第27話 疾走

 僕は、クリスマスライブへと向かう電車に乗っていた。時刻はもうすぐ18時になろうとしている。……ライブ開演の時間だ。

 すでに外は暗闇につつまれ、チラチラと粉雪が舞うような、深々と冷え込む25日の夜。


 車内放送は、先程から乗客に対するお詫びの言葉を、ひっきりなしに繰り返している


『ご迷惑をおかけしております。当列車は、雪による徐行運転を行っております。信号が変わり次第、発車いたしますので、今しばらくお待ちください』


 アナウンスの言葉通り、電車は、発車と停車を繰り返している。遅々として進まないこの状況に、苛立つ乗客の声が聞こえていたが、どうやら観念したようだ。

 車内は、グーンという装置音だけを響かせて、静まり返っていた。


 せっかくチーフが僕を叱咤しったしてくれて、ようやくライブへ行く決心がついたってのに、こうなっちまうんだなぁ。


 けれど僕は、内心ホッとしていた。


 どうしてなのか、自分でも上手く説明できない。けれど、ライブに行く気がどうしても起こらないでいた。


 せっかくの鶉娘うずめの晴れ舞台。今日をきっかけに、鶉娘は大きく羽ばたこうとしているのだ。あのステージで見せた鶉娘のパフォーマンスを見ても、成功は間違いないだろう。

 美玖みくと交わした握手から伝わってくる熱意。佐竹の懇願するような視線。それらが鶉娘の将来を約束してくれているようにさえ感じる。


 もう少し……あと数時間もすれば、鶉娘は大躍進を遂げるのだ。ほんの数時間後には、鶉娘は、僕の手の届かないところに行ってしまうのだ。


 僕はそれを、心の底から応援……できていない。

 情けないけど、本当に情けないけど。


 ポケットでスマートフォンが振動を続けている。画面を見ると、『佐竹』と表示されている。

 僕は乗客が少ないドア付近へ歩いて移動すると、電話に出た。

「……もしもし」

『三神さん!? あの、佐竹ですっ!! 今どこですかっ!?』


 切羽詰まったような口調だ。


「あ……あの、今そっちに向かってるんですけど、雪で電車が動かなくて……」

『と、とにかく早く来てください! うずめさんの様子がおかしいんです……』


 ……えっ!?


「様子がおかしいって、どういうことですか!?」

『今、うずめさんに代わりますから……ほら、お兄さん…………ショ、ショーマ……』


「ウ、ウズメか!? どうしちまったんだ!?」

『ショーマ……わたし……ステージなんて立てない…………怖いよ』


 今にも泣き出しそうな、弱々しい声。


「何言ってんだよ、大丈夫だ。ウズメなら大丈夫だから」

『ショーマ……早く来て……ショーマに……会いたい……』


 会いたい? そんなの、僕だって鶉娘に会いたいさ! どんだけ我慢してると思ってんだ!


「ばかやろう、そんなのこっちのセリフだっての!」

『へへ……バカだね……私。ショーマに迷惑かけたくないって我慢してたら、なんだか……とっても……怖くなっちゃった……』


 我慢してたって、どういうことだよ。それこそこっちのセリフだぜ。なんだよ、鶉娘が我慢するってどういうことだよ。何を我慢してたってんだよ……。


「と、とにかく、そっち行くから!」

『うん……待ってる……お願い……早く来て…………お兄さん!? うずめさんの出番は、ライブ終盤です!! まだ間にあいます! こちらは準備がありますので、とにかく早く来てください!! お願いしますっ!!』


 佐竹の切羽詰まった声を最後に、通話は途切れた。


 相変わらず、電車は動く気配を見せない。

 何だよ、どうしちまったんだ? 鶉娘の様子がおかしいって、一体何が起こってんだ。

 けど、これじゃどうしようもないぜ……この電車、動く気あんのかよ!

 不意にガクンと電車が動き出す。おう、あんのか……。


 ノロノロ運転のまま、ようやく次の駅に到着する頃には、19時を回っていた。

 このペースじゃ、ライブは終わっちまう。絶対に間に合わねぇ……どうすりゃいいんだ。


 再度スマホが着信を告げる。今度は『大家さん』と表示されている。

 え!? 大家さんから電話? 何事だ!?

