第11話 秋葉原2

「……いらっしゃい」


 プラグスーツに身を包んだ『綾波あやなみ』という名札を付けた店員さん人物が、物静かに出迎でむかえてくれた。


「え!? なに! 本格的!! ねぇ、ショーマ、見て見て!!」

「あぁ、見てるよ……と、とにかくすげえなぁ……」


 そんなに詳しい訳じゃないけど、名札を付けていなくても、あの人が『綾波』ということは、さすがに僕でもぐにわかった。

 おそらくあの人の本名ほんみょうが『綾波』ではないということも……。


「衣装……着たければ、言えばイイわ……」


 普通のお店なら絶対NGだけど、このお店ならゆるされるというか、むしろ正解と言っていいおもてなしだ。


 鶉娘うずめは、せまい店内にこれでもかというくらいビッシリと並べられた衣装を前に、キラキラとした瞳を向けている。


「わー、迷っちゃう、こんなに沢山たくさんあるなんて、ちょっと想像以上だよ!!」


 僕のとなりで、ぱーっと明るい笑顔を見せてくる。僕の腕をつかむチカラが、ギューッと強くなる。


 ……ウズメ? ……うで……その……ちょっと、近いんじゃないかな……?


「ねえ、ショーマは私にどんなのてほしい? なんかリクエストある!?」


 僕を、満面の笑みで見つめてくる。


「リ、リクエスト!? そ、そんなこと急に言われても……」


 なんだよ、鶉娘。なんか、すげー楽しそうじゃねえか……。


「え~~? ショ~マ~、こんなに沢山たくさんあったらぁ~、選ぶの難しいよぉ~」

 甘えるような声で、ブンブンと僕の腕をさぶってくる。

「……ま、まいったねこりゃ……あはは……」


 ……ち、ちょっと、鶉娘? 何か、変じゃね!? ちょっと、楽しそう過ぎじゃね……?

 ……いや、違うからな……そういうのじゃないから……別に、そういうのじゃないからな……。


 そんな様子を微笑ほほえましく見つめていた『綾波』が、静かに近づいてきたかと思うと、

彼氏かれしさん? 彼女かのじょさんがここまで言ってるんだから……選ぶべきよ……」

 ぽそっと、ささやくように、そうげてきた。


「か、彼氏!?」

 な、なに言い出してんの!? 彼氏とか、なに言い出してんの!


「か、彼女!?」

 僕とほぼ同じタイミングで、鶉娘が驚いたような声を上げた。


 僕は、思わず鶉娘の方を向くと、その表情を確認する。鶉娘の表情が、少しずつしずんでいくのが見て取れた……。うげっ、う……鶉娘? ああ……は……ぁ……。


「て、店員さん、な、何言ってるのかな? ……僕達は……そういうのじゃなくて……」


「私、彼女じゃありません……」


「 「……え?」 」


 静かに、けれどキッパリと言いはなつ鶉娘を前に、僕と綾波はこおくようにかたまるしかなかった。


「……ウ……ズ……メ……?」

「彼女じゃありませんから」


 そーっとその表情をのぞき込むと、悲しみといきどおりを混ぜ合わせたような、そんな表情をしていた。

 ……それでも、その気持ちを一生懸命におさもうと、必死に気持ちの整理をしようとしているような、複雑な表情をしている。


「……す、すみません、お客様。私、大変たいへん失礼な事を言ってしまったようです。申し訳ありませんでした」

 店員さんは、即座そくざに綾波を演じるのをめると、深々と頭を下げて、僕と鶉娘に謝罪しゃざいを伝えてくれた。


「いえ、私がショーマの彼女じゃないって、わかってもらえればそれでいいんです。なんか、イヤな言い方しちゃって、すみません……」


 鶉娘も、店員さんの誠実な対応を前に、へんな空気を作ってしまったことを、後悔こうかいしているように見える。


「……は……はは、ウズメ、僕はリクエストとか思いつかないから……ウズメがった衣装を……着ればいいと思うよ……それが……一番だと……思う…………から」

「ん? ……ショーマ? うん、わかった。自分で選ぶよ。ちょっと待っててね」

「……あぁ、ゆっくりでいいぞ……僕は……下で待ってるから……」


 ……あー、支払い……先に済ませとくか……綾波さん? 綾波さーん?


