第6話 食むる

♢♢♢ 廿六日目 食む食む


「おはようシャム、ピンキー、グレッグ、キャッパオ」 眠い目を擦り起きてきたエル、皆んな揃って河原に向かうと、結界の中で暴れている女性が確認できた。ちゃんと朝には目覚めた様で一安心、暴れるほど元気でもある。

シャムが近づき指を鳴らすと結界が解除されて驚いたようだ。


「おはようございますベティさん」


「おはよう エル君 シャム… 」 バツが悪そうな顔のベティ。ニヤニヤ顔のシャム。困惑顔のエル。三者三様の1日が始まる。


「さて、ベティ殿。心は決まったかな?」 シャムはしたら顔でベティに問う。


「な、何か確証と言うか‥‥」 


「ふむ、我らでは信じられんか。仕方ない。エルあれを、」シャムがエルに合図する。

エルは風呂敷から1本の薬草を取り出しベティに渡す。


「昨日の呪文の後に倒れておったろう、回復が追いついておらんな、気力も体力も。 キャッパオを見ても気付かんか?」 


ベティはキャッパオを見るとすぐに気付いた。気力が漲り溢れんばかり全盛期の時と見間違うほどの気力。 昨晩の走りはピンキーが遅れたら速度を落とそうと思っていたが最後まで振りきれずにキャッパオに無理をさせたので労っていた。そのキャッパオがたったの一晩で回復している。 いつもなら、二日は回復に掛かるのに、ありえない。 目を見張るベティ。


「人間は加工して飲むんだろ。それはそのまま食むのが良いぞ苦味を食むとより良い。 食んで汁を飲む。」 シャムは楽しそうに話す。


食む食む食む、ベティの顔のパーツが真ん中に寄る、酸っぱく苦い。


「食む食むが足りん!」 シャムは無慈悲に言い切る。


ベティもチャリオットに騎乗するほどの元騎士、苦味如きには負けん。と言わんばかりに、食む食む食む食む食む食む食む食む食む…もひとつ、食む食む食む食む食む食む食む食む…


シャムは満足気に笑顔が溢れていた。



実時間は五分ほど、しかし、ベティ時間は一時間の食む食むタイムの動きが止まった、手を握り締め開きまた握る、次は細かな傷やアカギレのあったはずの指先、日焼けや傷をしていた手の甲、腕、脚、綺麗になってる。 頬にはひと筋の涙が、勝ったあの苦い苦い闘いからあたしは勝ったんだ! シャムはベティの横に立ち「おめでとう己に勝ったんだ」と。


エルは呆れている。シャムはいつものことだが、 ベティ、お前もか!と。


紆余曲折あって見た事のない あの方に忠誠を誓い、ベティは仲間となった。


ベティは先日王宮に持ち込まれた霊草の情報も持っていて、聞くと秘匿情報ではなく広く捜せという事だそうだ。 捜索隊が組まれる話しもあるとか。


内容は、地方の魔女の薬屋にフラッと来た子供と猫の旅人でフラッとどこかに行った。



♢♢♢ ベルベッティ


ベルベッティの家庭は領地無しの法衣男爵位で宮中の勤め人、兄姉がいて彼女は次女、愛称はベティ。

幼い頃から兄の後を付いてまわるお転婆さんで、明るく朗らかな少女だった。

兄妹仲も良く兄に付いては剣を、姉に付いては裁縫をと、勉学も学年上位では無いが男爵位にしては上位をキープしていた。

貴族学園時代には伯爵家の女子と気が合い良く行動を共にして友人となった。 その日は友人宅の別荘地に向かう途中に野盗の襲撃を受けてしまう。護衛と野盗と戦闘がはじまり、馬車の馬が矢に射たれ、道から外れて止まってしまった。外では剣戟が響きわたりすぐには終わりそうになかった、その時馬車の扉が開き賊が侵入しようとしてきた、ベルベッティは座席下の剣を手に取り賊に応戦する、一度目は撃退できたが二度目の応戦で左腕と左頬から額に傷を負いながらも友人を背に庇い必死に抵抗していた、程なく護衛隊が戻って来て撃退はできた。

ベルベッティはその時の怪我が原因で婚約が解消され、学園卒業後は騎士団に進んだ。スカーフェイスの渾名と共に。

ベルベッティは渾名の通り顔に一生傷を負っている、なので傷を怖れずに職務を全うする姿、護衛される立場でより安心感のある護衛対象者から絶対離れない女性ながらの気遣いを見て高位貴族の夫人達から護衛の依頼があとをたたず、それが騎士団との軋轢に繋がる、妬みだ。 

男性護衛の大半は武勲を上げる為により早くより多くの仮想敵対者を倒す事に傾斜していて、護衛対象者から離れないベルベッティを弱者として見る気概があった。

ある時チャリオットの模擬戦中に事故に遭う。チャリオットの車輪に細工がしてあり事故は意図的に計られたものだったが真相は闇の中だ。

ベルベッティは潮時だと思い一緒に事故に遭ったキャッパオを引き取って、騎士団を後にした。21歳初夏。

兄オスカーはひつこく実家に戻れ嫁には出さないし家に居ろと言うが、奥さん子供の手前それは無理だ。

兼ねてより想っていたお店を持つ夢を実現する為、貴族席を返しベティとして雑貨店を開いた。貴族席を返す時は親兄姉は泣きながら考え直させと大変だったが決めた事だし悔いは無い。

雑貨店を開いてしばらくして学園時代の友人がお店にやって来た。個人的に雇いたいと言っても罪滅ぼしなのはわかっているので遠まわしに断った。 

なかなか諦めてもくれず個人的な単発の依頼は受けるようになると、堰を切ったかのように依頼が舞い込む、以前護衛していた高位貴族のご婦人達から。

追加の護衛から逃げたペット探しまでいろいろやらされたが援助してくれている事はわかっていたので素直に依頼を受けていた。24歳初秋。


そんな中、複数の貴族のご婦人から、王宮に献上された霊草についての調査兼採取依頼が舞い込んだ。


♢♢♢ 廿七日目 グレートサボテン


「シャム様、エル君、次の街で商業組合に寄ってもいいですか? ほら、いきなりお店出て来たからお客様に連絡しておきたいんです。 あの霊草‥薬草の情報ってどこまで出せますか?」 すっかり綺麗になったベティは話し方までお嬢様になってる、戻ってる?


「隠す事はなにも無いけど、取りに行けないからね。 エルも結界から出ると戻れなかっただろ?」 シャムはエルに確認する。


「あの地の結界を出る時のあの シュッポン ってのが快感だったよ! なんかこう、狭いところから押し出されてポッン!みたいなさ。」 


「エルはちょっとヤバイ性癖あるんじゃないか? 変態じゃ!変態がおるー! ーーー」 シャムとエルはおっさんの様な会話ではしゃぐのでピンキーも気にしない、なんなら一緒に参加しているくらいだ。 そして話しは脱線。



「食べ方を教えるのはどうですか。 シャム良いこと言ってたじゃん、食むことによって自分の唾液で薬草の効能を馴染ませて自分専用の薬草薬液になるって!」エル


「しかし、あれは酷い味でした、あの時ばかりはシャム様消えろって思ってしま…しまうくらいでしたから。 おほほ。」ベティ


「言い直したね。あまり意味がなかったような。」エル

 

「エル、わざと間違えたフリをして聴かせているんだよ。 女性はしたたかだよ。」シャム


「‥、創造神様だったんだね」 エルは分かりやすいほど話題をかえた。


「人が勝手に呼んでるだけさ、その呼び方は嫌なんだって、だから恩恵は期待できないよ。あの方はあの方さ」


「あの方とは?」 ベティはコテンと首を傾げる。


シャムは無言で指先を空に向けるのみ。 「「あぁ」」


程なくして、グレートサボテンシティに着いた。


鉱山を中心に領主邸が築かれ、鉱山街には似合わず小綺麗な街並みになっている。

以前の領主の不正会計、横暴な貴族、虐げられる坑夫。 以前の街を知る者は揃って言う、ひどい街だと。 王家が数年掛けて調査して粛清した、貴族院議員に任すと癒着の温床になるからだ。 グレートサボテンシティの貴族の七割が粛清対象、三割が厳罰対象となり、王国外に鉱石を販売していた商会も軒並み粛清された、王国法に定めている数量を越えて販売し、過少申告によって税金逃れが摘発された。

王都内にも余波が及び王都の貴族の二割程が不正に関与して厳罰、悪質なニ家は粛清された。 

この改革は王太子によって行われ、先ずは一番酷い所からはじめたとされた。

粛清され空いたポストには王太子派(王家派では無い)と呼ばれる王太子の友人達が起用された。当然反発があったが反対勢力に新ポストに関する覚書を見せ「代わりたいなら代わるか?」と問い掛けると反対勢力は収まった。 ほぼ恐怖政治と言っても良い。

そこに記載してあったのは、貴族としての旨味が無く馬車馬の如く働かされる内容だった。

反対勢力の一部過激派は新ポストの若人を策略に嵌めようとする者、暗殺を企てる者、大半は阻止できたが二人の若人が犠牲になり、王家に反逆の意思有りとし粛清対象にし、国内で新たに四家の粛清、五家の厳罰を行った。

領民の一部は商会の不正に関わっていた者もいたし、享受していた者もいた、その者達はリストアップされていて次の不正が発覚した段階で捕縛されていった。


これにより、グレートサボテンシティは税率が見直され、公共衛生にも力を入れて領民が生活しやすい都市に変貌してはや三年。



エル達一行は門兵に領内の注意事項を聞く、鉱石の採掘は許可制、鉱石の持ち出しは大小問わず禁止。鉱石の運搬に専用車線があり貴族の馬車でも譲らなければならない。

主に他領に無い注意事項と商業組合の場所を聞き門をくぐった。

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