第8話 奔走2

 「……だたいま……ウズメさ〜ん? いますか……? 帰りましたよ~おおっ!」

 部屋中に、所狭ところせましと洗濯物が干してある。鶉娘のヤツ、本当にあの洗濯物の山を、全部やっつけてくれたってのか!?


 くうう……ありがてえ、おんるぜ!


「おーい、ウズメ? そっちにいるのか? いやあ、マジであんなにたくさんの洗濯物……」


 和室のふすまを開けると、とんでもない光景が広がっていた……。


 ヘッドホンをつけて、布団ふとんの上に仰向あおむけに寝ながら、足を組みつつ雑誌エロ本を読む鶉娘うずめ

 足首でリズムをきざみつつ、「ほほ〜ぅ、まあぁ……あらら、ぅわ〜お」と、みょう奇声きせいを上げている。


 お、おい、まさか……うげ! 押し入れが全開じゃねえか!!


「ウズメーー!!」


「うひょ〜。へえぇ、ショーマってこーゆー感じが好きなのかぁ……」

 僕は、ひったくるように鶉娘から雑誌エロ本を奪い取る。

「おい、なんなんだコレは!! あれだけ開けるなって言ったじゃねえか!」

「あ、ショーマ、なに? あ、とりあえずお帰り~」

「何が、『あ、とりあえずお帰り~』だよ! 聞いてんのか!?」


 あいかわらず、足首でリズムを刻みながら、ポカンとした顔をしている。こいつ、聞こえてねえな!?


 ヘッドホンを奪い取ると、

「あー、もう、せっかくノリノリだったのにー」

 そう言いながら、ヘッドホンを奪い返そうと両腕を伸ばしながら起き上がった。


「お……おい、ウズメ! これはいったいどーゆーことだ!」

「ん? あぁ、洗濯物? ベランダ狭いからすとこなくて、半分くらい部屋干しになっちゃった。でも、頑張ったでしょ?」

 布団の上にペタンと女の子ずわりをしながら、両手でVサインを作っている。


「うぐぐ、そ、それはありがとう……って、それじゃなーい!!」

「どーしたの、ショーマ? そんなに、ムキになっちゃって……」

「ウズメ、ちょっとそこに座りなさい……」

 そうだ、ムキになってはいけない。大人になれ。こんな小娘に動揺どうようしてはいけない。

「……さっきから座ってるよ?」

「……い、いいから聞きなさい。コレはどういうことだ。あんだけ開けるなって言ったのに……ぜ、全開じゃねえか!」


「ねぇショーマ……ショーマって桜庭さくらば美玖みくって人のファンなの?」


 どっきーーーーーん。


「な、ななななな、なんでその名前を!?」

「だって、そのばっかり出てくるんだもん。このCDだってそうだし、アレもそうでしょ?」


 鶉娘は、天井てんじょう指差ゆびさした。


 桜庭さくらば美玖みく……今話題わだい国民的こくみんてきアイドル。芸能界屈指の大スター……あぁ、そうだよ。昭和しょうわの若者みたいに天井にポスター貼っちゃうくらいにはなっ。

