第30話 共演2

 佐竹さんになぐさめられながら、泣きべそをかきつつ関係者席へ戻ると、大家の爺さんが出迎えてくれた。


「よう頑張ったのう……大したもんじゃ! おかげで見てみい、鶉娘のあんな晴れやかな笑顔、ほんに久し振りじゃ!」

「余興としては、まずまずだな。まあ、暇つぶし程度にはなったな……フフッ」

 褒められたの? けなされたの? 見下すような男の視線が、冷たく突き刺さる。


「立ち上がって見とったクセに、よう言うわい」

 爺さんによる不意の告白に、男の顔は、見る間に赤く染まっていく。

「だ、誰も立ち上がってなどいないっ!! ジジイこそ椅子の上に乗って、はしゃいでいただろうが!!」

「お前が立ち上がるから、見えんかったんじゃい!」

「なにを、このっ」

「なにをするんじゃ! このっ」


 親子……じゃなくて、爺孫喧嘩じいまごげんか? が始まってしまった。


「まあまあ、お二人とも。未玖とうずめさんのせっかくの初ステージなんですから、喧嘩しないで見守りましょう!」

 一番冷静な佐竹さんの言葉が効いたのか、互いのほっぺから手を離すと、爺さんも男も、おとなしく椅子に座って、ステージに向き直った。


 子供みたいな二人を前に、僕も少しずつ落ち着きを取り戻す。

 よくよく見ると、鶉娘うずめも爺さんもこの男も、子供みたいにはしゃぐ姿はそっくりそのまんまだ……この三人、血の繋がりは間違いなさそうだ。


 ステージ上では、新曲「純情-Cherry Blossom-」が披露されている。

 鏡写しのように正確なダンスを見せる未玖と鶉娘。観客も、その信じられないほどにシンクロする二人を、驚愕の眼差しで見つめている。


 よりいっそうキレを増した……未玖の力強い動き。

 妖艶さに磨きのかかった……鶉娘のしなやかな指使い。

 ただでさえ魅惑的なその身のこなしに、更なる魅力が上乗せされて、ドーム全体を、魅惑の世界へいざなうようだ。


 曲が終わると同時に、会場は暗転して暗やみに包まれる。ペンライトの光も完全に止まり、ぎのようだ。

 いつかのステージと全く同じように、時が止まってしまったかのように、シーンと静まり返った。


 佐竹は僕を見ると、小さくガッツポーズを作る。


「うおおおーっ!!」

 せきを切ったように、五万人の思いのたけが、会場中にとどろく。

 嵐のような大歓声が、天井を突き破ってドームを破裂させてしまいそうなほどに響き渡る。

 ペンライトの波が、怒涛どとうごとく揺れ動く。


 やったな……鶉娘。こりゃ本当に大成功だ。

 こんなに盛り上がったライブ、観たことないぜ。


 ステージは暗転したまま、暗やみを保ち続けている。

 観客は、次第に落ち着きを取り戻しているようだ。

 おそらく今の曲が最後の演目だったのだろう。ライブの演出によって、自然とその状況が観客へ伝わってくる。


「アンコール……アンコール」

 観客の一部から、待ってましたとばかりに、アンコールが発せられる。

「アンコール! アンコール! アンコール!!」


 次第に声量が上がっていく。ひとときの静寂を見せていた会場から、新たな渦を巻き起こすような大合唱が、繰り返される。


「……え? なんですって?」

 佐竹の口から、突如として不穏に満ちた嘆きが聞こえてきた。


「どうかしたんですか?」

 僕の問いかけに応答する余裕は無いようだ。佐竹は、左耳に手を当てて、うんうんと何度も頷いている。連絡用のイヤーモニターからの情報を聞いているようだ。


「雪による送電トラブルで、この辺り一帯が、停電しているそうです」

 悔しさをにじませる佐竹。

「え? でも、ドーム内は停電してないですよ? 音響も生きてますし、そのイヤモニだって、使えてますよね……」

「既に自家発電に切り替えたみたいです。ただ、電力的な問題から、再びライトアップするのは、不可能のようです。残念ですが、アンコールに応えることは、できそうにありません……」


