第7話 奔走

 「いらっしゃいませー」


 はい、いらっしゃいましたとも。

 BUビーユーというストリートカジュアル系の洋服屋に、とりあえず入ってみた。


 店内の半分が男性向け、もう半分が女性向けって感じに分かれてるみたいだな。

 僕は当然の様に、男性向けコーナーに直行する。ずは、必要のないワゴンセールの靴下を物色ぶっしょくする……フリをしながら、女性向けコーナーの様子を確認だ。


 うーん、さすがに遠くてよくわからんなぁ。やっぱり、あちら側のコーナーに乗り込んでいかないと、らちかない。

 ええい、恥ずかしがってる場合じゃない。さっきのやる気はどうした!

 ニョキニョキと、カニ歩きの要領ようりょうで、ジリジリと少しずつ女性向けコーナーに近づいていく。


 よし! 入った、入ったぞ! 潜入成功だ! ……っと、どれどれ?


 うむ。まずは部屋着へやぎからだな。んーと……おおっ! ハーフパンツ。これなら部屋着にちょうどいいぞ! 上は、まぁTシャツなら何でもいいだろう。


 まてよ、サ、サイズが全然分からん……。

 うぐぐ……ええい、もう適当だ! 

 

 鶉娘うずめは細身だから、なんとかなるだろう。コレと、コレだな。

 い、イケるぞ、思ったより順調な滑り出しだ。この勢いで一通ひととおそろえてしまおう。


 次は、外に出られそうな服を一式……いや待て、くつとか靴下くつしたも必要ってことだよな?

 ……さすがに一式そろえるのは、いくら何でもハードルが高すぎるってもんだぜ。


「お客様? 何かお探しでしょうか?」

「ひぎーーー!」


 び、びっくりした!! て、店員さんか……全然気づかなかった。いつの間に背後に回り込んだんだ? ってか、ステルス性能高すぎない? 全く気配を感じなかったよ……。


「あの……こちら、女性向けとなっておりますが、よろしかったですか? ……あら? おでこ、どうかなされたのですか?」

 すこし年上、二十代後半くらいの女性店員さんだ……って、そういや、冷えぴったんを貼ったままだった。


「あ、いや、何でもないです。大丈夫です、ちょっとおでこ、ぶつけちゃって」

 店員さん、笑顔だけど、目が笑って無くない? 何か僕のこと……ちょっとアヤシイ人って思ってないよね?


「あら、そうですか……気をつけてくださいね。ところで、何かお探しでしょうか?」

「あー。えーっと、その……あーそうだ、妹! 妹に洋服をプレゼントしようと思って見に来たんですけど、サイズとかも全然分からなくて……」

 ふう……思いつきとはいえ、我ながらナイスな嘘が飛び出したぞ。これは上手うまくすると……。


「あらまあ! 素敵じゃないですか!? 妹さんにプレゼントされるのですね!」

 ぱあっと、明るい笑顔になる店員さん。やっぱり、さっきまで目が死んでたよね……。

「は、はい! あ、兄として……たまにはイイところ見せてやりたいと思いましてね……アハハ……」


 出まかせにも程があるぜ……まぁ、適当に話を合わせよう。


「あの……お客様? お洋服、一緒にお選び致しましょうか?」

「え!? 本当ですか? 是非ともお願いします!!」


 キターッ!! ラッキー。これは上手くいったぜ!


「えーと……妹さんは、おいくつになられます?」

「一七歳です! けど、少し小柄こがらというか、細身ほそみというか……」

「大丈夫ですよ、お客様。おおよその身長やスリーサイズのデータがありますから、それをもとに選びましょう。もし、おしになられてサイズが合わないようでしたら、のちほど交換も対応しますので!」


 え? そんなことできるの? なんか凄いな。


「じゃあ、お姉さんにお任せしてもイイですか?」

「はい! 是非とも。それでは、妹さんのイメージをおうかがいしますね。まずは……髪型はどのような感じですか?」

「髪型ですか? ……ええっと、黒髪のロングで、ストレートです……腰のあたりまである感じです……」



 とまあ、いくつかの質問に答えた後、しばらくすると、上下、靴下から靴まで全てコーディネートしてくれた。



「どうでしょう……妹さんのイメージに合いますでしょうか……?」


 うーむ、鶉娘うずめの外観は、いわゆる清楚せいそ系と言っていいものだと思う。まぁ、その印象は、つい先ほど、跡形あとかたも無く崩れ去ってしまったけれど……。

 それでも、いかにも鶉娘うずめのイメージにピッタリと思われるコーディネートを見せてくれた。


「おお、なんかちょっと感動です! お姉さん、ありがとうございます。これでお願いします」

「いえいえ、どういたしまして」


「じゃあ、この調子で下着したぎの方も、お願いできますか?」


「…………え?」


「ん? ……あの……ですから下着を……」


「……妹さんに……下着……も、プレゼントされるのですね……?」


 あ、あれ? 店員さん? ちょっと、その目、お客さんにその目……ダメですよ?

「……なあーんちゃって! じょ、ジョーダンに決まってるじゃないですかー!!」

「あ、いえいえ、あ、冗談ですよね。あ、いえ、その、一向いっこうかまわないのですが、その、ねぇ……」

「ハハハ…………」

「……………………」


 なんだ、この地獄のような空気は……。


「…………い、以上でお願いします」

「……は、はい。お会計でーす」

 す、すまない鶉娘うずめ。どさくさに紛れて下着もゲットしようと思ったけど、失敗に終わったみたいだ。




 てな感じで逃げるように洋服屋を後にした僕は、続くドラッグストアでも苦汁くじゅうめることになる。

 あまりの種類の多さに、本気でどれを買えばいいのか、全くわからなくなってしまったのだ。さすがに店員さんに聞くわけにもいかず……。

 というか、何をどう聞けばいいかもわからず、ただただ呆然ぼうぜんと売り場に立ちくすしかなかった。


 負けた……。完全なるアウェイ戦。


 「昼」だの「夜」だの「多い日」だの、一体何だってんだい。

 でも、……女の子って、大変なんだな……。




 そんなこんなで、弁当を買ってアパートにたどり着く頃には、すでに夕方になりつつあった。

 随分と遅くなっちまったけど、鶉娘のやつ、おとなしく留守番してるかな?


「おーい、ウズメ? 帰ったぞ~。ちょっと両手ふさがってるから、開けてくんないかなぁ……」


「…………」


 あれ? 返事ないなぁ。


「……ウズメ~?」


 いないのかな? といっても、あの格好のまま、どこか外へ出歩であるくとも思えない。

 仕方ねえなぁ……。僕は弁当が入った買い物袋を口にくわえて、鍵を取り出す。


 カチャリと素直に鍵が開いたことにホッとしつつ、そっとドアを開けた。

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