よ~い・・ドン♪のお姉さん

空本 青大

お姉さんとボク

「よ~い……ドン!」

お姉さんはそう言い残し、三年が経った―


********


何度目だろうか。

ボクは枯れ葉が敷き詰められた公園の中を、ぼんやりと歩いていた。


「いない……」


消え入りそうな独り言をつぶやきながら、体を引きずるように目的地へと向かう。

一~二分歩いた先に大きな噴水が現れ、近くに置かれたベンチの上にどさっと身を置いた。

背もたれに背中をもたせかけ、空を見上げた。

少し雲は多いが、雲の隙間から太陽の輝きが見れ、僕は目を細める。


「ここで会ったんだよなぁ。はぁ……どこにいるんだよ……」


将来のためにもボクはあの人に会わなくてはならない。

このままだと、間違いなく鬱屈とした未来が待っていると確信している。


逆自慢になるがボクは昔から、成績が良いというわけでも、運動ができてたわけでもなく、社交性があって友達がたくさんいたわけでもない。

はっきりいって普通以下の人間だ。


流されるがままに大学に進学、就職したが来る日も来る日も残業。

さらには職場の人間関係にもなじめず、二年目に退職した。

それからは単発のバイトとで食いつなぐ日々を送っている。


二十五歳を過ぎ、周りとの格差に焦りを感じ、小説で一発逆転を狙いコンテストに応募することを決めた。


だが、いつまでたってもキーボードが鳴ることはなく、バイトに、十時間以上の睡眠、〇〇ニ-のルーティンをこなしていた。


そんな自分に嫌気がさし、気分転換に公園に出かけたときだった。

公園の中央にある噴水の手前にあるベンチに腰掛け、ぼ~っと噴水を眺めていると、


「スタート……したくないですか?」


不意に後ろから声がかかり、反射的に首を後ろに回した。

そこには、黒髪ロングの優しく微笑む女の顔が、ボクの顔の間近にあった。


「えっ⁉えっ⁉えっ⁉」


みっともなく慌てふためいたボクは、ベンチから立ち上がり、女と向かい合った。


「こんにちわ♪一歩踏み出したいのに踏み出せない、そんな人生の迷い子の背中を押すのが趣味のお姉さんです♪」

「こ、こんにちわ……」


目が泳ぎながら、状況に追いつけず脳死で挨拶を交わす。


「あなたは今、人生を変えたいと思っている。自分で書いた小説で世の喝采を浴び、使い切れないほどのお金をゲットして、モテモテになって世の中の人間を、後ろからごぼう抜きしたいと思ってますねぇ~?」


ボクの内心をそのままというほど明確に読み取られ、心臓がドクンと跳ね上がる。


「な、なんで知ってるんですか??今日初めてお会いしましたよね?」


頭の中のアーカイブを探ってみても、この人の顔は出てこなかった。

そもそも人付き合い自体無いに等しいのだから、間違いなく初めましてだ。


「はい、そうです。でも私は知ってますよ?あ・な・たのココのこと♪」


ずっと変わらぬ笑みを浮かべながらその女は、人差し指でボクの心臓の部分をグリグリと押された。

恐怖感からとっさに後ろに移動したボクは、そのまま踵を返し走り去ろうとした。


「わたしがを唱えたなら、たちまちやる気に満ち溢れ、行動を起こせるようになれますよ?」


その言葉にボクの体はピタッと止まる。


「私の言葉には、人の潜在意識に呼びかける力があるんです。を聞いたなら、ヤル気だけじゃなく、才能やセンスにもバフがかかって、きっとおもしろい小説が書けるようになりますよ♪」

「いやいやそんなことできるわけないでしょ……いい加減なことを……」

「うふふ、わかってますよ?私の言葉に惹かれているってことに。現に逃げずに聞き入ってるしね♪」


ぐっと言葉を詰まらせたボクは、体をくるっと回し、女のほうへと向けた。


「そもそもなんでボクなんだ?それにあなたに何のメリットがあるんだ?」

「わたしのことはお姉さんと呼んでいいですよ?え~っと理由はですね、あなたから人一倍強い願望を感じたからです。メリットは、人の悩みを解消すると、とても気持ちいいからです♪」


