第21話 晩餐

 うぅ……寒いぜ……。


 つい最近まで暑くて仕方なかったってのに、急に気温が下がりやがった。

 バイトを終えてアパートにたどり着くと、部屋の電気が点いているのが見える。


 あれ? 鶉娘うずめのやつ、起きてるのか? 両手で二の腕をさすりながら階段を上ると、玄関ドアの前に立つ。

 鶉娘……まだ怒ってるのかな……なんか、ちょっと……顔合わせ辛いな……。


「……た、だ……いま?」

「おかえり! ショーマ!! お仕事お疲れ様でした~」


 ジャーン、とばかりに飛び出すように目の前に現れる鶉娘。笑顔で迎えてくれたのはもちろんうれしいんだけど……それ以上のサプライズが待っていた。


「ど、どーしたんだよ、その格好!?」

「え? これ? えへへー、イイでしょ? カワイイ!?」


「あ……あ……か、かか、可愛いっ……」


 ピンク地に猫のアップリケ……肉球をした足跡がちりばめられたエプロンを見せ付けてくる。

 長い黒髪をハーフアップにして、いつしか見覚えのある猫耳スリッパも履いている。エプロンの下は白いパーカーと、クリーム色のキュロットスカート。

 冗談抜きに……ヤバいくらい……マジで可愛い……。


「でしょ! 私もこのエプロン気に入っちゃった!!」

「エプロン? あ、そ……そうそう、そのエプロン、かわいいねぇ!」


「ん? どうしたの? 何か……顔赤いよ? もしかして、熱でた? 私のがうつっちゃったのかな?」


 そう言って、僕のおでこに手をあててくる……あわわわ……いやいや、ち、近い近い近い!!


「熱!? 熱は無いからっ! 大丈夫!! 元気元気っ! 外が寒かったから、それでだよ……ふうぅ、暖かい部屋に入ったから、顔がほてっちまったぜ!!」

「ふ~ん……そーゆーことか……なら良かった!」


 な、なんだ、なんだ、なんなんだコレは!? ホントに鶉娘……だよね? あれ……こんなんだったっけ? 鶉娘って、こんな感じだったっけ? あれ? え? は? へ?


「ショーマ? ……どうしたの?」


 ……いかーん、落ち着け、落ち着くんだ。……ってもうこれ、何回目?


「にしても、その格好はどうしたんだよ……一人で買いに行ったのか?」

「まさか! 私、こっちのお金持って無いし。んとね、おじいちゃんに貰ったの」


「おじいちゃん?」

「うん、おじいちゃん」


「おじいちゃんって……どの? どこの?」

「ほら、このアパートの……オヤさん? ん? オーヤさん? ショーマも会ったことあるでしょ、あの……白髪で、眼鏡かけてて、シワのある……」


「……まぁ、大抵のおじいちゃんは、白髪で眼鏡でシワがあるけどね……って、大家さんのこと?」

「そうそう、そのショーマがオーヤさんって呼んでるおじいちゃんに、貰ったの」


「マ、マジで!?」


 なんだよ、あの爺さん、なんなんだよ! とんでもねぇセンスの持ち主か? あの言葉といい、本当にナニモノなんだよ。

 つーか、あの爺さんが、ホントにコレを選んだの? だったらマジ神だよ。あんなスリッパ……エプロンもそうだけど、並みのセンスじゃ選べないぜ! そもそもどこで手に入れるの? ネット? メロカリ? 恐れ入ったぜ爺さん……いい仕事しやがる!


「それとね、お肉とお野菜も貰っちゃったから、作って待ってたんだから!」


 鶉娘は、得意の一回転をクルリと見せると、ババーンとばかりにダイニングテーブルの上を披露する。


「も、もしかして……ウズメの……て、手作りってヤツか!?」

「ご名答! それでは、ご覧ください! まずは、秋の味覚をふんだんに使ったぁ~~っ、炊き込みご飯ーん!! そしてそしてー、こちらもゴロゴロ野菜たっぷりのぉ~~っ、お味噌汁ーぅ!! さらにさらにー、ガーリックソースが香ばしい~~っ、チキンステーキ!! ドンドン、パフーパフー」


 クルクルとまわりながら、万歳をくりかえす鶉娘。両足を交互に上げて、歓喜の舞いを披露している。


「マジか!? すげえよ……作るのも好きって言ってたけど、こりゃあ……ホントに凄いぜ……想像以上だ!」


 テーブルの上が、まるで宝石箱のようだ。色とりどりの料理たちで埋め尽くされている。


「はい、どうぞ!」

 そう言って僕におしぼりを渡すと、鶉娘は椅子を引いて僕にテーブルに着くよう促す。

「お、おう……至れり尽くせりだな……」

「そう? まあいいから、座って座って!」

「おう、じゃあ遠慮なく……」

 にぱっと笑顔を見せると、鶉娘も向かい合わせに座って両手を合わせる。


「いい? じゃあ、ショーマも手を合わせて!」

「っと……こうか?」

「うん、じゃあいくよ。せーのっ!」

「 「いっただっきまーーす!!」 」


 予想もしていなかった突然の晩餐。バイト前の鶉娘の様子からして、今晩は寒々しい夜を迎える覚悟だった。けど、まさかこんなにも素敵なおもてなしが、待っていようとは……。

