第22話 晩餐2

 鶉娘うずめの手料理を食べ終えると、流しに二人並んで、食器を片づけ始める。

 食器を洗う腕と腕が、時折コツコツとぶつかり合う。


 トンッという衝撃とともに、となりから肘鉄ひじてつが僕の腕を襲ってくる。僕はそれに反撃するように、ポンッと肘をぶつけ返す。


 しばらくすると、ドンッという衝撃とともに腰アタックが飛んでくる。またも反撃するように、トンッと腰をぶつけ返す。


「冷たっ!!」


 ピンッと弾かれた鶉娘の指先から、泡だらけの水滴が飛んできた。あの憎たらしい微笑みを見せつけてくる。

 僕も指をピンッと弾いて反撃する。

 鶉娘が咄嗟とっさに僕の鼻をまむ。


「プフン、うおい! やりやがったな!!」


 ケタケタと笑う鶉娘。

 僕は洗剤を手に取ると、鶉娘のスポンジに豪快にかけてやった。

 洗剤の口先から、小さなシャボン玉が一斉に吹き出して、ダイニングを飛び回る。


「わぁー! シャボン玉!! 綺麗だねー、ショーマ。 ちっちゃくて、カワイイよー!!」


 ぱあっと満面の笑みを見せる鶉娘。僕はその表情を、そっと覗き込む。


「ああ、可愛い……ホントに可愛いよ……ヤバいくらいだ。こりゃあちょっと、マジで想定外っつーか……想像以上だぜ……」


「ねぇ、ショーマ……」


「ん?」


「ん~と、わたし達ってさぁ……」


「うん?」


「結構……ってゆーか、かなり…………」


「……ん? どした……?」


「ううん……なんでもない。なんでもないよ~だ!」


「…………」


「なんでもな~い、なんでもな~い、なんでもないのうた~」

「なにそれ……」


「なんでもないから、歌っただけですぅ~」


 歌はレッスンが必要かも……。

 くちびるを尖らせながら、プイッとそっぽを向く鶉娘。


「ウズメ?…………まぁ、たぶん……」


「……たぶん……なにぃ?」


「……気は合う……よな、僕たち……。たぶん……なんとなく……そんな……気はする……」


 パッと目が合う。


「うん! うん! うん!! うん!!」


 鶉娘の瞳がキラキラと輝くと、右目横の二つのホクロの間を、涙がスルリと通過していった。


「なんだ……泣いてるのか……?」

「違うもん……さっきの洗剤が、目に入っただけだもん……そんなこと言って、ショーマこそ目が赤いよ! なぜかな、なぜかなぁ~?」


「一緒だよ! はぁ~ウズメのせいで、目がしみるぜ……ったくよ~、参った参った!」


「……ショーマ?」


「ん?」


「わたし、アイドルやってみようと思う……」


 戸惑い混じりの声が、僕に届く。


「ウズメ……?」

「んふっ」 

「……うん。ウズメは絶対、アイドル目指した方がいいと思う。ウズメの特別は、絶対にその先に有ると思うから!」

「……うん。……そしたら、立派な女神様になれるかな?」

「ったりめぇじゃねぇか!? そうだな? さしずめ……芸能の神様ってなあたりを目指したらいいんじねぇか?」

「え? 芸能の神様?? なんか、変な感じだね……そんなのでイイのかな?」


 鶉娘の頭上に、はてなマークが浮かんでいる。


「イイんじゃねえか? だって……八百万やおよろずだろ? そんだけありゃあ、芸能の神様だっていていいに決まってる! 根拠は無ぇけどな!!」

「うー……なんかテキトー……」

「うっせい!」

「じゃぁ、ショーマはしっかり応援してよね!」


「おう、まかせとけって!!」

「指切りね!?」


「よしきた!」


「嘘ついたら鶉娘の言うこと何でも聞~く!」

「おい、フライングだぞ!」


「知らな~い!」


「 「アハハハッ!」 」


 思ってもみなかった突然の晩餐に舌つづみを打ち、かたづけを終える頃には午前三時を回っていた。


 さすがに眠そうに目をこする鶉娘には先に寝てもらって、僕は軽くシャワーを浴びる。

