第20話 応援

 あちちっ……おかゆなんて滅多に作らないから、下手をすると火傷やけどしそうになる。

 ってゆーか、料理そのものを殆どしないから、お粥以外なら任せろなんて、口が裂けても言えないけど……。

 ご飯を炊いて鍋へ移し、柔らかくなるまで煮込んだら、軽く味付けをすれば完成だ。


 寝室を覗くと、鶉娘うずめのおでこから濡れタオルが落ちている。

 鍋の火を止めると、寝室に移動して濡れタオルを手に取る。もう一度タオルを水で流して、鶉娘のおでこに乗せてあげた。


「……ショーマ……? ……ありがとう……冷たくて気持ちいい……」


「ウズメ? ……目、覚めたのか?」


「……うん」


「どうだ? 体の調子は? どこか痛いところとか無いか?」


「ん……ちょっとボーっとするけど……痛くないよ……だいじょうぶ」


「そっか……良かった。おなかは? お粥作ったけど……」


「……うん……食べたい。ショーマの作ったお粥、食べてみたい……」


 鶉娘の顔に、少しずつ笑顔が戻ってくる。


「うっし、ちょっと待ってろよ……って、味の保障は無いからな?」


「……んふ……だいじょうぶ……私、なんでも美味しく食べる自信あるから……」


「なら安心だ!」


 ダイニングに戻ると、もう一度鍋に火を通して、お粥を温める。


「……ショーマ? 大丈夫だよ……どんなに不味まずくても、私だいじょうぶだからね……」


 弱々しい声が、寝室から届く。


「……お、おう、ちょっとまってろよ、今、準備すっからな!」


「ショーマが作ってくれたものなら、どんなに不味まずくても、私、全然平気だから……」


 ゆっくりと上体を起こす鶉娘の姿が、目に入る。


「…………あぁ」


「どんなに不味まずくても私……」

「…………」

不味まずくても……」

「うっせい!」


 鶉娘と目が合う。


「んふふ……」

「ハハハ……」


 鶉娘だ……間違いねぇよ。これでこそ鶉娘だ……戻ってきたんだな……。本当に戻ってきたんだ。

 もしかしたら、強引に引き戻しちまったのかもしれねぇけど……。


 鶉娘はゆっくり起き上がると、ダイニングに移動して、テーブルに腰掛ける。


「起き上がって大丈夫なのか……?」

「……うん、平気だよ。ショーマったら、心配しすぎだよ。女の子をナメてもらっちゃあ困ります! ってね」


 グッとこぶしを握って、元気アピールを見せてくれる。


「そっか……女の子の扱い、慣れてねぇからさ……なんか、心配しちまうんだよ」

 温まったお粥を盛り付けると、そっと鶉娘の前に差し出す。

「わあぁ! いい匂いがするよ! 美味しそう。……でも、そんなこと言って、前にも女の人とこうしてゴハン食べたことあるんでしょ? ……ここで?」


「女の人……? まぁ……あるっちゃあ、あるな……」


 お粥をすくう鶉娘のまゆが、ピクリと動いた。


「それみれ、それみれ……ふうーん、やっぱりあるんじゃん……慣れてないとか言ってさ……あ〜やし〜い。あ~やし~~い」


 そう言いながら、お粥を口に運ぶ。


「……一か月くらい前……突然あらわれた女神様とならな……」

「ゲホッ! ブフゥー!」

「熱っつ! オイ! きったねぇなぁ、なにやってんだよ!」


 鶉娘の口から、アツアツのお粥が盛大に吹き出した。


「ショ、ショーマが変なこと言うからだよ!」

「だって、ホントのことだし、後にも先にも……あれしかねぇんだもん」

「え? ……そうなの?」

「……そ、そうだよ。わりいかよ?」

「へぇ~、そーなんだぁ……あはっ」

「あのねぇ……、しょうがねえだろ、モテねぇんだから……」

「……ふぅ〜ん、あ、そーなんだ……へえぇ……あれしかないんだ……あれなんだ……あれが最初だったんだぁ……そーなんだぁ……エヘ、エヘヘ、エヘヘヘヘヘ……」


 ……こんのクソガキ!! ひとのキズえぐりやがって!