 とりあえず、二時間分のレンタル料を先に支払って、僕は階段をり、店の外に出た。


 店の前は、ちょっとした公園のようになっていて、ベンチがいくつか設置されている。僕はトボトボとそのベンチまで歩いていくと、どっかりと腰を下ろした。


「はぁー……」


LAYERSレイヤーズ』というお店の看板かんばんから目をそらすと、空を見上げた。


 夏もそろそろ終わりだというのに、まだまだ暑い日が続いている。


 木陰こかげになっているので、そそぐ日差しがさえぎられ、風が吹けばそれなりにすずしくもある。

 ビルの谷間たにまの小さな公園。ビルかぜは、すこし生暖なまあたたかくて、涼しいってほどでもないか……。


 空を見上げようにも、このまちは、さえぎるものが多すぎる。こんな時くらい、綺麗な青空を見せてくれたっていいじゃねえか……冷てえなぁ。そうすれば、こんなかすみなんて吹き飛ばして、晴れやかな気持ちにさせてくれるってもんじゃねえのか……?


「ふぅー……。フッ……フフッ……フフフッ……はー、はぁーっはっはっは!」


 通行人が、見てはいけないものを見るような目で、僕を一瞥いちべつする。


 別に? 別に、何でもねえよ……。別に、全然? っていうか、何? ……何が? ……全くもって何ともないですよ。いつものことですから。ええ、れてますから……って、何の話? 全然そーゆーんじゃないから。慣れてるとか、全然関係ないし。


 ですよ!? 本当ですよ! うたがってますよね、そこのアナタ!


 なに疑ってるんですか? へっちゃらもへっちゃら、ヘッチャラピーですよ。パッパラパーのパッパパラパラってなもんですよ。ピーヒャラパーの……ね。


 ふと……故郷ふるさとの空を思い出す。見渡すかぎり、一面に広がる青空。


 この街と違って、空気だってめちゃくちゃんでいて、絵の具でいたみたいな、深い青色。

 入道雲がとても高くて、そらっていったいどこまで続いているんだろうなって、そんなことばかり考えていたな……。


 この街は、なんだって手に届きそうな気持ちにさせてくれる……けれど、その障害も、ぐ近くにあるってことを思い知らされる。


 あの頃は……色々なものが大きくて、遠くて、高くて、でも……いつか手にはいるんじゃないかなって、さえぎるものなんてないんじゃないかなって……そんなふうに思っていた。


 はぁー、チョット疲れているだけだよ。こんな気持ちになるのは、いつだってそういう時だ。


 公園の片隅に、大型のトラックがゆっくりと入ってきた。後ろにマイクロバスを引き連れている。

 大勢のイベントスタッフらしき人物を降ろすと、そのマイクロバスはどこかに走り去っていった。

 ぞろぞろとりたったスタッフらしき人達は、忙しそうに何やら準備を始めたようだ。


 なんだ……何かあるのかな?


 ま、関係ねえか。この街は、いつだってにぎやかだ。誰の気持ちとか、他人ひと都合つごうとか、そういったものを容赦ようしゃなく置き去りにしていく。


 ぼんやりと、そんな様子をながめていたら、ほんのりと眠気ねむけただよってきた。


 昨日から、色々な出来事が続いている。昨晩さくばんも、タオルケットにくるまって、ぐっすり眠れたとはとても言えない。


 ゆるやかな睡魔が……僕をつつむ。


 街の喧騒けんそうが……まるでヒーリングサウンドのようだ……。


 はぁー、ちょっと……疲れた……な。


 僕はそのまま、公園のベンチで知らぬ間に眠りについていた。

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