優奈:第五章



「ん……あ、れ? ここは?」



 ずいぶん寝ていたように思える。周りを確認すると、私は小学校の校庭で寝ていたようだ。なぜ小学校だとわかったのか。見覚えがあるからだ。私が小さい頃に通っていた小学校だ。


 というか、なぜ私はこんなところにいるんだろう。私は雄樹と話をしてそれから……。



「あらあら。お帰り。今回は長かったわね。何かに捕まってたかしら?」

「え? な……!?」



 声をかけてきたのは、着物をきた女性で顔が……ない。というか、この夢は私前にも……。



「ええ。そうよ。あなたは前もここに来たわ」

「……ど、どういうこと?」

「いいえ。ここに来たというのは正しくないわね。あなたは、『ここ』にいるのよ。あなたは、『ここ』の住人なの」

「住人? どう考えても、ここは私の夢の中じゃない。今の私ならあなたを怖がりはすれ、話を聞くことすらできるわ」

「あらあら。忘れてしまったの? あぁ……あの時は、途中で『夢』の中に帰ってしまたものね。しょうがない子」

「い、意味不明なこと言わないで! 一体あなたはなんなのよ!」

「まぁまぁ。そのことはおいおい話してあげるから。まずはそうね、自己紹介から。私はこの村の補佐をしている……とでも言えばいいかしらねぇ。自己紹介と言っても、私はこの役割を与えられただけで、他は決まっていないの」

「は……は?」

「それと、あなたが本当は15のときに、この話をしたかったのだけれど……怒らないで聞いてね? あなたはもう、死んでるの」

「ぇ……うん。それは知ってる。私、さっき『何か』から開放されたから」

「違うの。あなたは、もっと前……もっともっと前に、既に死んでいるの」

「……は?」

「あなたの記憶。怖いだろうから閉じ込めておいたけど、こっちに来て」

「……?」



 以前夢で見たような、着物女は私に同行するように求めた。どこ行く当てもないので、私はそれに従った。ただ、着物女の後ろ姿は直視できそうにない。私は足取りだけを追った。


 そして着いたのは、学校の裏庭だった。そこには石碑が立ててある。



「……これ」



―縁優奈さんを弔う碑



 私と……同じ名前?



「いいえ。『あなた』よ。同姓同名じゃなくて、『あなた』。あなたを弔うための……あ、『あなた』がこっちに来たわ」

「え?」



 着物女は、私が考えていることに返事をした。そういえば先ほども。

 私はそれに驚くと同時に、何も理解出来ないまま後ろを振り向いた。背後から誰かが来たらしい。

 するとそこには小さな子供がいた。



「……」

「……」



 少女は無言でこちらを見ている。というかこの子……小さい頃の私に似ている。




「楽しかった?」

「え?」

「あんなにしたがってた、『恋』を経験できたなら、もう未練はないよね? そろそろ一緒になろう?」

「い、意味が――」



 少女が言っていることも理解できない。ただ、少女は無言で手を差し出した。そして私に触れると、私は意識を失った。

 いや、一瞬意識が途切れたが、私は何か……本を読んでいるようだ。ただ少し違和感がある。目線?

 いや、体だ。手が勝手に動いている。それにその動いたと思った私の手は、幼い子供の手をしていた。

 それに気づくとだんだん体の違和感がなくなっていき、私の意識だけが、第三者のように、その光景を見ているようだった。

 そしてその小さな体に引きづられるように、だんだんと記憶がよみがえる。







「縁さーんいらっしゃいますかー? 縁さーん……」



 あたしはあの日、来客があったのを、居留守して本を読んでいた。どうせあたしには関係のないことだし、お母さん達はいなかったし。しばらくすれば、勝手に帰っていくだけだ。



―がたんっ!!



 っと突然、隣の部屋から物音がした。何かをがたがたと動かしている。いや、探している?


