第2話 来訪者

 事務所で久喜田さんにお茶菓子の件を伝えてから、僕は実験室に向かった。実験室入口のカードリーダーにIDカードをかざしてロックを解除する。今日の被災地作業デモンストレーション用の瓦礫やブロック、機材の最終確認のためだ。

 今回予定しているのは、瓦礫を撤去する作業、ガス充満地帯の走行、避難誘導の三つだった。

 トロフィーの腕部は用途によってカスタマイズができるので、瓦礫を撤去する作業の時は発掘ドリルや電動ノコギリ、運搬アームなどの付け替えが必要になる。もちろんトロフィーは自分で自分の腕を付け替えできる。自立思考型なので人間の指示が必要ない。それがトロフィーの強みだ。ソーラー発電によって半永久的に作業を持続できるからだ。

 そのおかげで、デモンストレーションへの準備も最小限で済む。僕は最終確認を終えると、実験準備室にいた神楽坂さんに気付いた。

「板出くん、おつかれさま。機材の準備はオッケーかい?」

「はい、大丈夫です」

「ごめんね、さっきは」

「いえ。でも、不思議ですね。あれだけ食べてるのに、神楽坂さん細身ですよね」

「体質かな。まぁ、でもなんというかな。お腹が空くと思い出しちゃうんだよね、あの時のことが」

 普段表情や物腰が柔らかい神楽坂さんにしては少し神妙な顔つきになっていたので、違和感を覚えた。

「あの時のこと?」

「うん、子供の頃にさ、豪雨の地滑りで実家の周辺一帯が流されちゃって。俺はその時旅行に行っていたから、帰ってきたら家が無くて、びっくりしちゃったよ。半年間くらい食べるものにも困って、毎日お腹が空いてさ。大変だったんだ。それを思い出しちゃって、つい間食しちゃうんだよ」

 今まで聞いたことのある間食する理由の中では群を抜いてヘビーな理由に、僕は適当な返事が思いつかなかった。

「祖父がそれ以来行方不明なんだ。捜索隊が探してくれたけれど、一ヶ月としないくらいで捜索も打ち切られてしまった。本音では、見つかるまで探し続けて欲しいけれど、人間の体力には限界もあるしね、お金もかかる。実際にはうまくいかないよね」

 僕は、それで合点がいった。

「だから、トロフィーなんですか」

「うん。トロフィーはバッテリーが続く限り半永久的に作業が出来る。人間なら限りの有る体力も心配いらない。機械だからこそ『もう見つからないかも』というような感情に左右されることも無い。サーモセンサーや生体反応からきっと祖父を、みんなを見つけ出してくれる」

 所長からは、豪雨や地滑りなんかに負けないトロフィーを作ってくれって頼まれてるから、完全防水なんだぜ。と神楽坂さんは言った。

「トロフィーは自信作さ。鬼怒川さんみたいな性格の悪い人が作ったソフトウェアが内蔵されてるのは癪だけど、腕だけは確かだから、あの人は。トロフィーは絶対に諦めない。諦めない意志は、被災地の人の希望になってくれる」

 神楽坂さんはそう言って笑った。僕はトロフィーに相対したときに、『なんだこの変なロボットは』と最初こそ思ったけれど、一ヶ月間トロフィーと実験を繰り返すにつれて、段々と愛着が湧いてきてしまった。

 それはトロフィーの顔に喜怒哀楽のエモーションが表示されることだとか、動きがコミカルなことだとか、言動にオヤジギャグが含まれることだとか、そういった表面上のことだけだと思っていた。でも、そんなことじゃなかった。鬼怒川さんや神楽坂さん、哀島所長、たぶん、久喜田さんの強い思いがトロフィーをただのロボットではない、みんなの希望へと形作っているんじゃないかと、漠然とそう思った。

「まぁ、そんなこともあって、トロフィーの胴部には保冷温庫ユニットを内蔵しといたんだ。食べ物が保管できるように」

「え? そんなものが?」いやにバッテリーを食いそうな機能だ。

「胴部に身体ごとまるまるもぐりこんで取り付けしたから、思い出深い機能の一つさ。まぁ、保冷温庫だけじゃない、胴部にはトロフィーの命の要であるバッテリーも積んでいるからね。

 トロフィーの身体は俺たちと同じなんだ。頭部は脳みそ、つまり情報が詰まっている。別個体のトロフィー同士で頭部を交換すれば、情報共有ができる仕組みになっている」

 トロフィーが初めましての挨拶と同時に頭を交換しようと言うのはこれが原因である。人間にも言ってしまうのは正直びっくりするのだが、これは鬼怒川さんが考えたお茶目なジョークらしい。

 頭部は他にも、取り外して簡易的な踏み台にもなるらしい。200キロまで耐えられるんだとか。

「胴部は心臓部。電気で動くトロフィーの心臓であるバッテリーが入っている。一応ソーラーで晴れの日は充電しながら動けるから、理論上24時間行動保証がある。もし万が一曇りの日が続いて、充電が切れそうになったら、節電モードに移行する。トロフィーが平坦な場所を探して、次の晴れの日まで動きを止めるんだ。一応その時は3秒に1度、緑色に明滅する。夜闇の中でもトロフィーの存在を周りから視認できるようにしているんだ」

 保冷温庫を使用すると活動時間が3分の1になるらしい。電池残量が全体の10%を切ると節電モードに移行するんだとか。

 保冷温庫、いらない機能だと思わないで欲しい。移動式冷蔵庫だと思えば、夏の暑い季節で重宝するかもしれない。

「脚部は移動機能。テンタコルキャタピラーを採用している。AIが地面の凹凸を検知して最適な力で移動することにより、最大45度もの傾斜を登ることが出来る。別途壁登りアームを使用する必要があるけれど。ともかく、俺たち人間にはできない、不眠不休の捜索が可能だ。もう少しなんだ。もう少しで俺たちのトロフィーが皆の希望になる」

 神楽坂さんは僕を除けば一番若い。と言っても僕より20個近く上だ。神楽坂さんの熱い思いがあれば、トロフィーが完成する日も近いような気がする。僕はただの事務員でしかないけれど、トロフィーとこの研究所を強く応援したい。

 ヒーローっていうのは強くて格好良いだけじゃない。負けそうな時も、くじけず諦めない。そんな様を見て、みんながヒーローを応援する。そんなヒーローを神楽坂さんは作っているのかもしれない。そんな神楽坂さんだって、僕からしたらヒーローなのかもしれない。

 お茶菓子は明日また買ってこようと思った。


 ピンポーン


 来客を報せるインターホンが鳴る。

 僕は実験室を後にして玄関に急いだ。既に久喜田さんがドアを開けようとしていた。

「テスラ製薬から来ました。恨藤かいどうと申します。よろしくお願い致します」

 質の良いスーツを着た背の高い男性がやってきた。見た感じは神楽坂さんと同じ年齢くらいだろうか。しかし、その立ち振る舞いから感じ取れるオーラがまるで違う。自信に満ちた覇気のようなモノを持っている。

 人間ならば気圧されかねないが、当の本人であるトロフィーは、そんなセンサーを持ち合わせていなかった。

『おはようゴザイマス! はじめマシテ! 早速アタマを交換致しまショウ!?』

 トロフィーが自身の頭を持ち上げてロボットジョークを炸裂させる。

「ははは。とてもユニークなロボットだ。私は遠慮させていただくよ」

 ……。

 掴みはオーケー、……か?

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