 駅に停車したまま、電車は発車する気配を見せない。僕は一度ホームへ降りると、電話を繋いだ。


『おーい、三神くーん。その駅で降りるんじゃ! 駅前で待っとるから、急ぐんじゃぞー』


 その言葉だけを残すと、通話は途切れてしまった。


 なんだなんだ!? 今度は大家の爺さん? 駅前で待ってるって、どういうことだよ。

 まぁ、この際何でもイイか!? このままじゃ絶対間に合わねぇし。

 僕は走って改札を抜けると、駅前を見渡す。


 プップーッというクラクションが聞こえる。道路わきに止まったどデカいアメリカンバイクからだ。小柄な革ジャンライダーが、親指をグイッと上げる。


 え? ……まさか……?


 ヘルメットのシールドを上げると、大家の爺さんがにっこり微笑んでいる。

 ホイッと、僕用のヘルメットを放り投げてきた。

 僕は、ジャンプしてそれを受け取ると、とりあえず大家さんの後ろにまたがり、ヘルメットを装着する。


「行くぞいっ! 振り落とされないように、しっかり捕まっとるんじゃぞー!」


 後ろタイヤを空回りさせながら、白煙とともに出発する。


「ひぃーい! 大家さん!」


 急加速するバイクからさっそく振り落とされそうになる。必死に爺さんの背中にしがみつく。……じ、爺さん!? ちょっと安全運転で頼むよ!? ってか、今日雪降ってるよね……雪の中、バイクってどういう神経なの!?


「大家さん!! そういえば、どーして僕の居場所がわかったのー!?」


 アクセル全開で飛ばす爺さんに、大声で質問する。


「細かいことは気にせんでええ! 今はこの熟練のアクセルワークと、級のコーナリングテクニックを堪能しとればイイんじゃ!」


 ブオンッと一発空ぶかしを入れたかと思うと、もう一段急加速を見せる。心なしか背中が道路に近づいてる気がする。


「じ、爺さん!! ウイリーしてる!? これ!? ちょ、ちょっとまって……し、死ぬーぅ!」


「安心せい!! いざという時は、天国行き確約じゃからのぅ……ふぉっふぉっふぉっ!」


「そ……それって……死んでるじゃないですかーっ!!」




 絶対に間に合わないと思っていたエクサドームが、間近に見える。雪による影響で道路も渋滞が所々で発生しているようだ。大家の爺さんには全く関係ないみたいだけど……。


 右へ左へ、レースゲームのように車を追い越していく。絶対にゲームオーバーだけにはなりたくない……爺さん……信じてるよ。


 ドームの地下駐車場へ、最後のコーナーを曲がる……ひざをすらんばかりにバイクを倒し込む爺さん。もうここまで来れば安心だ。スピードを落としても間にあいそうだ。


「大家さん!! そんなにスピード出さなくても、もう大丈夫ですよっ!」

「わーっとるわい! ブレーキの調子がおかしいんじゃ!!」


 さっきまで余裕をかましていた爺さんの声が、少しだけ焦っているように聞こえる。


「ウソでしょ! ブレーキって!!」

「ええい、アレしかあるまい! しっかり捕まるんじゃ!!」

「えっ!? アレってなに〜っ!?」


 僕は爺さんにしっかりとしがみ付く! ハッカの香りが漂ってくる。のど飴を連想してしまった。

 ギヤをタンタンと落とすと、後輪がスリップを始める。白煙を巻き上げながらその場でバイクを一回転させると、そのまま駐車場入口へ飛び込んでいく。


「見たか! これがワシ得意の『天使の輪っか』じゃ!!」

「すみません! 目、つぶってましたっ!! あと、ネーミングセンスはどうかと思います!!」


「うるさいヤツじゃの! まあええ、もう少しで着くぞい!」


 薄暗い地下駐車場を、猛スピードで駆け抜ける。……ブレーキ大丈夫なの!? 行き止まりの壁が見える!


「爺ーさんっ! 前! 前!! うわーぶつかる!!」


 後輪を滑らせるように、壁に向かって横向きになる。またも白煙を上げながら、壁直前ギリギリのところで停車した。

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