 あたしはいつも静かに本を読んでいるから、同じ家に住む人の音は、なんとなく把握して、耳に残っている。お母さんならお母さんの足音。お父さんならお父さんの足音。または二人の動く音。だから、二人が帰ってきたらわかる。

 

 でも今、隣でする音は、声であったり足音だったり、全部知らない音がしていた。

 つまりは…………泥棒。

 あたしはそう思った。

 このまま本を読んではいられない。あたしは勇気を出して、音のする部屋を覗いてみた。するとそこには、警察官の格好をした男が、家のたんすを漁っていた。



「……っ!」

「ちっ。でかい家の割りには何も……ん?」



 あたしは男と目が合ってしまった。あたしがこの家にいたのが泥棒にばれてしまった。



「くっそ、がきが!! いたのなら返事をしろ!!」

「ひっ!?」



 警察官の服をきた男は、逃げるあたしを追いかけてきた。

 そして…………。



「オジョウちゃん、いるのなら返事をしましょうね!!」






「やめてえええ!!?」



 景色が暗転すると、私は、私に戻り、声を上げて泣いていた。

 隣には先ほどの私に似た子供がじっとしている。



「あたしは……死んだ」

「……」

「あたし達はもう死んでいるの。あなたが男の幽霊と恋に落ちる、ずっとずっと前にね。そもそもあなたのその格好だって、あたしが私のために作ったもの。あたしは、向こうの世界のほとんどを知ることが出来ないまま死んでしまったから。あなたには、普通の人間として、向こうの世界を見てほしかったの」

「……。……そう」

「っというのは、あくまでついでだよ」

「え?」

「思わなかった? もしあたしが本当に生きていたら。もし自動車にひかれても、助かっていたら」

「……!」

「あなたも思ったでしょう? 『生きていれば』って。私達が死んだときは、誰も周りにいなかった。お母さんもお父さんもすぐには帰ってこれなかったし。もし周りに誰かがいたら、あたしは生きることができたかもしれないのに。……そして……あの警察官を裁くことができたのに」

「……」

「もういいでしょう? あたしが何をしたいのか。もう『夢』をかなえましょう? それに、『あの人達』も可愛そうだから。あたしのために迷惑かけちゃったし」

「……」

「……」

「…………。ええ、そうね。終りにするわ」



 私は……小学校の図書室に歩き出した。







「あの」

「え? じ、女子高生?」

「お姉さん達、どうかしたんですか?」

「え? えっと、なんでもないよ?」

「じゃあ、図書室に何か用ですか? しばらくここにいたみたいですけど」

「うん。ちょっとね、えっと、改修工事する予定だから、下見にね?」

「そうですか。ここ、なくなっちゃうんですか」

「まだちゃんと決まってないけどね。君はここに本を読みに?」

「本を借りてたんです。ここの本、ずっと借りてたから」

「そっか。じゃあ、それは預かります。それと、今後は借りれないから。ごめんね」

「……」

「あ、そうだ。君にちょっと聞きたいことがあるんだけど、最近幽霊のうわさとか聞いたことないかな?」

「ありません。だってここは……『私の世界』だから。それじゃ」

「え? あ……」


「ね、ねぇ、木嶋さん」

「はい?」

「今日平日だよね? 休みじゃないよね? 彼女、高校生っぽいけど」

「サボったんじゃないですか? っというか、縁さん遅すぎますよ。縁さーん! 早く戻ってきてくださーい!」

「あ。そういえば役所に連絡するの忘れてた。えっと……」

「縁さーん!!」

「あれ? 圏外だ。木嶋さん。ちょっと僕、校舎の外に出るよ」

「中谷さんだめですよ。縁さんが待ってろって言ったじゃないですか」

「そうは言ってもさぁ。何かあったらだめだからって、縁さんから言われてるんだよ」

「……はぁ。わかりましたよ。じゃあ早く帰ってきてくださいね。何かあっても私、知りませんからね!」

「うっ!? と、とりあえず……行ってきます」

「はーい」







「お前がやったんだろう!?」

「な、何を言ってるんですか! どうしてそうなったんですか!?」

「あんたと関わった人間が、これだけいなくなったんだぞ? しかも今回はずっと一緒にいたんでしょ? もうあんたが犯人としか考えられないんだよ」

「一緒にいたからって、なんで私が犯人なんですか!? 校舎の全部の土を掘り返して、行方不明者を見つけるって話だったじゃないんですか!? 事情聴取じゃなく、取調べになってるじゃないですか!!」