「い、いいじゃねえか! 他人ひとの勝手だろ!?」

「へぇー。そっか。そうなんだ。ショーマってこーゆー感じのひときなんだ。そうなんだー、へぇー、デカいのがイイんだ!」


 そう言いながら、両手で胸元をさすっている。


「デカ!? ……違う、違うね。僕はね、大人の女性が好みなの。妖艶ようえんで、魅惑みわく的で、おしとやかな女性しか、興味ないの」

「へーんだっ! そーですか。そんな女性ひと、そう簡単に出会えるとは、思えないけどね!」

「う、うっせい。だから他人ひとの勝手だろってーの」


「それとさ、奥のほう仕舞しまってあるの、あれって楽器じゃない? ショーマってギター……」


「アレはーーっ!!」


 鶉娘が、ビクッと肩をすぼめるのがわかった。それくらい、無意識のうちに語気ごきが強まっていた。


「……ショーマ?」


 ヘッドホンかられ聞こえる音楽だけが、シャカシャカと鳴り響いている。


「……アレは何でも無いから!!」


「……ショーマ……どうしたの? ……急に……」


 少しだけおびえるような鶉娘を前に、僕は、はっとする。


「あーっと、な、なんてね……びっくりした……よね……?」

「え? ……びっくりっていうか、その……ごめんなさい……」


 肩を落として、本気で心配をしている。僕に対して、初めて見せる表情だった。


「たはーっ、なーんてなー。冗談、冗談……軽い冗談……ハハ……」

「…………冗談……か……それなら……良かった。私、何か気にさわることしちゃったのかなって……」


 あいかわらず、不安げな表情で僕を見つめる鶉娘。


「な、何でもないよ。そ、そーだよ、ジョーダンだよ。軽い冗談!」

「……なんだ……よかった。なんか、ちょっと……少しだけ、怖かったかもだよ……」

「ごめん!! ……ちょっと、冗談にしては、が過ぎた……ゆ、許してよ、ウズメ」

「う、うん。私もゴメンね。勝手に押し入れ開けちゃって……」


 やっちまった……なにやってんだよ。こんな年下の女の子に対して、怒鳴るようなマネするなんて。


「い、いいっていいって。それより、着替えと弁当、買ってきたぞ!」


 そうだよ、こんな空気、やめやめ。弁当食って、忘れよう忘れよう!


「そ、そう、ありがとう。もう、ショーマったら遅いんだもん。お腹ペコペコだよー……へへへ……」

「ペコペコって! それは、こっちのセリフだって……」


 鶉娘も、僕の気持ちをさっしてくれたのだろうか。つくろいながらも、この空気を変えようとしてくれているみたいだ。

 鶉娘はスッと立ち上がると、ダイニングテーブルへ駆け寄って、袋の中をのぞき込む。


「わー、お弁当、お弁当。何かな何かな……」


 うつむきがちに、お弁当を袋から取り出して、テーブルの上に並べていく。その仕草はとても弱々しくて、今までの鶉娘がウソみたいに力無ちからない。

 元気いっぱいで、やりたい放題の破天荒はてんこうな女の子。そんな風に思っていたけど、もちろんそれだけのはずがない。


 そもそも、どうして鶉娘はここにいるのか。なぜ僕の前に現れたのか。今後、どうなっていくのか……どうなってしまうのか……。まだ、何もわからない。


 これからどうするのか。少しずつでも決めていかなくちゃならないことが沢山たくさんある。


「ウズメ……ひとつだけ、言っておかなくちゃならないことがある」


 僕は、鶉娘を真っ直ぐに見つめる。


「…………うん、何……?」


 お弁当を広げる手を止めて、こちらをうかがう。


「……し……下着と………プキンは、買えなかった」

「…………え?」

「だから、……買えなかったっての……」


 鶉娘の口元が、ホッとしたように小さくほころぶ。


「……え? 後半が良く聞こえなかったよ、ショーマ。なーぁに?」


 エヘヘっと、優しく微笑みながらそう尋ねる。まるで女神様のように……。


「聞こえなくていいっつの! てか、聞こえてるだろ。と、とにかく、買えなかった。一応頑張ったつもりだぞ、それなりにはな。……その……すまん」

「あ、いいよ、下着はべつに明日でもいいし。アレもあと半月はんつきは必要無いんじゃないかな? ……あ、からあげ弁当だ! ナイスだよ、ショーマ! やるじゃん!」


 …………ゴゴゴゴゴゴゴ!


「あれ? ショーマどうかしたの?」

「……必要……無いだと!?」

「あ、あれ、もしかして、本気で怒った……? ウソウソ、ゴメン、ちょっとやりすぎた?」

「ヴ~~~ズ~~~メェ~~~!!」


 こんの、クソガキ~~! 女神様撤回てっかい

 ダイニングテーブルを中心に、追いかけっこが始まった。グルグルグルグル。


 あんまりグルグル回ってると、バターになっちゃうよ。

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