第17話 約束
……あの場所だ……。
文字通り、平凡を絵に描いたような日常が、繰り返されている。バイト先とアパートを往復して、ときどきコンビニに寄ったり、スーパーで買い物をしたり。
休みの日は家でゴロゴロして、それも楽しみの一つだったはずなのに、一日ぽっかりと予定のない日が
あの薄暗い
あれは、
そもそも、女神様って……は?
そう思わねぇか? ……だよなぁ。だったら、何も怖いモノなんてねぇじゃねぇか。
目の前に転がる石ころを、ポンと蹴り飛ばす……街灯の
「お! なぁウズメ! スゲーだろ今の、ナイスキック……」
うおっ! ……ガサガサと勢いよく何かが飛び出してきた……と思ったら、野良猫が振り向いて立ち止まっている。
なんだよ、驚かせやがって……。
「……バッカじゃねーの……?」
しばらくすると、ノロノロと草むらの中に消えていった。
「…………バッカじゃねーの……って……ホント、馬鹿みてえだよ」
アイツは帰ったんだ。帰れたんだ。アイツがそれを望んでいたか……それは、わかんねえけど、少なくとも僕はそう望んだ。そう決意したんだ。望んだ通り、帰れたんだよ。
目的は達成されたんだ。喜ぶべきだ。
そりゃ、こんな突然ってのはちょっと冷てぇなって……一緒に特別を見つけようって……まぁ、そんなの関係ねぇか。
アイツみたいに、いつだって笑顔でいなきゃ……こんな顔してたら、笑われちまうぜ……。
いつの間にか、ホロッと
ちがう……ちがうんだ。これは、そういうんじゃねぇからな。勘違いするんじぇねぇぞ!
パシンと
アパートにたどり着くと、そっと僕の部屋を見上げてみる。もちろん明かりは点いていない。
フゥーッと息を
ズボンのポケットから鍵を取り出すと、玄関ドアの鍵穴にゆっくりと差し込む。いつものように、反時計回りに九〇度回転させれば、
…………あれ?
またか? ……またなのか?
このオンボロアパート…………って、あれ? ……どうするんだっけ? こういう時、どうすればいいんだっけ?
…………もしかして……あの時……あの時の……?
……って、何言ってんの? そんなワケないじゃん。あんなんで、そんなこと
僕は、小さく深呼吸をすると、全神経を
ハハハ……まさかな。全然そんなの、あり
おいおい、
とんでもねえこと教えてくれたってことに、なっちまうぜ?
まぁ、まだ、そうと決まったワケじゃねぇんだけどさ……。
なんでだろう、心臓がドキドキしてきやがる……。
落ち着け、落ち着けって……
とか言いながら、まるで、信じてるみたいじゃねぇか……笑わせんなって、神話やおとぎ話でもあるまいし……バッカじゃねぇの?
……ああ……バカみてえだな……でも、そんなもんか……? ……たしかに、そんなもんだっただろ? ありえねぇこと、
ひとことじゃ言い表せないような、不思議なことばっかりだっただろ? ……信じられねえことばっかり、起こってたじゃねえか……。
そんなんだから、モテねえんだよ! そうやって、自分で自分のこと守ってっから、逃げられるんだよ! ホントみっともねぇな!
僕は、もう一度深呼吸をすると、あの言葉を
「ひらけーーー! ごまーーーー!!」
心の底から、真剣に、何の
これ以上ないほどの、僕の中の精一杯を、この言葉に
あら不思議、ウソのようにスルリとカギが回転し、なんの引っ掛かりもなく開錠する……開いた……開いたぞ!?
はやる気持ちを抑えつつ、そっと玄関ドアを開ける。
十月
ダイニングのスイッチに手をかける……祈るような気持ちで、そのスイッチをオンにする。
チカチカッと蛍光灯が
その瞬間、違和感を覚えた…………きた!
