に入って、デビューに向けてレッスンを開始するんです。凄くないですか!?」

「ほほう……アイドル……そうかいそうかい、そりゃあ大層たいそうなこって……。こりゃあ、三神くんも、負けちゃいられんのう」


 そう言って、太鼓を叩くような仕草を見せる。いや、僕ドラムじゃなくてギターなんだけど……まぁ、いっか。


「あー、そっちはその……どうも、才能無かったみたいで……あの、大家さん? お茶でも飲んでいきませんか? 昨日も今日も、色々頂いちゃってますし……」

「そうかい? かえって、気い使わせてしもうたかのう……」


 僕は、アパートの鍵を開ける。そういえば、あの言葉……。


「大家さん? 大家さんに教わった言葉で、大変な事が起こったんですよ? それも、二回も。びっくりですよ……いったい何者なんですか?」

「おーう、そうかいそうかい。ふぉっふぉっふぉ。失礼するぞぃ」


 大家さんは優しく笑うと、僕に続いてダイニングに入ってきたので、テーブルに座ってもらった。

 僕は、さつまいもの入った段ボールを床に置くと、お湯を沸かし始める。


「なんじゃ、こっちは辞めてしもうたのかのう?」

 またもや、太鼓を叩く仕草をして見せる。

「はぁ、まあ……いくつか学校や先輩に紹介してもらって、色々挑戦したんですけど、全然、箸にも棒にもかからなくて、今は封印してしまいました」


「そんなに若いんじゃから、何も辞めてしまうことも無かろうて。そういうのはのう、続けることが大事なんじゃ。細々でもなんでも、ずっと続けておったら、何かしらの機会が訪れるもんじゃて……」

「でも、才能無いのに続けるのって、どうなのかなって……」


「才能なんてもんは、誰にも無い……裏を返せば、誰にでも有る。もし、好きなら、続ければいいんじゃ。それでも、何ともならんかもしれん。じゃがな……続けることが才能なんじゃ……続けるということが、どれだけ大変なことか……この歳にもなると、ようわかる……」


 ピーッと、やかんが沸騰を告げる。


「でも、あの子は、凄いと思いました。本当の才能って、ああいうのを言うのかなって思いました」

「そうかい、そうかい。ふぉっふぉっふぉ」


 急須にお茶を入れて、お湯を注ぐ。


「大家さんも、才能ありますよ。あのエプロンといい、スリッパといい、並みのセンスじゃないですよ。ビビりました。マジ神です」


 そっと大家さんの前に、お茶を差し出す。


「いやいや、もう神じゃないからのう……まぁ、元、神じゃがのう……」


 え? 大家さん、冗談も言うの? この歳でユーモアもあるなんて、やっぱ大家さんすげぇなぁ……。


「あの子……ウズメっていうんですけど、あの子なら、国民的アイドルも夢じゃないって思います。特にダンスは本当に凄くて、まさに神掛かみがかってるって感じです」


 大家さんはズッっと一口お茶をすする。


「そうかい、神掛かっておったかい。そうじゃろう、そうじゃろう。なんたって、ワシの……自慢の孫娘じゃからのう! ふぉっふぉっふぉ!」


 じ、爺さん……昨日、鶉娘と初めて会ったばかりだよね……それにしちゃあ洋服選びのセンスといい、距離の縮め方といい、ハンパ無えなぁ。昔はブイブイ言わせてたのかな? 冗談も連発して、マジ神だな……。


 本当に、いったい何者なんだろう。


 大家の爺さんは、ズズッっとお茶をすすると、にっこりとした笑顔を見せていた。

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