第24話 始動

 ……え?


 キャップを被った女の子は、鶉娘うずめに手を差し伸べる。……聞き覚えのある声だ!


「は、はい……天野あまの鶉娘うずめです……って、えっ!? も、もしかして!?」


「あ! これじゃ、わからなかったかしら?」


 そう言って、女の子はキャップを外すと、髪留めも解いて見せた。


 目の前に、いつも天井から向けられているのと、全く同じ笑顔が現れる。


 えっ!? えっ!? マジで! 僕は思わず後ずさりする。


「えっ!? 美玖みくさん!? あ、あの、わたし、天野あまの鶉娘うずめって言います。あの時、ステージで、美玖さんのダンス、踊りました!」

「ふふっ、覚えてるわよ……私も、とっても驚いたから。あなたを探すのに必死だったんだから。ようやく会えたわね」

 佐竹が、うんうんと大きく頷いている。


 美玖は、髪留めを解いたセミロングの黒髪を、左右にササッと振ってなびかせる。蛍光灯の光を受けてキラキラと輝くように揺れると、流れるように綺麗に整う。


「あの、わたし、美玖さんみたいになりたいなって……それで……それで、同じ衣装を着てたら……」

 鶉娘は美玖の手を両手に取ると、高揚したように矢継ぎ早に美玖への思いを打ち明ける。


「今、私達の姉妹ユニットっていう計画が持ち上がっているの。私も、あなたのあのパフォーマンスには驚いているわ。あなたさえ了承してくれれば、このユニット計画、成功させたいと思ってるの。どうかしら?」

 いたずらな子猫のように、キリッとした切れ長の目じりを少しだけ釣り上げて、楽し気に語る美玖。


 ……え? 美玖と鶉娘が姉妹ユニット!?


「未玖さんとわたしが、ユニット!?」


「はい。これは本当です。そもそもあのイベントは、新人アイドル発掘と同時に、未玖の新ユニット計画に基づくものです。優勝者には、遅かれ早かれユニットとしての活動をしてもらう予定だったのですよ」

 にっこりと笑顔で語る佐竹。


「どうかしら、うずめさん!」

 力強い視線を送る美玖。


「はい! ……えっと、とにかく、今のわたしに何ができるか分かりませんが、宜しくお願いします!」

 大きく頭を下げる鶉娘。未玖と佐竹の顔が柔らかくなる。


「お兄さんも、よろしいかしら?」


 えっ!? み、未玖が僕に話しかけている!? こ、こんなことが起こるなんて、全くもって想定外!


「はへっ! ほ! はっ!」


 ……やべえ、意味のわからんこと、発してるぞ! 落ち着け! いつものヤツだ! 落ち着くんだ!

「おっ、お兄ちゃんは、未玖さんの大ファンなんです! 未玖さんのこと……本当に……本当に好きなんです!! ずっとずっと前から、未玖さんを応援してるんです!! ほら、お兄ちゃん!」

 お、お兄ちゃん!? だ、誰のこと? って僕か!?