 戻ってきて早々、よくもまあそんな憎たらしい顔できますね? 体調心配してるのがマジでアホらしくなってきたぜ……。

 飛び散ったお粥を雑巾でふき取っていると、鶉娘はふんふんと鼻歌を歌いながら、残りのお粥を食べている。


「ってことはさ、ショーマが作ったお粥食べるのも、私が初めてなの?」

「……決まってんだろ、お粥どころか、僕の料理を食べたのも、ウズメが最初だよ」

「キャー、これも私が最初なの!? キャー! キャー!!」

「……どうしちまったんだ? 時々そうなるよな……ウズメ」


 まぁ……美味しそうに食べてくれてるみたいだし、元気も戻ったっぽいな。良かった……正直、味にはほとんど自信なかったんだけど、あの笑顔は本物みてぇだ。


 自分の分のお粥をよそうと、鶉娘の向かいに座って味を見る……なるほど、悪くないじゃん。味見するの忘れてたけど……もしかして料理の才能ある?

 向かい合って、黙々とお粥を食べる。


 ……才能か。


 ……先輩、残念ながら恋人ではないですけど……こんなシチュエーションが僕にも訪れていますよ。音楽の道じゃ全然通用しませんでしたけど、何でもいいから、平凡でもいいから何かを見つけて、生きていくしかないんですよね。

 たとえばそれが、誰かの何かを応援するみたいなことだって、イイんじゃないかなって、そう思うようになりました。

 そんな才能を目の当たりにして、それに真剣になれるのなら、それもアリかなって思うようになりました。

 幸せなことに、僕の目の前に、そんな才能が訪れてしまったのですから。


 ……先輩、いつか共演……は叶いそうにありません。けど、僕は僕なりに、僕のやり方で、もう一度頑張ってみようと思います。


「……ウズメ?」

「んん? ……なにぃ?」


「戻ってきて早々、アレなんだけど……その……これからどうするつもりだ……?」


 鶉娘は茶碗を持ち上げると、き込むようにガツガツとお粥に食らいつく。


「おかわり!!」

「お、おう、食欲旺盛だな……」


 残ったお粥を茶碗に盛り付け、鶉娘にそっと差し出す。

 またも茶碗を持ち上げると、ガツガツと食らいつく……しばらくすると、ゆっくりと茶碗を置いた。


「……わかんない……何か……わかんなくなっちゃった」


「わからない?」


「うん……自分がどうしたいのか……どうなりたいのか……。ショーマはどうするの?」


 少しだけ不安そうな顔で、僕を見つめる。


「僕? ……僕は…………応援する」

「応援?」


「うん、ウズメのこと応援する!」

「私のこと!? ってことは、私のしたいことに賛成してくれるのね!」


「え? あ、あぁ……一応、そのつもりだけど……」

「じゃぁ、何もしない。このままでいい。このままがいい」


 遠くを見るような目で、言い放つ鶉娘。


「ちょ、ちょっとまてよ、何もしないって……」

「そう。とりあえず、今のままでいい……このままがいい……ショーマは、私を応援してくれるんだよね? だったら、私のしたいこと応援してくれるよね!?」


 強制的に同意を得るような、そんな言い方だ。


「でも……特別を見つけようって……それに、『約束』だって……」

「『約束』!?……そうだよ、『約束』だよ! ショーマは、『約束』と、特別を見つけるの、どっちが大事なの?」


「どっちって……」


 どっちって……鶉娘には『約束』があるんだろ? その『約束』を果たすためにも、特別を見つけることが必要なんじゃないのか?


