5
そうして、幾時かすぎ、先に言葉を発したのはやはりレリアであった。
「分かったわ、引き受ける」
先ほどまで浮かんでいた葛藤を消して、強い瞳でそう宣言するレリアにコリアが珍しく声を荒げた。
「なんで!?レリア分かってるの?引き受けるってことは今まで僕らを虐げてた人々も、この大嫌いな土地も守らなくちゃならないんだよ!!」
「コリア、いつも冷静なあなたが、珍しいわね。これは選択肢がない選択なのよ。引き受けなければ、その内この国も騒乱に巻き込まれる。隣国との仲が良くて亡命とかできるんだったら生き延びる手もあったと思うけど、現状隣国に逃げる手も使えない。そうなると、この帝国のどこにいてもいずれ魔との対戦に巻き込まれるわ。その時に矢面に立たされるのはきっと私達よ」
「それは……」
「それならば、二人で力をつけて誰にも侮られない辺境伯になる方がまだいいわ。私達を蔑んだ人たちに復讐もできるかもしれないしね」
「分かってる、わかってるんだ。でも、あんまりだ。あんな奴ら、こんな土地を守らなきゃいけないなんて……」
「コリア、私が、辺境伯になるわ。だから、どうか私を支えてね。私も、あなたを守るわ」
「ーーうん」
コリアはレリアをぎゅっと抱きしめると、ジェスをきつく睨みつけた。
「ジェス、やっぱりジェスは卑怯だ。それに、まだ僕らが当主じゃなきゃいけない理由、あるよね、ちゃんと教えて!!」
「申し訳ございません。卑怯なのはわかっております。恨んでいただいて構いません。先ほども申し上げましたが、私の残りの生すべてで償うと誓います。ーーはい、お二人が当主にならなければならない理由がございます。お二人のお父君は魔力があまり強くないのです。それもあって現在の領主館に逃げ込んだ経緯がございます。辺境には軽度の結界を張る魔力石が設置されているのですが、そちらも放置なさっております。このままでは次スタンピードが起こってしまえば領は壊滅するでしょう」
「そんなの、誰かか魔力を補充すればいいだけじゃない!!」
「いえ、レリア様。辺境の魔力石は辺境伯の血筋の魔力のみに反応いたします。これは隣国による工作を防ぐためです。そして、御当主代理にはすべての魔力石を満たすほどの魔力はお持ちではありません。厳密にはギリギリ満たせるでしょうが、魔力を使い切ってしまい、魔力石に魔力を充填するたびに倒れられるでしょう。それを恐れて御当主代理は魔力石に近寄ろうともしません」
「勝手だね、ジェスがしなければならかったことは、御当主代理を説得することだったんじゃないの?」
「……申し訳ございません、コリア様。私の力不足です」
「「……」」
「「……」」
冷たい沈黙が続き、そうしてレリアは無表情で二人を見つめた。
「ジェスの言いたいことは分かったわ。一度当主になると言ったもの、今更覆したりしないわ。……ただ、少し、頭を冷やしたいの、一人にして」
「かしこまりました。お二人の部屋へご案内いたします。部屋は別々にご用意いたしましたが、リビングでつながっております。こちらへどうぞ」
レリアに続き、コリアも無言で立ち上がり、その場を静かに去っていった。二人が見えなくなってから、ロナルドは顔を上げ、ソファーにへたりこんだ。
こんなにも情けない思いは初めてだった。軍属してはじめて魔物に対峙し、情けない悲鳴を上げた時よりも、何よりも情けなかった。
ロナルドは額の魔力紋を光らせ、誰にも気づかれないようにそっと呟いた。
「天上におわします神々よ、地上を見守っている精霊たちよ、わが魔力に誓いをたてます。この命、この生は我が主レリア様、コリア様に捧げます。我が魔力を糧に願いを聞き届け給え。願わくば、我が主達を守る力を賜らんことを」
(そして、どうか、ふたりの生に幸があらんことを)
レリアは自室のベットの上で膝を抱えていた。
「眠れない……」
窓の外はもう真っ暗で、空には星々が輝いていた。
レリアの頭の中には今日のことがぐるぐると渦巻いていた。
「ああーーもうっ!!」
レリアはバルコニーに飛び出した。そのまま伝っていた巨大な蔦を使って地面に降り、走り抜ける。広大な屋敷の敷地内にある開けた、かつては花畑であっただろう場所から、星々と月を見上げて泣きながら叫んだ。
「どうしてよ!?あんな扱いしたくせに、今更、どうして私たちを頼るのよ!!利用しようとしてんじゃないわよ!!そんな事いうなら、コリアの足がつぶれる前にどうして助けてくれなかったのよ!!」
勝手よ、勝手!! 大声で泣きながら叫んでいたら、不意に後ろから抱きしめられた。
「コリア……」
「レリア、我慢しすぎだよ、ほんと、でも気持ちよさそうだね、ぼくも一緒に叫んでいい?」
「っつぐ、もちろんよ!」
「ありがとう。ーージェスの腹黒!!意気地なし!!僕らに押し付けるな!!今更何なんだよ、後悔するくらいなら見て見ぬふりなんてするな!!」
「大人失格!!自分たちのせいなんだから、自分たちでなんとかしろよ!!弱虫!!」
月の下の大声悪口大会は一刻あまり続いた。
それを少し離れたところで見守っていた大人二人は、ぎゅっと胸を抑えた。
悲しむ権利はないとはいえ、幼い二人にああまで言われるとやるせなくなるものだ。二人は再度、心の中で二人に償うことを誓うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます