第14話 ほろ苦い
♢♢♢ 六十日目
朝起きると、ケップの荷馬車は居らず、黒塗り馬車の一行は井戸をはさんで反対側に天幕を張っていた。
昨晩のスープを温め直して、小麦粉を練って焼いたナンもどきと一緒に朝御飯とした。ゆっくり休憩してから出発し北門に向かうとあまり並んでいなかった、ラッシュは過ぎたようだ。オレンジベリーシティに二人で四銅貨払い無事入る。門兵さんに商業組合の場所を聞いて向かう。
馬車を預けて館内に入り空いているカウンターの若い男性にノルンさんを呼んでもらう。
「ノルンですか、失礼ですがアポイントはお取りですか?」 受付の男性は訝しみに問いかける。
「いえ、木材屋のケップさんから担当がノルンさんなので話しはノルンさんのしてくれと頼まれたんです。」 エルが応えると
「チッ、お待ちください」 と男性はノルンを呼びに行った。(コツン)。
「感じ悪い奴ね、舌打ちして行ったよ。」 ベティが嫌な顔してる。
暫くすると白髪混じりの温厚そうなおじさんがやって来て、後ろにさっきの男性がついてきていた。扉を閉める時に ゴンっ 『うぉっ』 音と声が上がる。男性は掌を抱えて悶えている。
エルは小声でシャムでしょ。って言うと、誰も居ないはずの背後からクックックって言う笑い声が聞こえる。ベティもニンヤリしていた。
「君がケップさんの使いかい?」 ノルンは言う。
「使いではないです、特許の使用と指導を頼まれまして。」 エルとベティはタグをノルンに渡して確認してもらう。
ノルンの表情が変わる、「君たちが、この若さで、」 なんか呟いて
「アネストの馬車に面白い装備の噂があってね特許を君達が持っているのか‥この街で指導してくれるのかい?」
「そのつもりでしたけど、そちらの男性はあまりお気に召さない様なので私達はこれで失礼させてもらいます。ケップさんとの約束でしたけど、私達は組合員ですから組合の意にそぐわない事はしたくありません。」 ベティは気に入らなかったようだ。
「何か失礼をしましたか?」 焦ったノルンは聞きてくるが
「舌打ちされながらの話しは愉快なものではありません。では、これで。 エル君行くよ。」 ベティはタグを取るとさっさと出口に向かう。エルも慌ててタグを取りベティについて行く。(コツン)
「ベティさん、怒ってるね。わかるけど。ケップさんとこ寄ってから行こうよ。」
「ごめんね、エル君。ああ言う男性嫌いなの。 もちろんケップさんとこ寄って、挨拶くらいしないとね。 門に戻って門兵さんに聞こうか、門のすぐ近くって言ってたから。 シャム様 帰り際にステッキで何をしたの?」 ベティは組合を出た時のステッキの音の事を聞いた。
「建物の出入り口に鍵を掛けてやったのさ。一時間は誰も出入り出来ないさ。」 シャムは得意気に語る。いつものちょっとしたシャムの悪戯。
~北門の門兵詰所~
「えっ、木材屋のケップさん?!