 バスルームを出て部屋着に着替えると、ダイニングテーブルに腰かけて、一息ついた。

 ……さて、僕も寝るとするかな。


 鶉娘を起こさないように、そっと和室のふすまを開けると、押し入れの中からタオルケットを取り出す。


「……ショーマ? 寝るの?」

「お、おう……なんだ、まだ起きてたのか?」


 鶉娘のやつ、もうとっくに寝ているとばかり思っていたのに、まだ起きてたんだ……。

「そんなのじゃ寒いよ、風邪ひいちゃう。こっちで……寝よ?」

「へ!? こっちって、この和室でってことか?」

「……うん」


 え? なんか、いいのかな? ちょっと、マズいんじゃないかな? 色々と……うーん、どうなんだろう……イイのかな? だって、鶉娘には……。う〜む。

「まー、そーだな……別に一緒の部屋で寝るくらい、どってことねぇよな!」

「うん」


 そ、そうだよ。ダイニングで寝たって、ここで寝たって、ふすま一枚あるかないかの違いだけじゃねぇか! 深く考えることねぇよ……。


 僕がミノムシのようにタオルケットをクルクルと体に巻き付けていると、鶉娘は掛け布団をパッと開く。


「んっ!」

「……は?」

「……だって、こっちで寝るんでしょ……だから……はい」

「いーやいやいや、さすがにそれは……どーなのかな? え? え?」

「……いいから。ショーマはおとなしく布団に入ればいいの!」

「は……ハイ! 分かりました……失礼しますっ!!」


 僕は、タオルケットを折りたたんで枕代わりにすると、鶉娘のとなりに横になった。


「もう、世話が焼けるんだから……って、んふふっ!」

「……アハッ、はぁ~……温かい……」


 ……なんだろう、なんか……不思議な感じがする。


 たぶん僕は、鶉娘に対して、特別な感情みたいなものを既に持ち合わせてしまっている。それが無いというのは、いくらなんでも嘘が過ぎる。

 けど、何て言ったらいいんだろう……友情? 絆?

 別に自分を正当化するとか、誠実な人格をひけらかすとか、そんな気はさらさらないし、もちろん、恋愛的な感情といえば、それはやっぱりそうなんだけど……。

 でも、それらとも違う……今までに感じたことのない深い繋がりのようなものを、感じてしまっている。


 これから先、僕と鶉娘がどういった関係性のもとに時が流れていくのか、それはもちろん分からないけど……でも、何らかのカタチでかかわり続けていたい。

 それはおそらく……とても難しいことで、叶うことのない想いなのだろうけど……。

 距離とか、時間とか、時空さえも超えて……繋がり続けていたい。

 そもそも、僕は人間で、鶉娘は女神様。それについて、一切の疑念は無いし、不思議と心の底から信じることができている。

 だからこそ、そこにある壁を乗り越えるのは、容易たやすいことではないし、乗り越えられないということも、理解できる。


 でも、女神様に恋心なんて、なんかロマンチックじゃねぇか? 僕の人生、全然捨てたもんじゃねぇし、むしろめっちゃ輝いてるんじゃね?

 そんな女神様と、一つの布団で横になってるんだぜ……。

 鶉娘と、腕と腕をすり合わせながら、寝てるんだぜ……。


 なんだろう……とても心が安らぐ。不安な気持ちが浄化されていく……。夢と現実の境界線を……ウロウロと、ゆらゆらと渡り歩いているような……。


 そっと僕の手に、鶉娘の手が重なったように感じる……。

 僕はその手を、優しく握りかえす……。

 ふわふわと、綿あめのような雲にのって、どこまでも飛んでいくような……。

 ゆったりとした風に吹かれて、世界中をめぐっているような……。


 僕は、一切の不安から解放されて……安らかな気持ちに包み込まれながら……深い深い眠りに、吸い込まれていった。

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