第18話 再会
気がつくと、ダイニングに倒れていた。
つうぅ、鼻が痛い。天井から落下してくる
さっきまでの、あのおどろおどろしい雰囲気は消え去っている。いつもの静かなダイニングに戻っていた。
隣を見ると、
僕は、ゆっくりと体を起こして、そっと鶉娘の口元に耳を近づける。スースーと、小さな寝息が聞こえてきた。
ホッとするのと同時に、室内をもう一度見渡して、異変がないことを確認する。どうやら、あの男の姿はなく、僕と鶉娘の二人だけのようだ。
ふうぅ、一事はどうなることかと思ったけど、なんとかピンチを
ダイニングの片隅に、牛乳瓶が転がっている。『酪農牛乳 特濃4.0』というラベルの文字。
あいかわらず、いいコントロールしてるぜ、鶉娘のヤツ。なんか、そっち方面でも活躍できるんじゃねえのか?
そう思うと、可笑しくなって笑いが込み上げてきた。
「アハハハハッ……」
ゴロンと
ゆっくりと、少しずつ、その寝顔に近づいていく……。
顔を
きめの細かい、絹のような白い肌。そっと閉じられた瞳。それほど長いとは言えない、
右目の横に、小さなホクロが二つある。今まで気づいていなかった。
僕は、吸い寄せられるように、鶉娘の
…………え? 体温が少し高い。
手の甲を鶉娘の首筋に当ててみる。熱があるのかもしれない……。
「……ショーマ……?」
鶉娘が薄目を開けるように、瞳をゆっくりとまばたきさせている。
「……ウズメ? 目、覚めたのか?」
鶉娘は、ゆっくりとした動作で僕の腕に手を伸ばしてくる。
「うん……」
やさしく口元をほころばせながら、小さく
「もしかして、熱……あるんじゃないのか?」
「……わかんない……」
ゆっくりと、
「もう、しゃべらなくていいから……からだ、休ませた方がいい」
僕が起き上がろうとすると、腕を握るそのチカラが、ギュッと強くなる。
「……ショーマ……ゴメンね……。急に……いなくなっちゃって……」
「そ、そんなこと、気にするなって……全然、全然ヘッチャラだったんだから……」
「…………平気……だった……の……?」
「あ、ああ。へーきへーき、元気いっぱいだったぜ……!」
ホント言うと、どん底まで落ちちまってたけど、鶉娘に変な心配させる訳にいかねえしな。
「……そっか。ショーマは……平気だったん……だね……」
「……い、いいから、僕のことなんてどうだっていいから、今は
そうだよ、こんな弱々しい鶉娘に、心配されてる場合じゃない。鶉娘を元気づけてやらなきゃな!
「………………う……ん」
そっと小さく頷くと、鶉娘はまた眠りについたようだ。
このまま床に寝かせておく訳にもいかねぇな。和室の布団へと、連れて行ってやるか。
……ん? ダイニングテーブルの裏に、なにか可愛らしいシールのようなものが貼ってある。今まで気づかなかったけど、何だろう……QRコード?
おっと、それより先に、鶉娘をなんとかしなきゃ。
鶉娘を起こさないように、慎重にそっと救い上げるように抱きかかえる。
……想像していた、何倍も軽い。どこかへ、飛んで行ってしまうんじゃないかと、心配になるほどだ。こんな小さな身体で、無茶しやがって。
女の子を、こんなふうにお姫様だっこするのは、初めてだった……。
僕の両腕に、すっぽりと収まる鶉娘の小さな身体。少し高めの体温が、触れ合う肌を
なんでだろう、僕は平熱のはずなのに、クラクラとしてくる。これは……マズい。急がないと……。
できるだけ衝撃を与えないように寝室へ運ぶと、そっと布団の上に寝かせ、タオルケットを掛けてあげた。
もう一度ダイニングに戻って
静かな寝息を立てている。少しだけ
あとで、何か食べるものを用意してあげなきゃな……おかゆとか。
目の前で眠る鶉娘を、もう一度見つめる。
本当に目の前に鶉娘が戻ってきてくれたことが、
そっと鶉娘の手をとり、軽く握りしめる。とても小さな手。指は細く、今にも折れてしまいそう。ただひたすらに、柔らかく温かい。
そっと僕の
僕の中の、何かの境界線が、ぐらりと揺らぐのを感じた。
そっと頬から手を離し、ゆっくりと下ろすと、両頬をバチンバチンと叩いて、それを必死に
今は鶉娘が体調を戻すことが、最優先だろ! しっかりしろ!!
ゴロンと床に寝転ぶと、天井の
「……そんな顔で見るなよ……ハハッ」
自分でそう言いながら、思わず笑ってしまう。
あ、そういや、あのテーブル裏のQRコード。あれはいったいなんだろう? 商品管理用とか、そういった感じではなく可愛らしいシールだったよな?
僕はダイニングへ移動すると、テーブルの裏側を
これって……もしかして?
スマートフォンでQRコードを読み取ると、リンクが表示される。僕は、すこしだけ緊張しながら、そのリンク先をタップする。
僕
拝啓
三神 照真 様
お元気ですか?
あの段ボール箱でゴハンを食べる三神君を、想像しています。
本当に笑けてきます。www
その若さで、
だからお姉さんが、このダイニングセットをプレゼントします。
イスはもちろん二脚!
あの日、突然帰ってしまってゴメンなさい。
その件について、いっさい
ちくしょー、年下のくせにちょっとカッコイイぜ!
あの頃の私は、本当に毎日が不安で、眠れない日々を過ごしていました。
だからあの日、
本当に自分が恥ずかしくて、いてもたってもいられなくて、逃げ出してしまいました。
あの出来事があったから、もう一度ちゃんと音楽と向き合えたと思います。
三神君もあと一年。三神君なら大丈夫だと思います。
いつかどこかで、どんなカタチでもいいから共演できたらイイよね!
それから、早く恋人を見つけて、このダイニングテーブルを使って一緒にゴハンを食べてください。
そうやって、私を
たぶん三神君は、私に憧れのようなキモチを
なぜそう思うかというと、私が三神君に憧れていたからです。
何事にも紳士的に、真っ直ぐに、真剣に向かい合う、心の優しい三神君は、私の憧れでした。
三神君は、もっと自信を持っていいと思います。
だって、三神君が憧れた(
雑用ばかりの毎日が、とても輝いています。
いつか本当に、どこかで共演できたらいいよね。
そのとき、恥ずかしくない演奏ができるように精進します。
わたしの憧れの、後輩様へ
かしこ
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