坊主達はこの街は初めてか? 本当に知り合いか?」 疑惑の眼差しの門兵
「ええ、昨晩に門前の待機場で知り合いまして、門の近くだからすぐにわかるって言われたんですけど壁ばっかりで。
門兵さんなら知ってるかなと思いまして」
「近いけど、案内するから少しだけ待ってくれ。」 門兵は詰所に「ちょっと案内行くから立番代わってくれ。っと、待たせたな。俺はルー。でっ、名前は?」
「「エルです、(ベティです)わざわざすみません」」 エルとベティは門兵に礼を言う。二人ともさっきの件があったので、なんて親切な門兵さんだろうと思ってる。
歩いて三十秒、壁が途切れた先に城のような門扉があり軍人のような立番が居る。
門兵が軍人のような立番に大きな声で
「ケップ様のお知り合いを連れて参りました。確認のほどお願いします。エル殿、ベティ殿です。」
「ん、良し聞いている通りの容姿だな。ご苦労様。 これは手間賃だ。」 軍人の立番が門兵に瓶を渡している。瓶をもらった門兵はエル達にウインクして去って行った。
この間一分ほど、エル、ベティ、シャム、ピンキーは門扉の奥の城を見て口が塞がらなかった。
暫し後、軍人に「案内しよう」と声を掛けられて我にかえり尋ねる
「け、ケップ様は領主様ですか?」 ここは年上としてベティが問いかける。
「お館様から何を聞かされたのですか?」軍人は丁寧なものの言い方で聞いてくる。
「木材屋のケップさんとしか‥聞いてなくて」 ベティの声が気持ち小さい。
「間違いでは無い。お館様は木材の運搬から始めて製材、建築とこの街を作ったと言ってもいいくらいだ。それが認められて男爵位を頂いたが未だにご自分で動かれる困ったお方だ。ハッハッハッ。」 軍人はケップさんに近しい人みたいだ。
「‥‥。」 エルとベティは同意も笑いも出来ず、引き攣った笑顔をはりつけていた。
程なく向かいから笑顔で寄ってくるケップさん。エルとベティの引き攣った笑顔、再会はほろ苦い?!
なんとか意識が回復した頃、商業組合からノルンが血相かいてやって来た。
エル達一行はやっと思い出した。ほんの一時間前の出来事を。ケップのドッキリに比べたらシャムの悪戯は可愛いもんだ。エル、ベティ、ピンキーは頷いた。
「エル様、ベティ様先程は大変失礼致しました。」 深々と頭を下げて謝罪するノルン。
「ワシの客人に失礼を働いたと。」 ケップが好好爺の顔から険しい顔に変わる。
「このおじさんじゃ無いよ、管理責任としてなら当てはまるけど。でももう良いよ。話すだけ気分が悪い。約束通りケップさんには指導するけど、ここの組合は通さない。」 エルが応える。
「それが良いよ。いやな気分で稼ぎたくないよ。」 ベティも同意。
「今日は出直せ」 ケップがそう言うと、ノルンは「はい、本日は大変失礼致しました、では。」帰って行った。
入れ替わりに上品な女性が入って来た。
「あら、ノルンさんはよかったのかしら。…生地問屋のココですわ、よしなに。今日は若い方がおいでなのね」
「なぁに、ちょっとココ婆ばにお手伝い願いたくてね」 ケップが言うと
「ほっほっほっケップ爺じのお役に立てるかしらねぇ」 ココが口元を扇子で隠すように答える。 眼には見えない何かがバチバチしてる。
「現物を見てもらってから。お話しした方がよく分かってもらえると思います。そこまでもってきますね」 エルは一時離脱し次に備える。
「ケップ爺じが水を弾く布を用意しろと言われてもねぇ。耄碌して漏らしても濡れないようにかしらね、貴女そう思わない?」 ココがレバーブローの様にねじ込んできやがる。
「ワシの客人をいじめてくれるなよ、家に清らかな心を忘れるような夫人と一緒にされると困ってしまうよのう。」 ケップはカウンター狙いか細かいジャブで牽制しやがる。
エル、早く早く、あたしのガードじゃ長くは持たない…
「お待たせしました、すぐに展開しますね。ベティさん高い所をもtーー」
「では私が、これをどうすれば?」 軍人の彼が居るだと
「か、軽ーく引いて頂くとそのハトメにポールを刺しまして左右です。刺したポールの先にロープを掛けてペグで固定します。天幕と一緒です。」 流石エル君。
