第3話 デモンストレーション

「地震、地滑り、洪水や津波。我が国日本は自然豊かな島国であるが故に、こういった自然災害に立ち向かっていかなければなりません」

 会議室にてプロジェクターを使い、トロフィーの性能についての資料が映し出された。

「瓦礫などで道が塞がったり、酸素が薄かったりガスが充満していたり、環境によっては装備の無い状態で私たち人間が捜索、調査するのに適さない事も十分考えられます。そう言った悪所での作業を可能にするのが私たち哀島研究所が製作した高性能災害時自立行動型ロボット『トロフィー』です」

 横で当のトロフィーがロボットダンスをしていた。緊張感に欠けるので大人しくしていてほしい。

 久喜田さんは説明を続ける。

「ロボットですから電気があれば高濃度酸素の中や二酸化炭素などのガスが充満している地帯であっても十二分に仕事が出来ます。電気はソーラーで日中は充電しながら行動できます。行動に足る電力がなくなると……」

 そこで突然恨藤さんが拍手をした。

「失礼。とても素晴らしいプレゼンです。久喜田さん、あなたの美しい声で聞くと、ロボットの性能も数倍に跳ね上がっていくようだ。でもね、それらの性能、その文言はこちらも把握しています。それが真実であるのか。その裏付けが欲しいんです。この意味がわかりますね?」

「トロフィーの資料、読み込んで頂けているのでしたら幸いです。では、実際に見て頂くのが早いですね。恨藤様、こちらへ」

 スポンサーであるテラス製薬の監査員である恨藤さんは、当初の予定よりも遅く来たが、久喜田さんの説明を途中で切り上げ、早速トロフィーの実証実験を見ることにしたようだ。

 実験内容はいつもやっていることだし、トロフィーはその場その場で自分で考えて行動する。何も不安材料は無い。

 午前10時30分。実験室に恨藤さんを案内して、早速デモンストレーションを始めようとした。

「少しよろしいですか?」

 恨藤さんは今まさにデモを始めようとしたとき、手を挙げた。

「トロフィーは自立思考型ロボットということでしたね。人間が指示を出さなくても、その場その場で考え行動すると」

 デモンストレーション担当の鬼怒川さんがその質問に答える。質疑応答の補佐として神楽坂さんも横に控えていた。

「はい。トロフィーのセンサーで救護対象を確認して、そこへ移動するまでの障害の強度、材質を認識し、最適な道具を使って瓦礫などを撤去します」

「ということは、今その位置にある『瓦礫』や『救護対象』を私が任意の位置に移動させてしまっても、問題なくデモンストレーションは実行されなければおかしいですよね?」

「はい、仰るとおりです。トロフィーは『瓦礫』や『救護対象』の位置を毎回確認して行動するようにプログラミングされておりますので、恨藤様が任意の位置にそれらを移動させてしまっても何らかまいません」

「わかりました。ではそこの君、『救護対象』をそちらからあちらに移動させてもらえないかな」

 いかにもアルバイトのような出で立ちをしていた僕に白羽の矢が立った。「あ、はい」

 『瓦礫』と『救護対象』の機材を恨藤さんの言うとおりの場所に移動させた。

「よろしい。これで開始してください」

「トロフィー、よろしく頼むよ」

 哀島所長がトロフィーを実験室内に送り込む。

『トロフィー、センサー察知! 周囲に居る方は離れてクダサイ! 瓦礫を撤去シマス!!』

 トロフィーが自分の腕を発掘ドリルに付け直して、瓦礫を少しずつ削っていった。救護対象までの距離が近くなると、ドリルの強弱を調整したり、時折電動ノコギリを使用して、少しずつ数回に分けて瓦礫を細かくした。瓦礫が小さくなると、運搬アームを使用して救護対象までの道を広げた。

