第4話 成立2

 にたーっと、からかうようなその表情は、清楚せいそとはほど遠い、クラス委員の面影おもかげも、文学少女のカケラも感じられない。


「こ、このクソガキ、だましたな!」

「へへー、だまされてやんの!」


 スッと手を引き抜くと、両手をほっぺの横でヒラヒラとさせている。

 なんなんだ、この小娘こむすめは。突然現れたかと思ったら、僕の部屋ひとんちで大あばれしやがって。


「私にひどいこと言ったから、その仕返しですっ!」

 人差し指をビシッと伸ばして、僕を指差す。

ひどいこと?」

「そうです。自業自得なのです。こんなにいたいけな少女に、とんでもないこと言いましたよね!」


 そっと胸元を両手でおおいながら、ほほを赤らめる。


「えっと……なんのことやら……」

「とぼけないで下さい!! ……高めがどうとか言いましたよね!」

「たかめ? ……タカメ? ……高め? ……あー高めね。あれは、何というかその……アドバイスというか、何というか……」


「ア~ド~バ~イ~ス~~!?」


 見た目からは想像できない、うような低い声。凍りつく視線が向けられる。


「いや〜違います! えっと、あのー、何といいましょうか、え……と……」

「……それに……見ましたよね?」


 ギラリと両目りょうめが光を放つ。


「うぅ、そ、それは、その……」

「絶対に、見ましたよね……」


 両手を、太ももの間に移動させながら、顔を真っ赤にしている。


「……いやぁ、えっとその……」


 不意に、少女の動きが鈍くなる。肩を落として、うつむきがちに力無く、胸元で両腕をクロスさせている。こごえる身体からだを温めるような、寒さから身を守るような、そんな仕草しぐさで、ブルブルとふるえていた。


「………………完全に…………見ました……よね……」


 一転、弱々しい声で、ささやくように問いかける少女。


「ち、違うんだ! 見えちゃった! そう、見たんじゃなくて、見えちゃった……不可抗力っていうかその……」

 我ながら苦しい言い逃れ……。


 少女の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。


 えっ? マジで? ごめんなさい。まさかそんなに思い詰めるとは……さすがにこれ以上は落ち込んでほしくない。


「……見ましたよね、全部……」

「はい! 見ました! ごちそうさまです!!」


 もう、開き直るしかない!


「もーう、およめにいけなーーーい!!」


 両手で顔をおおって、その場にへたり込んでしまった。


 確かに見たといえば見たけど、あの状況は、本当に不可抗力というヤツでして……いや、その……視線が下がったといえば下がったけど、こらえようとしたよ、ホントです。

 でも、こればっかりはいたかたないのですよ……健全な男の子としてはどうしても……その……ゴメンナサイ。


「……責任、取って下さい」

「……はい?」


 なんか、こういった状況にありがちな、ものすごーく定番な、使い古されたセリフが飛んできたので、思わず耳を疑ってしまった。


「今、ハイって言いましたよね」

「……はい?」


 なになに? 何のこと?


「ハイ! って……言って下さるのですね! ありがとうございます!」


 ぱあっと、明るい笑顔が向けられる。


「……へ?」


 スッと床に正座をすると、三つ指をついて僕を真っ直ぐに見つめてくる。


「……何、してるの?」

「ふつつかものですが、よろしくお願い致します」


 ゆっくりと、おごそかに、お辞儀じぎをしている。


「……何、言ってるの?」


「わたくし、天野あまの鶉娘うずめと申します。先程から、キミとかオマエとか、あまつさえクソガキとか、そのように私を呼んでいらっしゃられておりましたようでございますが、私にもれっきとした名前がありますのでございます」


 舌をんでしまいそうな丁寧語。ものすごーいイヤミが混じっていたのは理解できた。


 けれど、肝心かんじんな、話の核心部分については、この時点では全く理解できていなかった。


「あまの……?」

「はい、天野あまの鶉娘うずめでございます。そうですね、ウズメと呼んで頂ければ、よろしいかと存じます」

「……ウズメ?」

「ハイ! ……えっと…………」


 鶉娘うずめは僕を見つめながら、何かをっている。


「……僕?」

「はいっ!」


 まるでゴハンをおねだりする子犬のように、尻尾しっぽをフリフリと振るような仕草だ。


「えっと……三神みかみ照真しょうま。三つの神で三神みかみらすのしょうと、真実しんじつしん照真しょうま。昔から、ショウマって呼ばれることが多いかな?」

「じゃあ、ショウマ!」

「お、おう」


 なんだ、なんか、れるな。


「えへへ、ショーウマ!」


 そう言いながら、立ち上がる鶉娘うずめ


「な、なんだ……どうかしたのか?」

「ショーマってばした方が言いやすいかなぁ? ねぇ、ショーマ?」

「そ、そんなもん、好きにすれば……呼び方なんてどうでも……」

「ダメだよ、大切だよ。こういう、小さなことの積み重ねが大事なんだから!」

「そ……そう、なのか?」

「そうなのです! ……んふふっ、ショーマ!」


 何だかわからないけど、妙にテンション高いなぁ。まあでも、うやむやのうちに元気になってくれたし、良しとするか。



 ……とまぁ、こんな感じで唐突に僕、三神みかみ照真しょうまの目の前に謎の女の子、天野あまの鶉娘うずめと名乗る少女が現れてしまった。


 このは、いったい何者なのだろう。ここに来た理由も、ちも、年齢さえもわからない。


 あまりにも不思議な出来事の連続に、今はただただ、戸惑うだけで、精一杯。

 けど、とんでもないことが始まったという事だけは、理解できる。


 一体全体、これから先、どうなってしまうのやら……。

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