「ほぉーこれは簡単ですな。雨の日の乗り降りにも使えますな。」 軍人君は分かってるね。
「そしてグランドシートの上に あぁピンキーありがとう マットを敷きます。キャッパオもありがとう これは彼女達のマットです。」 エルの気分は深夜の買い物番組。各々マットに座る二頭の小さい馬、目線は前に居るケップだ。女性は役者だなぁ。
「馬にマットとは豪華ですな、しかも良く調教してある。」 軍人君も納得。
「えぇ家族同然ですから。あとはサイドカーテンです。今はハトメとフックを使い引っ掛けていますが、固定方法を改良したいと考えています。一つの解決策は申請しています。重いのが難点ですが」
「それはこれとは別の物ですか?」軍人君はなかなか鋭いツッコミを入れてくる。深夜の通販番組にレギュラー出演も夢じゃないね。
「はい、別物です。幌布を多く使うので重くて巻くと太くなり過ぎるのです。 構想は色々あるのですが、腰を据えて作るには問題も多くて。」 エルは欠点をあげる。
ここまで静かに観ていたケップさんとココさんが何やら相談している。
「その生地はもっと薄い生地ではダメかしらね」 ココさんのもっともな指摘
「あまり時間と資金が無くて試していません、私達が旅人であるので交換頻度を下げたい理由と防水が理由で幌布を選びました。用途別に種類を揃えたり、生地の柄を替えたり、生地の柄を屋号にすると宣伝にもなりますし、、サイズを決めて…そうですね大・中・小の様に標準化を図ります。製造側が前もって作り置きできますのでその場で組み込むだけですぐに取り付け出来る。金銭的余裕のある方用にはフルオーダーしても良いですし日差しを遮るだけのレースのカーテンの役割でも良いと私は思っています。強い日差しは女性は嫌がりますから。」 エルは饒舌に語る。
「ほっほっほっ、(パタン)よろしい、わたしが面倒見ますわ!一緒に開発していきましょう。」 ココ婆ばは立ち上がりエルに手を出して握手を求める。
「こりゃ!」 ケップ爺じがステッキでココ婆ばの手を下げさす。
「何ですの、耄碌爺じでは手に余りましょう。若い二人は私が。」
「ダメじゃ、ワシが見つけて招いたんじゃ、エルもベティも暫く居てくれるんじゃ、焦らずとも良いわい。」 ケップは決定事項の様に語る。
「あぁ、その事なんですがここの組合とは折り合いが悪くてケップさんに教えたら南に向かおうと相談してたんです。旅人なんで。」 エルとベティは組合での些細な出来事を話し、事を荒立てる気は無いし違う街の組合で登録すれば良いと考えている事を伝えた。
「ちょっとケップ!どう言う事よ!」 ココ婆ばが怒り出す。
「いや、まぁ、落ち着いて。ノルンがさっき来て謝っておったのはそのせいか、どの男性職員かは聞けばわかるじゃろ。 あの手の組合職員は貴族になれん者が多くてな、庇う気はさらさら無いんじゃがやさぐれてる奴もおるからな。
お灸をすえるか。 おいベック!」 ケップ爺じはさっきの軍人君を呼んで指示を出していた。
「もともと南方にある木を探すのと雪が降る前に暖かい地域に移動するのが目的だったんです。」 エルが慌てて、南方に行く理由を話す。
「それはそうと、そのロールタープの話しをせんか、気になってしもうてな。」 ケップは話しを戻したいのだろう。
馬車のサイズは大体決まっている事を聞いて、標準サイズのロールタープを決める。ロング・ミディアム・ショート、ショートサイズは馬車の横幅に合わす。
生地は厚手と薄手に分けてタープを巻き付ける芯棒の太さと強度を合わせる。巻き付けるタープの長さは実際に巻いてみないと分からず後日検証。
この日の大まかな取り決めでロールタープの規格が決まり、地方で故障してもパーツがあれば補修が手軽に行えるようになる。
エルの後ろにはピンキーが、ベティの後ろにはキャッパオが寄りそうように控えていた。
その日はケップさんの広い屋敷で食事をして、家族向け職人住居を借り受け就寝。
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