「あんた……数年前、娘が誰かに殺されたそうじゃないか」

「は?」

「犯人はまだ見つからない。それは、あんたが本当は娘さんも殺したんじゃ――」

「ふざけるな!! 無能なお前ら警察が犯人を探し出せない理由を、被害者の父である俺になすりつけるつもりか!!?」

「その言葉は私達に対する侮辱と受け取っても?」

「俺が犯人だと決め付けるなら、証拠を見せろといっているんだ!! いや、こんな無駄な問答をする暇があるなら、行方不明者を捜索しろ!! 何のために応援に来たんだ!!」

「って言っても、駐在所の切達からの話では、校舎内に人はいなかったと。もしあなたが校舎の外で犯行に及び、死体を埋めたとしたら、この広い校舎。ひいては、校舎後ろの山林から死体を見つけようとするのは、時間も労力も大変なんですよ」

「大変って……あんたは本気でそんなことを言っているのか? 人が……もしかすれば、探せばまだ生きているかもしれない人間がいるのに、労力、時間を気にしているのか!? いい加減にしろ!! ここからはあんたらの言動は録音させてもらう!!」

「はぁ……。わかりましたよ。ではあなたが言うように、校舎の土、全てを掘り返しましょう」

「私が言ったんじゃない!! 村を守ることができなかった、あいつが、私が死体を埋めたと言ったんだ!! それこそ私にたいする侮辱だろうが!!」

「ぁー、落ち着いてください。では切達に案内してもらいましょう。学校へお願いします。まずは現場の図書室からで」







「縁さんが話していた、失踪者と最後に会った場所はここでいいんですね? 切達さん」

「え、ええ。そうです。図書室の前で待機させていた、二人の男女が忽然と消えてしまったと」


「うーん。どこかに隠れるような場所はないとおもうけど。切り刻んで、本棚の本の後ろに隠したとか?」

「でも、その場で切り刻んだとしたら、血痕は? 血痕は見つかってませんよ」

「本棚が荒らされた形跡もないし……」

「こちらに階段があります。一階まで行って見ましょう」



「はぁ……見つかるわけねーだろ。あー……残業かー」



―やっと来た。



「え? な、なんだ? 誰かいるんですか?」

「ええ。あなたの背後に」

「……こ、高校生? 今ここは立ち入り禁止だぞ」

「そうね。ここは、立ち入り禁止。だって、ここに迷い込んでしまったら、出られなくなるもの」

「は? 何を言っているんだ? とにかく早くここから出て行きなさい。それか親に迎えてきてもらうか?」

「親? 親なら、あなた達に捕まっているじゃない。わざと容疑者に見立てて。父を捕まえるつもりなんでしょう? それで騒ぎを終わらせようって」

「な、なに? お前、縁さんの子供か?」

「そう……私は縁。縁の子。思い出した?」

「……な、なんだ? 何を言っているんだ?」

「『思い出した?』」

「……っ!!? ま、まさか!? いや、ありえない!? で、でもお前……名前は!?」

「……」

「応えろ!!」







「さて、一階には何か……って!? 皆! こっちに来てくれ! 人だ! 人がいるぞ!」

「おい! 連絡だ! 連絡しろ!」


「……ん?」

「……あれ?」

「ここは……?」

「な、なんだ? まぶしいぞ?」


「私達は警察です。この中に、中谷鉄二さん。木嶋亜砂実さんはいらっしゃいますか?」

「わ、私が木嶋です」

「僕は中谷です」

「は、発見! 行方不明者、発見!!」







「名前を言ったらどうするの? 言ってどうするの?」

「いいから応えろ!」

「……ふふ。あなたはまだ、警察官でいたいのね。面白いわ。ここから出られないって言わなかった? あなたはもう、命令できる立場ではないの。まぁ、そもそも応じる必要もないけれど。応えさせたければ、警官らしく、令状でも持ってきたらどう?」