 握り拳を太ももに振り下ろす佐竹。ずっと冷静だった佐竹が、感情を表に出して悔しがっている。


「のう……少しくらいは妹にイイところ見せてやったらどうじゃい」

 大家の爺さんが、ポツリとつぶやく。

「知るか……そんなめんどくさいこと、御免だ」

 軽くあしらう男の声。


「なんじゃ? 『先に最終試験に合格したら、何でも言うこと聞いてもらえる』……じゃったかのう?」

「な、なぜそれを知っているっ!?」

「そんな子供じみたなんぞ、どうでもええじゃろ。振り回されるこっちの身にもなってみい、たまったもんじゃないわい」

「チッ、世話の焼ける妹だ……まあいい、これを理由に兄に対する態度を改めさせるのも、悪くないな」


 鼻で笑うようにささやく男の声。


「相変わらず、ガキのままじゃのう。ふぉっふぉっふぉ」

「ジジイも手伝えよ! やるなら盛大だ!!」

「仕方ないのう、年寄りをこき使いおって」

 男と大家の爺さんは、なにかブツブツと呪文のようなものを、唱え始めた。


 会場は、アンコールが繰り返されている。いつもと様子が違い、一向に現れない未玖や鶉娘を、心配するような声に変わりつつある。


「アナウンスを入れよう、これ以上復旧は待てない。集まってくれた観客に説明して……」

「佐竹さん、もう少し待って! たぶん、なんとかなるから」

 僕は、そっと佐竹の肩に手を置く。

「なんとかって……もうこれ以上は……」

「僕も腹をくくったんですから、佐竹さんも腹を括りましょう」

「三神さん……」


 男と爺さんが同時にパチンと指を鳴らす。


「パーティータイムだ」


 男はニヤリとほくそ笑む。


 観客席の上空に、巨大なオレンジの光の輪が出現したかと思うと、観客目掛けて落下を始める。

 僕たち関係者席の上空からも、光の輪が落ちて来る。

 ニュートン力学を嘲笑あざわらうように、ゆっくりゆっくりと近づいてくるその光は、よく見ると、桜色と薄黄色の二色が混ざり合ってオレンジに見えているようだ。

 男がもう一度パチンと指を鳴らすと、観客目掛けて盛大に光が降り注いだ。


 バラバラと降り注ぐ光る物体……これは、ペンライトか!?


「桜色は未玖、薄黄色は鶉娘じゃ! ワシの独断じゃが、イメージカラーとして外してないじゃろ!?」

 魔法のような演出に戸惑いつつも、観客はペンライトを拾い上げると、徐々に盛り上がりを見せる。

「合わせて十万本……充分だろ」

 ペンライトの波が、ドーム全体を幻想的に照らし出す。


「いったいこれは……でも三神さん……コレなら照明無しでも行けますよ!」


 アンコールの大合唱が、光の波と融合して、未だかつて見たことのない、夢のような光景を作り出す。


 鶉娘が、ワイヤーロープに吊されて、上空からゆっくりと降りて来る。

 ステージ中央では、美玖が両手を広げて待ち構えている。

 幻想的な、アンコールの登場演出。

 それはまさに、地上に舞い降りる女神様のようだ。

 サイリウムの波に照らされながら、ゆっくりと降臨する……女神様。


 僕はその光景を、安らかな気持ちで見届けていた。


 鶉娘……やったな……やっちまったなぁ。

 鶉娘は……間違いなく……女神様だ。

 天界のやつらなんて知ったこっちゃねぇ……僕が認めてやるよ……。


 僕に認められても、何にもねぇけどな……へへっ。

 眩しいなぁ……後光が差してるぜ……。


 会場中の全員を、いや、この光景を見守る全ての人を、魅了しちまったんじゃねぇのか……?


 まぁ……こちとらとっくに魅了されて、随分前から……メロメロだったけどよ……。

 ショーマのこと、だーい好きって……嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか……。

 あぁ……僕も鶉娘が好きだ……好きだよ……大好きだ……。


 ステージの演出じゃねぇからな、ホンマもんだぞ! 完全に打ちのめされちまったからな……やれやれだぜ。

 だから……絶対に忘れねぇからな。

 たくさんの笑顔を見せてくれたこと……感謝してる。

 こんなにも大切な時間を……共有できたこと……宝物だ。

 なにより……心の底から誰かを想うって気持ちを教えてくれて、ありがとう。


 僕は、今まさに降臨しようとする神々しい女神様を絶対に忘れないように、しっかりとこの目に焼き付けていた。


 アンコールは音響のボリュームを下げざるをえず、アンプラグドのような演出となっている。

 ただ、観客を巻き込んでの大合唱が自然とそれを補い、一味違った一体感を見せていた。

 様々なトラブルが、全て良い方向に転がっていく。

 コレは間違いなく、女神様のおぼしってやつだろ……。


「三神君やい……さっきから自分の世界に浸っているようじゃが、気をつけたほうが良いぞ」


「……はっ!?」


 爺さんの言葉に、急に現実に引き戻される。

「神様っちゅうのは、その……ワシが言うのもなんじゃが、気まぐれじゃし、その……イタズラ好きじゃでのう」

 イタズラ好き? た、確かに鶉娘のことを言っているみたいに聞こえる。合点がいきまくる。


 ステージでは、最後のMCが進行している。

『うずめちゃん、結婚おめでとう。はいコレ!』

 未玖が鶉娘に小さい花束を渡す。

『わぁ! 素敵!! 私ってこういうの得意なんです! じゃあいきますよ!!』

 え? 得意? ……花束が得意って、どーゆーこと!?


 ステージ上の鶉娘は、右腕をグルグルと回してウォーミングアップを終えると、大きく振りかぶった。


 僕の頭の中にプレーボールの警鐘サイレンが鳴り響く。

 あららこの音、鳴っちゃったよ……イヤな予感しかしない。

 豪速球よろしく、右腕から放たれたブーケは、物凄い勢いで僕のおでこに向かって飛んで来る。

 はいはい、アレでしょ? スローモーションでしょ? 縦回転に横回転?


 ガツーン!


 っておい! スローモーション省かないでよ! こりゃあ意表を突かれた。

 イタズラ好き……にも程が……あるぜ……。

 薄れゆく意識の中……会場に響き渡る鶉娘の声が聞こえた気がする……。


『あれ? ショーマ……? 今のは普通に取れたと思うよ……』


 確かに……展開を……先読み……しす……ぎ……た……、ガクッ。

 僕は、お約束のように気を失っていった……。

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