第10話 秋葉原

 来てしまった。とうとう来てしまった、この場所に……。


 そう、日本が世界にほこる文化の最先端さいせんたん。それは、海外でもそのまま通用する言葉、『オタク』の聖地せいちであり、代名詞といっても過言かごんではない場所。


 そこのアナタ、アナタももうお分かりですよね……そう、それは秋葉原あきはばら

 ってまあ、上京してぐに来たことあるんだけどね……。


 田舎者いなかものが東京へ来たら、そりゃあ行くでしょ? 昔のことは知らないけど、今となっては、観光名所みたいなモノだし。


 『オタク』という言葉の持つ意味合いも大きく変わり、現代では、れっきとした市民権を獲得している。日本国民そうオタク時代といってもつかえはないだろう……三神みかみ照真しょうま調べ……によると、だけど。


 そう、そうなのだ。秋葉原は、けっしてずかしい場所などではないのだ。自信を持って、堂々としていればいいのだ。胸を張って歩けばいいのだ!


「にゃんにゃんカフェでーす! そこのアナタ……ワタシと、ニャンニャン、し・な・い?」

 にゃに!? にゃ、ニャンニャンって……ニャンニャンって、にゃんなのかな……あはは……。


「わぁー、猫耳のメイドさんだー! カワイイ! ねえショーマ、アレって猫カフェだよね!?」

「……猫カフェ?」

「イイなぁー。猫カフェもアリだよね~」

 プラカードを持った猫耳メイドのおねえさんに向かって、鶉娘うずめは小さく手を振っている。


 ……猫カフェだったのか……あ、アブねえ……。コチとらてっきりニャンなこととか、ニョンなこととか、色々……イロイロしてくれるお店なのかと勘違かんちがいしちまうところだったぜ!


 アブねえアブねえ……油断もすきもあったもんじゃないぜ。恐るべし秋葉原!


 こりゃぁ心してかからねえと、今度こそられても不思議はねえってコトか? 上等だぜ? どっからでもかかってきやがれ!!

 カンフーの要領ようりょうで、両手をピンと張って腰を落とし、敵をむかつように身構える。


「ショーマ? ……さっきから何やってるの? なんか、挙動不審だよ……?」


 そう言って冷たい視線を浴びせつつ、距離を取り始める鶉娘うずめ


「ニャンでも……いや、何でも無い!」


 何をがっているんだ、落ち着け! ……にしても鶉娘うずめのやつ、こういった場所でも自然体っていうか、落ち着いてやがるな。


 まわりを見渡せば、メイド服だけにとどまらず、ナース姿やゴスロリファッションに身を包んだ女の子、アニメキャラにふんした青年や、迷彩服を着込んだいかついオッサンも歩いている。

 普通に考えたら異様いようなこの光景も、秋葉原という地にいては、日常ということなのだろう。


 そんな中にあって、鶉娘は白いワンピースに身を包んでいた。カジュアル系のお店でそろえたこともあり、少しくだけた印象を持ち合わせつつも、ふわりとしたその装いは、とても涼しだ。

 この街を歩くには、少しばかりおとなしすぎる印象かもしれない。けれど、ぱっと見は優等生的な雰囲気をかもしている鶉娘に、とても良く似合っていた。


「ねえ、ショーマ! あれ見て!」


 歩道橋を進んで行くと、大型ビジョンが目に入る。そこには、発売されたばかりの桜庭さくらば美玖みくの新曲PVが大映おおうつしにされている。

 普段はせいぜいスマホの画面で見るくらいしかしていないそのPVは、さすがに迫力がある。


「おおっ! さすがに大迫力! スマホとは大違いだぜ!」


 僕は画面の近くにると、しなやかに踊りながら歌う美玖みくの姿に、かぶりついた。


「ふーん……ホントに好きなんだね、ショーマってば……」


 後ろから、あきれたような鶉娘の声が、すこしずつ近づいてくる。


「い、いいだろ……美玖みくは僕にとって、女神様なの! ……はあぁ……こんな子と出えたらなぁ……」

 ゲシッ! っと、ふくらはぎに衝撃が走る。

「痛ってぇ!」

「あら、ゴメンなさい……ショーマが急に立ち止まるから、つまずいてしまったわ……」


 つまずいた……だと!? こ、こいつ、ホントかぁ……?


「き、気をつけろよな、ウズメ!」

「はいはーい、すみませーん。以後、気を付けまーす」

 全然実感こもってねーな! その言い方。


「それより、秋葉原ここに来た目的、忘れてないわよね!」

 少しだけプクッとふくれっつらを見せながら、両腕を組んでいる。


「お、おう、忘れてねーよ。あ、アレだろ、コスプレカフェ? だったか?」

「よろしい。で、どこどこ? どこにあるのかなー?」

「ちょっとまってろ、今、調べてやっから……」


 スマホで鶉娘が調べていたサイトを、今一度いまいちど確認する……なになに、うげっ! 撮影プラン一時間コース 5,800円。

 ……け、けっこうするじゃねえか!? マジか? そんなわせねえぞ……なんつってもしがないフリーターの身。アパート代と生活費だけでギリギリやりくりしているような状態だ。


「ねえねえ、ショーマ? わかった? どのへんかな、近いのかなー?」

 見るからにウキウキモード全開の鶉娘うずめを前に、カネが足りないなどと、言える雰囲気ではない。

 ……ちょっと待ってろ、なにかもう少し安いプランはねえのか? なになに、ん? 衣装いしょうレンタルだけなら一時間 1,100円か……これならなんとかなるぞ。


「よし、こっちの方角ほうがくみたいだな……いくぞ、ウズメ」

「イェーイ! ガッテンだぜぃ!」


 ……ガッテンだぜぃって……このホントに女神様なんだよねぇ? まあ、楽しそうなのは、なによりなんだけどな……。

 僕達は、スマホの地図アプリをたよりにしながら、コスプレカフェへ向かった。




 『LAYERSレイヤーズ』というお店の前で、僕は尻込しりごみをしていた。フリフリの衣装や、アニメキャラにふんしたモデルさんの写真が、お店の外壁がいへきくしている。


 細長いビルの一階から三階までが、どうやらこのお店ということらしい。一階は、いわゆるメイド喫茶というやつで、二階が衣装レンタルスペース、三階は撮影用のフロアになっているみたいだ。


「きゃー!! 凄い凄い! あの衣装、いいなー。ねえ、ショーマはどういうのがイイと思う!?」


 ビルの外壁を見上みあげながら、鶉娘のテンションは、絶賛ぜっさん爆上ばくあがりちゅうである。


「……あ、あぁ、なんか凄いな……圧倒されちまって……イイも悪いも……それ以前の問題だぜ……」


「さ、いくよ!」


 サッと僕のうでに手をまわすと、二階へ通じる細い階段へ向かって駆け出す。


「え? お、おい!」


 不意ふいの行動によろめきつつ、引っ張られるように鶉娘うずめあとう。


 人一人がようやくすれちがえるような、細長い階段をズンズンとのぼっていく鶉娘。二階へたどり着くと、店内にすべり込んだ。

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