第3話 成立

 ゆっくりとまぶたを開く。見知った天井。

 木目調もくめちょう天井板てんじょういたられた見慣れたポスター。ここが現実世界の自分の部屋なのだということを、証明してくれている。


 なんだ……夢か。


 はぁー、びっくりした。それにしても、すごい夢だった。内容もそうだけど、なんていうか、すごいリアルだった。

 本当にパラレルワールドに迷い込んでしまったかと思えるほど、現実味を帯びていた……かつてないほど、鮮明な……夢。


 高校を卒業して直ぐに上京。それ以来、二年半近く一人暮らしが続いている。

 友人と呼べる存在は、バイト先で顔を会わせる数名のみ。友人というよりバイト仲間と呼ぶべきか。

 春先までの二年間、専門学校に通っていたけれど、その頃の友人も、卒業をにそれぞれの故郷へUターン。ここにとどまったのは僕だけだ。


 別にさみしくなんかない。そう、寂しくなんかない。……二回、言ってしまった。

 あんな夢を見てしまった後では、説得力が無さ過ぎるか。

 本音を言えば、寂しいってことになるのかな……うーん、もう一回寝たら、夢の続き見れるかな?


 なんとなく、あの女の子と……もうちょっとだけ……。


「あのー、大丈夫ですか……?」


 弱々しい問いかけが、耳元に届く。

 ……え? 思わず声のする方へ顔を向けると、先ほど牛乳瓶をはなった少女が、申し訳なさそうに僕の枕元まくらもとで正座をしている。

「……パラレル……ワールド?」

 僕は、独り言のようにつぶやいていた。

「パラレル……ん?」

 首をかしげる少女。


 え? ウソ……僕は布団にもぐり込み、自問自答する。夢じゃないの? 夢だよね。でも、なんかいたよ? すぐそこに。自分のほっぺをギュッとつねってみた。

「痛い!」

 っていうか、ほっぺをつねる前から、おでこの辺りがズキズキと痛む。

 そっとおでこに手を当てると、痛みをはっしている周辺が、ポッコリとふくらんでいる。たんこぶができていた。

 ってことは、あの牛乳瓶も夢じゃなかったってこと?


 そっと布団ふとんから顔を出すと、目の前に少女の顔が現れた。

 おたがいの鼻と鼻が触れ合いそうな、至近距離しきんきょり上目うわめづかいで僕をのぞき込むように見つめてくる。

 ちょ、近い、近いよ……お風呂上がり特有の、石鹸せっけんの香りがただよってくる。


 ……ツンツン。


「痛ってーぇ!」

「たんこぶ、できてますね」

 ほえ〜っとした無邪気な表情でたんこぶを突つかれる。

 マジで痛い。興味本位で突っつくの、勘弁かんべんして下さい。それにしても、この痛み……夢じゃないってことは確かなようだ。

 つまり、この女の子、本当にここにいるんだよね。一体何者? っていうか、ホントに異世界転生? パラレルワールド?


 そっと少女の様子をうかがうと、キョロキョロと僕の部屋を見渡している。


「このお部屋って、何にも無いんですねぇ。着替きがえ、これしか無いんですか?」


 少女の言う通り、寝室しんしつとして使っているこの四畳半よじょうはんの和室には、きっぱなしの布団ふとん以外、何も無い。

 ダボダボの白いTシャツに身を包んだ少女は、すそを両手でまんでピラピラとさせている。そのたびに、おへそがチラチラと僕の目に入る。

 サッと体を反転させて、僕はおへそから目をらす。

「そのTシャツ、それってもしかして……」

「はい。そこに置いてあったので借りちゃいました」

「やっぱりそれか……」


 あれって確かコンビニ行く前まで着てた……床に脱ぎ捨てといたヤツだよな。


「ダメ……でしたか?」

「いや、ダメって訳じゃないんだけど……その……」


 何だろう、何か妙な罪悪感。かといって洗い立ての着替きがえも無いし、女性物にいたっては、有るはずもない。こんなことなら、サボらずに毎日しっかり洗濯しとけばよかった。


 もう一度、少女の方へ向き直って、そーっと様子をうかがう。

 Tシャツの襟首えりくびから、肩紐かたひもが見える。どうやら、下着は身にけてくれているようだ。


 少女はぐるりと視線をめぐらせると、押し入れに目をとめた。

「あ、そっか。あの中にあるんですね?」

 おもむろに立ち上がると、押し入れのふすまに手をかける。

「ダメーー!!」


 僕は咄嗟とっさに布団から飛び起きると、押し入れの前に大の字になって立ちふさがり、少女を静止した。


「ど、どうしたんですか? 急に」

「えーっとその、危険だからこの中はっ!」

「危険?」

「そ、そう、危険物がね、その、はーっはは……色々と」

 そう、この押し入れの中を見せる訳にはいかない。ある意味、非常にキケンなブツが仕舞しまってあるのだ。まぁ、別にあやしいクスリとか、爆弾ばくだんかくし持ってるって訳じゃないんだけど、このには見られたくない。

 こんな年下の女の子にだけは、絶対に見られたくない……ですよね、皆さんそうですよね。分かってくれますよね。共感してくれますよね。


「ふうーん、それじゃ仕方ないですね……っと見せかけて!」

 スルリと僕の脇をすり抜けると、ふすまに手をかける。

「ちょ、お前、つか速っ!」

 完全に意表いひょうを突かれた。10センチほどふすまが開いたところで、僕はさっと反転して反対側から勢いよくふすまを閉じた。バチーンという音が響き渡る。


「いったーーーい! 痛い痛い痛い痛い! 指はさんだ!」

「ちょ、オマエ何やってんだよ! てか、オマエが悪いんだろ、急に開けるから!」

「ケチー! おにー!」

「手、見せてみろって。ほんと、何やってんだよ」

 無意識のうちに少女の右手に手を伸ばしていた。


 繊細せんさいな、ちょっとしたちからでも折れてしまいそうな、細くて白い指先。壊れ物を扱うように、慎重に確認したが、赤くなっている様子はない。

 結構けっこういきおいで閉めた割には、軽症で済んだようだ。ホッと胸をなでおろす。


「大丈夫か? 痛むか? 冷やした方がいいのか……っとに……」


 指先から少女の顔へ視線しせんうつすと、そこには「てへぺろ」っとしたクソ生意気な顔をした女の子がほくそ笑んでいた。


「心配した? ねえ、心配しちゃった!?」

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