第29話 共演

 足元が、突き上げられるように上昇する。バンッという衝撃音とともに、身体が床に押し付けられる。フワッと重力が無くなったのかと錯覚するが、どうやら落下が始まったようだ。

 って、おいおい! そんなに冷静に描写してる場合じゃないぞ……必死にもがきながら着地に備えた。


「おっとっと!」


 両手を広げて、華麗なるへっぴり腰。不格好ではありつつも、なんとか着地に成功した。途端に、四方八方からスポットライトの直撃を受ける。


 うおっ眩しいっ! 思わず腕でその光を遮ると、そっと目を細めて辺りを見渡す。

 360度、光という光が、全て波のようにうねりを見せている……どこだここは?


『お兄ちゃんっ!!』


 えっ!? 未玖みくの声だ!? スピーカーを通した会場全体に届く声!!


 ん? お兄ちゃん?


『うずめちゃんの婚約者って……私のお兄ちゃんだったのね!!』


 妙に芝居がかったような未玖の声に続いて、ドーン! と特大クラッカーが弾ける。辺り一面に紙吹雪が一斉に舞い上がった。


「うぉーー!!」という大歓声が巻き起こる。光の波は小刻みに揺れると、より一層大きなうねりを見せ始める。


 や、やべぇ、腰が抜けた。僕はその場に尻もちを付くと、今一度辺りを見渡す。

 ウソでしょ……ここって、もしかして……天井を見上げると、メロンパンのような、モコモコとした特徴のある屋根が見える。頭上には、松ぼっくりのような場内スピーカーが、つり下げられている。

 つまりここは、エクサドームのど真ん中。センターステージの、ホントのホントのど真ん中!?


 すぐ近くに、美玖の姿が見える。


 美玖は、ゆっくりと僕のそばへ歩み寄ると、そっと手を差し伸べる。

 僕はその手をそっと掴……もうと思ったんだけど、こんなに多くの美玖ファンの面前で、手なんて握ったら命の保障はない。


 僕は、大丈夫とばかりに自分で立ち上がると、おびただしい数のペンライトが、目に入る。


 五万人を越える大観衆を前に、いまさらのようにうろたえる。


 や、やべぇ、ちょっと漏らしたかもしれねぇな。足がガクガク震えてきやがった。立っていられる気がしねぇ。


『ショーマー!!』


 今度は、鶉娘うずめの声が場内に響き渡った。大型ビジョンを見ると、ウエディングドレスに身を包んだ鶉娘の姿が大映しになっている。


 今一度、超特大のクラッカーが、ドドーンと爆音を上げた。


「あの子だ!」「いよいよ登場か!?」「うずめ氏、やっぱりかわゆす」といった声が、観客席から聞こえてくる。

 大型ビジョンの真下に、鶉娘の姿が小さく見える。二か月ぶりだ……。


『ショーマ!! 私、ショーマのこと、だーい好き!! ショーマのお嫁さんになれて、本当に幸せ!!』


 鶉娘は、ウエディングドレスの裾を持ち上げると、ものすごいスピードでセンターステージへ向けて走りだす。


 お、おいおい、おいおいおい、ちょ、ちょちょ、ちょっとーー!!


 待て、五万人の前だぞ!? 配信もされてるんだぞ!? おいおい、待てって! 

見る見るうちに、目前に迫ってくる鶉娘。


 両手を大きく広げて、真正面からジャンプするように僕に向かって飛びつこうとする……。


 僕はそれを、ぎこちない姿勢で必死に受け止めようとする……なんてったって、こんなシチュエーション、普通の人生歩んでたら、絶対にありえない、誰にとったって想定外なんだから。


 フワッと前方から凄い勢いで風に吹かれる。ウエディングドレス姿の鶉娘が、僕のすぐ隣をすり抜けていく。

 僕の後ろから、キャッキャウフフと喜び抱き合う声が聞こえてくる。

 不意のスカシに、無意識のうちに目を閉じていた。


 ウソ……だろ? ……おい……冗談はよせって……。


 ……肩透かしか? 肩透かしを食らったってのか?


 僕はその場に一人、身構えるように立ち竦んでいる。


 チカラが……チカラが抜けるぜ……。


 わなわなとひざから崩れ落ちる。気付くといつのまにかつんいになっていた。


 いい歳こいた、男の純情……踏みにじってくれちゃったね……。

 いやだ、目を開けたくない。

 たら〜り……いやーな汗が滴り落ちる。ゆっくりと後ろを振り返る。


『うずめちゃん! これで私達、姉妹になれたのね!』

『お義姉ねえちゃん! わたし、未玖さんのこと、ずっとお義姉ちゃんって呼びたかったの!』


 ピエロだ! 完全にピエロじゃねぇか!?

 僕は、走り出していた。一刻も早く、この場から立ち去りたかった。ただ単純に、こっぱずかしかった!

 正面ステージへと続く通路を、一心不乱に走り抜ける。


 会場を包み込む、やんややんやの大歓声。

「お兄ちゃーん! いいぞー!!」「お兄ちゃん! 素敵よ!!」「兄氏、かわそす……」

 通路の両サイドから、追い打ちをかけるように、特大クラッカーがドドーンと打ちあがった。爆音に驚いて足がもつれると、盛大にズッコケた……エクサドームが大爆笑に包まれる。

 急いで立ち上がると、ステージ袖へ向けて逃げるように走り出す。


「ア・ニ・キ! ア・ニ・キ! ア・ニ・キ! ア・ニ・キ!」


 アイドルのクリスマスライブとは思えない、盛大なるアニキコール。僕は両手を大きく振りながら、ステージ袖へ逃げ込んだ。

 佐竹の姿が見える。僕は思わず佐竹に向かってジャンプするように飛びついた。

「お兄さん!! 最高です!! 想像の百万倍!! 上をいきましたよ!」

「佐竹さ〜ん!! 怖かったよー、グスン」

 僕は佐竹さんの胸に顔をうずめて泣きじゃくっていた。よしよしと、優しく頭を撫でてくれる佐竹さん。……チョー優しいじゃん、こんなん、男でも惚れるっつーの!!


 ステージ上では、美玖みく鶉娘うずめの姉妹ユニット初お披露目が、大盛況のもとに行われている。

 ドーム全体が、揺れるような大歓声に包まれていた。

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