「答えてよ、ショーマ!」


 いつになく、鋭い視線が僕に向けられる。


「どっちって……特別を見つけるのが先……」

「特別なの!? 『約束』よりも特別が大事なの??」


 震えるような声で、小さく叫ぶ鶉娘。ほんのりと瞳がうるんでいるように見える。


「……そう、思ってる。そう決めたんだ」

「じゃあ、私が帰った方がいいの? 特別を見つけて、私が天界に帰るのを応援したいんだよね!」


 少しずつ、鶉娘の語気が強まっている。


「……特別を見つけられたら、やっぱり帰らなきゃダメなのかな……」

 都合のいい考えだってことは、何となくわかる。そんな都合のいい選択肢は、おそらく無いのだ……。


「今回の件でハッキリしてる。あの人達は、わたしが地上界にいるのは特例中の特例で、そんなに快く思ってない!」

「それでも……僕は、ウズメの特別を見つけてあげたい! そう決めたから……」


「…………ショーマ」


「ウズメ……?」


「……………………る」


「え?」


「ねーーーーっ!! るーーーーっ!!」

 鶉娘は大声で叫ぶと、寝室のふすまをビシャンと閉じてしまった。


 ……どうしちまったんだよ、鶉娘のやつ……まるで……まるで天界に帰りたくないみたいな口ぶりじゃねえか……。


 一緒に特別を見つけようって……あの時、あんなにも嬉しそうな顔を見せてくれていたじゃねぇか……。


「……ウズメ?」


 ふすま越しに話しかける。


「…………」


「僕は……見たいんだ」


「…………」


「特別な……ウズメを……」


「…………」


「見習いじゃない、女神様としてのウズメに会いたいんだ……」


「…………」


「一人前になったウズメに、会ってみたいんだ!」


「…………」


「そんで、特別なチカラを使って、僕を心の底から喜ばせて欲しい!!」

「…………ぐぅ……」

「……ウズメ? 僕、今夜もバイトあるから、もう少ししたら行くから……」


「グゥーーー! グゥーーー!グゥーーー!!」

「……え?」

「鶉娘さんは……グスン……もう、寝まじた!! だ……がら、ショーマの……ジュル……言っているごどは……ズピッ……ぎごえません!! 残念でじだ!! グゥーグゥーグゥー!!」

「……そっか、聞こえねぇか……そりゃ、失礼しました」

「ごっれはっ……ただ……の寝言でじゅ! グゥーグゥーグゥー!!」

「じゃぁ、ちょっと早いけど、バイト行ってくるわ。いってきます……」

「いっで……らっじゃい!! ぎをづっ……げで!! グゥーグゥーグゥー!!」





「照ちゃ〜ん!? おはよ〜〜! ど〜したの〜? 浮かない顔して……でも〜、なんかチョット雰囲気ちがって見えちゃう! な〜に、な〜に〜? イイこと? ワルイこと? どっちなのかな~ん?」


「チーフ、おはようございます」


 バイト先の挨拶は、昼でも夜でも、入る時は「おはようございます」に統一されている。


「あ〜もしかして、コッチ関係でなんか有ったりして!?」

 またもや、小指を立てて僕の目の前に突き出してくる。

「……はい……おかげさまで!」


「や〜だ〜もぉ~~~、ホントにぃ~~!! そんなんお祝いだぞい。お祝いだぞい!」

 本田チーフって、なんでこんなに僕のことで、一喜一憂してくれるんだろう……。


「でも、さっそくコレです……」

 僕は、人差し指同士をバチバチとクロスさせて、苦笑いを見せた。


「イイのイイの。若いうちにたくさんケンカしておくの、ホント大事なんだから〜。でも、意固地になったらダメだぞ〜い。柔軟にね~」

「はい……いつもありあとうございます」


「ま、柔軟にできないから、ケンカしちゃうんだよね〜。ピュンピュンしてたら、幸せ逃げちゃうぞ~」

「あれ? こないだ言えてたじゃないですか? ……プンプン」


「え? なんのことかの〜ん? さあ、今日も頑張りんこでいきましょ~」

「はい! 頑張りんこでいきます」

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