目の前に、玄関マットが敷いてある。ドクロマークがプリントされたそれは、やっぱり僕の趣味じゃない。
お約束のように、ユニットバスからザーッという
「キュッ」という音とともにその雨音が止むと、バサバサという音が聞こえる。
誰かいる……間違いない……誰かいるのは間違いないはずだ……
ゆっくりと、ユニットバスの扉が開かれる。
鍛え上げられた腕が、グイッと扉を押し広げる。
ありがたいことに、腰のあたりにバスタオルを巻いてくれていた。
「……オマエがショーマか?」
僕がここに来ることを、まるで
「あ、あぁ……」
鍛えられたその体、胸板は厚く、腹筋もいくつかに割れている。年齢的には、若い……僕より少し上くらいか?
「……ふん、聞いた話と、だいぶ違うな……」
鋭い
「……聞いた話って、なんだよ……誰に聞いたってんだよ……」
怖いとか、そういった感情は、とっくに通り越していた。もう二度目だ……さすがに驚いてばかりもいられない。
「……まぁ、お察しの通りだと思うがな……」
「……ウズメか!? ウズメは、どうなっちまったんだ!?」
やっぱ怖い……足がブルブルと震えていやがる……とまらねぇ。
「ふふっ……まあイロイロと問題の多いヤツだからな……アレは。ある程度の
「裁き!? 裁きって何だよ、ウズメが何したってんだ!? アイツが何か悪いことでもしたみてえな
「したさ……まったく面倒なことをしてくれたものだよ。キミも同罪みたいなモノだけれど……まぁ、こっちの世界の人間には、コチラの世界の都合など分かるまい……仕方なかろう」
「同罪って……まったく身に覚えねぇけどな!!」
「まぁいい、アイツとオレには、約束がある……どうあがこうが、運命には逆らえんのだ。いずれ、わかるだろう」
目の前の男は、僕にはもう用済みだと言わんばかりの表情で、和室のふすまを開ける。
「……約束? ……約束ってまさか……オイッ!!」
パッっと
その瞬間、天井から、ドーン、ドーーンと、もの凄い音が鳴りだした。音と同時に
「ん? ……あのバカか? ……おとなしくしていればイイものを……」
ゴゴゴゴゴゴーッと、地響きのような音が、室内を包み込む。
「うおっ! くっそう、見えねぇ……何が起こってるんだ!?」
少しずつ視界が戻ってくる……天井を見上げると、
男はその渦巻きに向かって手をかざすと、先程と同じような光を放つ。
ドーン、ドーンと鳴り響いていた音が、止まった。
「フッ、所詮オマエはその程度、おとなしくしていればイイんだ……」
ドドーーーンと、これまでにない爆音が、天井から鳴り響いた。あまりの大きな爆音と揺れに、その場に立っていられないほどだ。
「……なに!?」
あからさまに、男がうろたえた。
ドドーーーン、ドドドーーーン! ビシーーーーン!!
渦巻きの中央から、
「うぉ……な、なんだあれ?」
ひび割れの中央から、雪のように白くて細い腕が、少しずつ姿をあらわしている……あれは!?
「あのバカが! 無茶にも程があるだろ!!」
男は何か呪文のようなものを
無我夢中だった。気がつくと、僕はその男の横っ腹に、肩から飛び込んでいた。
男が呪文を
もう少しで肩が見えそうな
「ちくしょう、なんにもできねぇのか……?」
少しずつ吸い込まれていく白い腕。男は不敵な笑みを浮かべると、僕を
これは、やべぇかもしれねぇな……
男の顔と、吸い込まれていく白い腕を、
僕は、「あっ!!」と大きな声を上げて、吸い込まれていく腕を指差した。
それに
「今だ、ウズメー!! 高めだーーー!!」
プレイボールの
僕はそれを、スローモーションのように見つめる……ガツーン!
「ストライーク!!」……ストライクでイイよな!?
完全に
バーーーン!! と、何かが大きく弾けるような
僕は渦巻きの中心の下へ、ゴロゴロと寝転がるように移動すると、天井から堕ちてくるその少女を、必死で受け止め……ようとしたんだけど、顔面にヒップアタックのように、お尻の直撃を受ける。
これは、完全に
痛ってぇなー、こりゃまた気絶しちまうパターンだ……けど、こんな不思議な痛み、今まで味わったことねぇや。
やべぇ……痛みのせいで涙が出てきやがった。
少しずつ意識が遠ざかっていく……けど、すぐそばに
僕は安らかな気持ちに包み込まれながら、ゆっくりと眠るように、気を失っていった。
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