納得するようなしないような話を聞かされ、依然として不信感は拭えなかった。

だけど、今のボクには蜘蛛の糸のような、救いの手に思えて仕方なかった。


「じゃ、じゃあやってみてくれよ!」

「了解です♪それじゃあ、目をつぶっていただけますか?」


言われるがままに目を閉じ、ボクはその場に棒立ちになった。


「それじゃあいきますよ~?よ~い……ドン!」


耳元に囁かれ、背筋にぞくっとするものが走る。

そして言葉のあと、その場は数秒間の沈黙に包まれた。


「え?今のがそうなの?終わり?目開けちゃうけどいい?」


断りを入れてから、恐る恐る目を開けると、目の前には噴水が見えていた。


「あれ?お姉さん?おねえさーーん!」


大きめの声をあたりに響かせたが、応えるものはその場にはいなかった。

狐に包まれたかのような気持ちのまま、ボクはその場に立ち尽くした。


********


その出来事から三年経った今、ボクは再び公園に戻ってきたというわけだ。

お姉さんの言葉を受けて効果が出ると思いきや、以前と何ら変わらなかった。

あの日からずっとモヤモヤが晴れないボクは、決着をつけるべくお姉さんを探し続けた。


「はぁ……どこにいるんだよ、お姉さん」

「ここにいますよ♪」


ベンチに座り空を仰いでいると、見知った顔が上から僕の顔を見下ろしてきた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ‼」


驚いてベンチから転げ落ちたボクは、地面からの姿を確認する。


お姉さんだ――

三年前と何ら変わらない出で立ちで、ボクのほうへ近づいてきた。


「こんにちわ♪お久しぶりですね♪」


相変わらずの優しい笑みと口調を向けてくるお姉さんに苛立ちを覚えたボクは、


「どういうことだよ!」

と罵声を浴びせていた。


「はて?どうされましたか?」

「言ったじゃないか!ボクに面白い小説書けるようにしてくれるって!全然効いてないし!おかげでボクの輝かしい人生が、いつまでたっても始まらないんだ!」


お姉さんはキョトンとしたあと、あぁ~と右手の拳をポンと左の手のひらに乗せた。


「あぁ、あれですか。あれはですね、嘘なんですよ」

「へ?」


思いがけない言葉に数秒間放心状態になる。

そして心の奥底からジワジワと怒りが湧いてくる。


「ボクのこの三年間どうしてくれるんだよ!なにもできずに時間だけが過ぎちゃったじゃないか!」


怒気を飛ばすボクに、いつもと変わらない態度を崩さず、お姉さんは口を開いた。


「というかそもそも関係なくないですか?私の言葉が本当であろうとなかろうと、三年もあれば、駄作であろうと何本か書けたと思うんですが……もしかしてなにもしなかったんですか?」

「え?い、いやだってスゴイ小説書けるようにしてくれるって言うし、わざわざおもしろくない小説書いたってしょうがないじゃないか!」

「いやいや、本当であるかもわからない話を信じるのもあれだし、嘘である可能性も考えていろいろ努力はできたと思うんですけど?」

「そ、それは……」


言葉に詰まるボクの姿を見て、お姉さんの笑顔は徐々に妖しさが帯びていく。


「あ~もしかして私を言い訳にしちゃった感じですか?あらら、いけないですね~♪」


お姉さんはずっと地面に倒れていたボクに近づき、人差し指でボクの心臓部分をグリグリといじり始めた。


「この三年間あなたが何をしてたか当てましょうか?バイトして、夜更かししながら動画見て、翌日の昼過ぎまで寝て、起きてから布団の中でスマホいじり。そんでもって〇〇ニーして、またバイト行ってですかね?私とか忙しさや疲れを言い訳に、なにもせず無為な日々を送ってきたんですね~」


詳細を言い当てられたボクは、息が上がり、全身に脂汗がにじみ出てくるのを感じていた。


違う……違う……ボクはお姉さんのせいで……

ボクのせいじゃ……ボクは悪くないんだ……


「じゃあ、今度こそかけてあげましょうか?素晴らしい小説が書けるようになる言葉を」

「ほ、本当⁉じゃあかけてよその言葉を!」


膝を曲げ、ボクの耳に口を近づけたお姉さんは囁いた。


「◎△$♪×¥●&%#?!」


何を聞いたか正直わからない。

でもこれでボクは大丈夫。

これで……これで……


「ありがとうお姉さん!これでやっとスタートできる!やるぞー‼」


礼を言った男は立ち上がり、早々に走り去っていった。

お姉さんは走る男の背中に、愛おしそうな眼差しを向けていた。


「ふふ可愛いなぁ。同じことに引っかかるなんて。これだから人間は好きなのよね」


体が徐々に透明になり、空気に消え入りそうなお姉さんは、


「ずっとスタートラインの手前で立ち止まってね♪」


言葉を残し、最初から存在しなかったかのように消え去った。
















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よ~い・・ドン♪のお姉さん 空本 青大 @Soramoto_Aohiro

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