 さっそく、お味噌汁に手を伸ばす。ズズッとすすると、豊かな香りが広がって……大きめに切られた野菜たちも、絶妙な柔らかさに仕上がっている。

 ニンニクが効いたチキンステーキは、濃いめの味付け。疲れた体にガツンとくる。食欲も奮い立たせて、箸が止まらない。

 一方、炊き込み御飯は薄めに味付けされていて、ステーキとの相性も抜群だ。


「ウズメ……こりゃあホントに美味いぜ……。こんな美味い料理、産まれて初めてだ……」

「もう、大げさだよ、ショーマったらーぁ」


 モジモジとしながらも、まんざらでもないといった表情を見せる。


「……どうしたんだよ、突然こんな豪華なおもてなしなんかしてくれて……そりゃ嬉しいけど、ちょっとビックリだぜ……」

「えへへ……。んとね、色々考えたんだけど……なんか、今までショーマに甘えてばっかりだったなって……そう……思っちゃった」


 頬を赤く染めながら、恥じらいつつも、話を続ける。


「……私、なーんにもしてあげられてないなーって……だから、これくらいしかできないけど……。さっきも……ゴメンね……なんか、嫌な言い方しちゃって……」

「い、いや、別に謝ることないよ……なにもしてくれてないなんて、思ってないから……」


 鶉娘は、色々としてくれている……それは、こういった料理とかじゃなくて……もっと違う別の……なんて言えばイイのか分からないけど……僕は間違いなく、鶉娘から色々なモノを貰っている。受け取っている。それは間違いのないこと。


「……ねえ、私って……ショーマにとって、どんな存在なのかな……?」

「……え?」

「……な、なんてねー。そんな事聞いたって、困っちゃうよね。あーぁ、さっき謝ったばっかりなのに、また変なこと言っちゃった……」


 どんな存在って……そんなの……。


「ウズメ、僕は……」

「特別を……見つけなきゃだよね……それで……一人前の女神様になって、ショーマを驚かせてやるんだから!」


 少し寂しげな……けど、柔らかな笑顔でそう語る鶉娘。


「……ウズメ……」


「私、頑張るよ。本当の特別を見つけてみせる!」


「…………」


 なんだ? なんなんだこのモヤモヤは? 胸の奥がギューっとえぐられるようだ。


「……そうだ、アイツ……。ショーマ? アイツは何か言ってた? 私のこと……」

「え? ……アイツ? アイツって、あの……あの男のことか……?」


「うん……その、私とのことでなにか……」

 ……言っていた。アイツは約束が有ると言っていた。鶉娘との間に約束が有ると……。

「あ、あぁ……なんか、言ってたな……なんか、その……約束がどうとかって……」


 僕は、探るように鶉娘にそう答える。


「……やっぱり言ってたのね……。そう……そうなの。私とアイツには約束があるの……」


 ……やっぱり……やっぱりアイツとのことだったのか……って、そんなの分かってたことだろ!


「ウズメは、その約束……大事なんだろ?」

「もちろん……でも……」

「ウズメ……アイドルにならないか?」

「え?」


 僕は財布から取り出した名刺を、鶉娘の前に差し出す。

「芸能プロダクション-Luminous- 美玖みくも所属している芸能事務所だ。そこの佐竹って人が、ウズメに会いたがってる」


「私……に?」


「あのステージ上の、ウズメのパフォーマンスを見て、スカウトしたいって言ってるんだ。ウズメなら、即アイドルデビュー間違いなしだってさ!」


「へ!? わ、私が……アイドルデビュー!?」


「僕も賛成なんだ……あの時のウズメは本当に輝いていた。まるで魔法にかかったみたいだったよ。どうして、あんな風に踊れたんだ?」


「え? あ、アレ? アレは……なんか、私もわからないけど……自然と体が動いたっていうか、なんか、気づいたら踊れてたっていうか……」


 マジかよ……こりゃ本当に特別なことじゃねえか……鶉娘にとっての特別は、やっぱりコレなんじゃねえのか?

「なぁ、ウズメ……僕はウズメを応援したい。アイドルになって、日本中から……いや、世界中から注目されて、みんなに愛されるウズメを見てみたい」


「ショーマ……」


「やってみないか? アイドル!」

「そ、そんな……そんなの考えたこともなかったよ……」

「じゃあ、今からでも考えてみればいいじゃないか……? 僕は、ウズメがアイドルとして活躍するの、応援すっからさ!」

「ショーマ……? う……うん……わかった。少し、考えてみる……」


 鶉娘は、少しだけ難しそうな顔をしながら、一点を見つめるように押し黙っている。

「けど今は、この豪華なディナーを存分に楽しもうぜ! せっかくのウズメの手料理が冷めちまったら台無しだ! な、ウズメ!」

「……う、うん」


 応援する。鶉娘を……応援するんだ。そんで……そんでもって、立派な女神様になった鶉娘を……僕は胸を張って天界に送り帰してあげるんだ。


 それができるのは、間違いなく僕しかいないはずだ……。


 そうやって……一人前になった鶉娘を、最高の笑顔で見送ってあげるんだ……。


 それが……僕にできる最大限。鶉娘に対する精一杯の……はなむけなんだから!


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