『人間発見! 大丈夫デスヨ!! トロフィーが来マシタ!!』

 救護対象であるマネキンの重心を確認して、優しく抱きかかえ、その場所から助け出した。

 恨藤さんが拍手をする。

「素晴らしい。本当に指示を出していないとは。この目で見ることができて光栄ですね」

 恨藤さんの目は全然笑っていなかった。審査はこれからということだ。

 その後、二酸化炭素充満エリアでの活動と、避難誘導のデモも滞りなく終わった。

 トロフィーは完璧に任務をこなした。僕の目で見ても、どこもおかしくなかったと思う。

 場所を会議室に再び移動して、質疑応答の時間となった。

「トロフィー君の仕事の手際、素晴らしかったです。実践の場でも確かな働きをしてくれることでしょう」

 恨藤さんは素直にトロフィーを褒めてくれた。

 しかし、本当の監査はここからだった。

「しかしながら、私はこうも思うのですよ。ロボットは自立思考型よりも、人間が近くで、もしくは遠隔から操作した方が、より確実に人命救助に貢献できるのでは無いかとね」

「!?」

 この発言に研究所のメンバーは皆驚き、固まってしまった。

 何故ならば、トロフィーが自立思考型になったのは、スポンサーからの強い要望があったからなのだから。

 恨藤さんは続ける。

「たとえば、トロフィー君は『瓦礫』か『救護対象』かをどのように判断するのでしょう?」

 鬼怒川さんが即座に返答する。

「はい。サーモセンサーで体温を。ガスセンサーで人間が呼吸時に排出する二酸化炭素などの濃度を。モーションセンサーで人間らしい動きを。その他14のセンサーで救護対象を確実に認識します」

「確か、トロフィー君は太陽光で充電をして、半永久的に捜索活動ができるのが強みだと言っていましたね」

「はい、その通りです」

「しかし、救護対象である我らが人間は、そのようにはできていません。残念ながら、救護が遅れてしまえば体温は冷たくなり、呼吸はできなくなり、動けずそのまま死に絶えてしまいます。その場合、『瓦礫』と『遺体』とを区別することはできないのではないですか? 『遺体』を『瓦礫』と間違えてドリルで穴を開けて、ノコギリで切断してしまう可能性もゼロではないのではないですか?」

「そんなことはありません!!」

 神楽坂さんが反射的に反論するが、それを哀島所長が冷静に収める。

「確かに、その可能性はゼロではないですね。トロフィーは機械ですので、このように人間のように感情で動かず、粛々と作業を続けられます。人間による作業ですと、捜索時間が長くなると、疲労や『諦め』にも似た空気により、『救護対象』を見逃してしまうこともあります。その場合の補佐として捜索隊に犬の嗅覚を取り入れている隊もあると聞きます。人間のような感情や疲れはトロフィーにはありません。人間と機械、それぞれメリットとデメリットがあるということだと思います」

「人間は感情的だが、機械はそれがない。くっくっく。確かにこれ以上わかりやすい生き証人はいないようだ」

 神楽坂さんが自分のことを言われているのが分かって、再び怒りを露わにしたが、鬼怒川さんがにらみを利かせて黙らせた。

 誰もが恨藤さんからの反論に、『スポンサーからの意向に沿わせた結果だ』と言いたかった。しかし、予算削減対象に挙がったということは、スポンサーの意向自体が変わったことをも意味する。この反論を挙げてそれを否定されてしまっては、プロジェクト自体が頓挫してしまいかねなかった。その言質を避けて、トロフィーの仕事ぶりを認めてもらうしか無かった。

「トロフィー君の働きぶりはしかと目に焼き付けました。少しこの研究所の他の施設を見て回ってもよろしいでしょうか?」

「わかりました。重要な施設にはカードキーでしか開かないようになっています。久喜田くん、ゲストIDカードをお渡ししてくれないか」

「はい。少々お待ちください」

 恨藤さんは、久喜田さんからIDカードを渡されると、「では、また後ほど」と一人でどこかに行ってしまった。

「ありがとう、みんな。トロフィーもありがとう。少し、休憩をしよう」

 哀島所長の眉毛は朝見たときと同じように垂れ下がっていた。僕もデモンストレーションの仕事から解放されてホッとした。疲れがどっと出てきた。

 喉が渇いたので、自動販売機でジュースでも飲もう。

 玄関から外へ出ると、右側の街灯の脇に自動販売機がある。

 そこには恨藤さんがいて、どこかに電話をしているようだった。

 僕には気付いていない。

「あぁ、実際に見てみて、実感したよ。ここは素晴らしい施設だ」

 というような声が聞こえた。なんだ、思ったよりも好印象だぞ。僕は安心して研究所の中に入った。

「じゃあ、板出くんには先週の実験データの整理を頼もうかな。教えたフォルダに打ち込んだデータファイルを入れておいてくれれば良いから」

「わかりました」

 哀島所長に午後からの仕事を頼まれて、僕は昼ごはんを食べに休憩室に向かった。

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