 鶉娘は、僕の腕を掴んで未玖の前に引きずり出す。お、おいおい……ちょ、ちょっと待てって……。


「あら、そうなんですね! いつも応援ありがとうございます。お兄さんも、よろしくお願いしますね!」

 笑顔の未玖が、僕に手を差し伸べる。

「は、はひっ! お兄ちゃんです!!」

 ゲシッとふくらはぎに衝撃が走る……鶉娘のケリが炸裂した。

「な、なに舞い上がってるのよ! せっかくわたしが紹介してあげたのに!」

「てっ!! 痛ぅー、な、なにすんだよウズメ! 蹴ることねぇだろ!」

「だって、ショーマが『はひっ!』とか、訳の分からないコト言うから!」

「仕方ねぇだろ……心の準備ってもんがあるだろ、ふつう……」

「だからって、せっかくの美玖さんの前で……もう、ホント何やってるのよ!」


「んふふふふっ! とても仲がイイ兄妹なんですね」

 美玖は、僕と鶉娘を交互に見ながら、優しい笑顔を見せている。

「羨ましいな……私は、一人っ子だったから……。うずめさん、ステキなお兄さんね……」


「は、はい。あの……お兄ちゃんは、お兄ちゃんはとっても……わたしは……その、お兄ちゃんのこと、その……とっても……とっても」

 俯きながら、口ごもる鶉娘。


「イイなぁ。私も……こんなステキなお兄さんが……欲しかったな……」 

 未玖は、目を細めながら僕のことを見つめてくる……ゴクリと息をのむ。


 不意に鶉娘が、背中をぶつけるように僕と美玖の間に割って入る。後ろ手で僕の腕をギュッと掴む……。

 鶉娘? どうしたんだ? 急に。


「お兄ちゃんは! ショーマは、とっても……とっても優しくて……その、わたしのこと、いっつも真剣に考えてくれて。ショーマはわたしのこと、自分のことみたいに……ううん、自分のこと以上に考えてくれて……。だから……だから……わたしのこと……わたしのこと……絶対にわたしのこと……絶対にっ……」


 鶉娘? 僕の腕を掴む力が、ゆっくりと抜けていく。


「絶対にっ、その…………未玖さんの……こと……とっても……好きなんです……」


 僕の腕から、そっと手を放す。


「あ、あの、歌声がっ! 綺麗だなって、とっても思ってて、CDとかも、それで、聞いてます、いっぱい。ですからウズメのこと、よろしくお願いします!!」

「ショ……お兄ちゃん……なんか日本語変だよ、美玖さんに失礼だよ」


 に、日本語!? 


「お兄さん。うずめさんを、私達に任せてくださいませんか? 私も本当に楽しみなんです、このユニット計画」

 未玖は優しい笑みを見せると、今一度僕に手を差し伸べてくる。


 僕は、意を決して美玖の手をとる。


「こちらこそ……よろしくお願いします!」

 グッと力強く手を握ってくる美玖から、熱意のようなものが伝わってくる。

 舞い上がっていた気持ちが少しだけ落ち着いてきて、冷静さが戻ってくる。プロとしての美玖の姿を前に、僕は不思議と安心した気持ちに包まれる。

 僕も、グッと強く未玖の手を握り返し、鶉娘を託す意思をそこに込めた。

 未玖は、真っ直ぐに僕を見据えると、口角をクッと上げて、任せて! とばかりに笑顔を見せる。


 契約成立。言葉ではないけれど、お互いの意思が間違いなく一致した気がする。

 鶉娘をお願いします。僕も未玖の目を真っ直ぐ見据えると、その思いをもう一度確かめるように伝えた。


 ゆっくりと手を放す。


 僕にできるのは、多分ここまでだ。ここから先は、鶉娘本人の力と、未玖や佐竹さん、プロダクションの力に任せるしかない。


「あの、僕にできるのは、ここまでだと思います。ウズメをよろしくお願いします」

「……ショーマ」

 鶉娘から、不安げな気持ちが伝わってくる。


「ウズメ……応援してるから、特別を……な!」

 僕は鶉娘を真っ直ぐに見つめる。

「……うん。ショーマはしっかり……わたしのこと、応援してよね……」

「もちろんだ!」

 僕は、ポンと鶉娘の頭に手を乗せると、優しくなでてあげた。

「こ、子供扱いするな!」

 鶉娘は顔を赤くしながらも、それを受け入れている。


「三神さん、うずめさんは私達にお任せください。細かなお話は、また後ほどとしましょう。さっそくですが、本日からこちらでうずめさんをお預かりしたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」


「はい……えっと、ウズメさえよければ、僕はそれがイイと思うけど?」

「……うん。ショーマがそう言ってくれるなら、そうしようと思う」


「わかりました。では、お任せください」

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