「貴様!」

「ほらほら。早くここから出ないと。『化けの皮』をはがされてしまうわよ。後ろを見てみて」

「何を言って――」


「顔だあああ!! 顔があるぞ!!」

「顔をはげ!! 顔をはげ!!」

「な、なんだお前ら!? やめ!? わた、顔に触るな!? うわあああっ!?」







「中谷、木嶋! それに渡に……西山!? ぉ、お前らいままでどこに!?」

「縁さん……あれ? なんで僕はここに?」

「縁さん! よかった、無事だったんですね!」

「せ、先輩」

「縁……お前……」


「とりあえずお一人ずつ、調書をお願いできますか?」

「……なら俺から行こう。この中で一番初めに消えただろうからな」

「ではこちらへ」


「縁!」

「……西山」

「あれは……お前のとこの娘だろう。そこの若いやつが来て、ようやく気づいたぞ。って、それよりもお前……って後にするか。縁、酒でもおごれ。何があったか詳しく話してやる」

「あ、ああ?」

「行ってくる」

「む、娘? どういうことなんだ?」







「あああああああ!!?」

「どうしたの? そんなに大声上げて」

「ああぁ……え? あ、あれ……? か、顔が……ある」

「自分が何かに襲われた夢でも見たの? でも大丈夫。ここで死ぬことはないから」

「ぉぉぉお、お前は一体!? お、俺を誰だと思っている!! 俺は警察だぞ!!」

「警察? 警察って……なんだっけ? 悪い人を捕まえる人……だっけ?」



―どんどんっ!どんどんっ!



「うっ!?」

「ぁ……あははは! やった! やったぞ! なんだ、顔剥ぎ野郎達と同じ化け物の類かと思ったが銃が効いた! ただの人間だったか! あはは!!」

「……」

「……それより、ここはどこだ? 銃声がしたはずなのに誰も来ないし、顔のない化け物はいるし。またあの顔なしの、顔剥ぎ野郎達に捕まったら、俺の顔が……」

「言ったでしょう? ここで死ぬことはないって」

「うわあああああっ!!?」



―どんどん!! どんどん!! かちかち!! かちかち!!



「何をしているの? 私はあなたの後ろよ?」

「な!? は!? さっきお前そこに……!? ば、化け物!?」

「化け物って……なんだっけ? 人間に化けた……何か、かな? なら私は化け物じゃあない。私は人間」

「ふ、ふざけるな! 化け物め!! ここから出せ!!」

「ここから出せって……どういう意味? わからない。ここは、私がいる世界。あなたがいる世界。出るって何からどうやって出るの?」

「な、何をいってやがる! ここはどこか違う、異次元かなんかなんだろう!? 元の世界に戻せといっている! 俺がいた場所だ!」

「わからない。わからない。あなたがいたのは、ここじゃない。私はあなたを、ここで見つけたんだから」

「そ、それは……」

「ぁ。こんなことを言ってたら、また変なのが来た」

「な!? ひっ!!?」


「生きてるぞ!! 顔がある!!」

「顔をはげ!! 顔をはげ!!」

「や、やめろ!? た、助け!!?」


「人間の皮をはがさないと、化け物かどうかわからない」

「うわああっ!!? あああああ!!?」

「化け物が人の皮をかぶって……人の皮の上から警察の皮をかぶって……人間を喰らう」

「あああぁぁ……ああぁぁ!?」

「もういいわ。やめてあげて。皮が剥げたでしょ」

「ぐああっ!? ああっ!?」

「この皮は……悪い人を捕まえる皮? それとも……何もしていない子供を殺す皮?」

「……っ!!」

「それとも……誰もいない家に入って、泥棒する皮? どれかしら?」

「ぉ……まえ……っ!?」

「死にはしないから安心して。ほら、ちゃんと意識を戻して」


「はっ!? あ……え? こ、校庭? ぉ、俺は……校舎にいたはず……。顔……あれ?」

「持論だけど、物語はその後の続きを楽しむものよ。最後まで書いたら面白くないじゃない。最後がわからないから、面白いのよ」


「生きた人間だ!! 顔があるぞ!!」

「ひぃっ!!?」


「でも……あなたに最後は来るかしら?」


「顔を剥げ!! 顔を剥げ!!」

「た、助け……っ!?」


「次は……私の番」

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