優奈:第四章



 俺が生まれ育ったこの村は、昔から神隠しで有名な村だ。多い時には、10人が一斉に消えたっていう話もあった。

 そしていまだに失踪者とは、誰一人連絡は取れていない。親族とも連携を取ってはいるが、これといって失踪者の情報は何も出てこない。

 そして俺の職場の同僚である、西山、渡のことも。



「はぁ……」

「縁さんのせいじゃないですよ。あんまり根をつめすぎないでください」

「いや……。まぁ、ありがとう」



 俺はこいつ――若手で仕事のできる女、木島と、失踪したやつらを捜索するためチームを組むことになった。

 あまりにも失踪者が多いってんで、村おこしどころじゃないと上が思ったらしい。それで失踪者二人と関係のある俺がリーダーとなり、探せと通達が来た。


 この村にはそもそも、この手の話はいくらでもある。だから元から村に住むやつらからすれば、『またか』という感じであきらめるしかない。

 しかし今はネットなどもあり、田舎の、土着の怪奇現象だからと言って、放置したままにはできない。もししたら、全国から批判が殺到するだろう。


 つまり警察ではなく、俺たちが捜索することになったのは、この話が全国に広められないよう、さっさと探し出せ。ってことだ。

 まぁ、そう言たいのもわかる。神隠しが日常茶飯事のこんなこえー場所、誰も移住したがるわけがない。結果、村の人口の減少の理由にもなるのだから、さっさと解決してしまいたいということだ。けど…………。



「……どこから手を付けりゃあいいんだよ。居場所とかわかってんなら、昔からこんなことになってねーだろ」

「昔からなんですか?」

「そういやお前、隣町出身だったか」

「はい。この場所とはほとんど縁がなくて。生まれも育ちも隣です」

「でもこの村のことくらいは聞いたことあるだろ? 神隠しで有名だって」

「一応は。でも本当にこんな頻繁にあるとは思ってませんでした。数年前にも、人がいなくなったんですよね?」

「ああ……。俺の同期な」

「そ、そうなんですか?」

「だから俺がリーダーになったんだよ。失踪者二人と関わりがあるから」

「最後に見た場所とかは……」

「学校だよ。隣町と統合するってことになって、廃校になっちまった小学校。それを村おこしに使おうって計画立ててな。二人とも下見に行って、そのまま行方不明だ」

「渡さんがやってたプロジェクトですよね」

「そ。幽霊が出るだのなんだので、頓挫しまくり。でも俺が学校に行ったときは、幽霊なんか見たことないし。何のことなのかさっぱりさ。西山……初めの失踪者のときも、学校を調べてみたけど、何の手がかりも見つからなかった。幽霊ってのが、カギだとは思うんだが……」

「んー……。他に幽霊を見た人っていませんかね?」

「さぁなぁ。そもそも学校なんて、大人が簡単に入れないようになったからなぁ。子供だってもうこの村にはいないし。仮に休みの日に行こうとしても、親がゆるさねーだろ。こんな失踪者が出ちゃな」

「じゃあ、私達で見てくるしかないですよね」

「そうだけど、お前が行方不明になられたら、俺もさすがに困る」

「でも、ここで待機してても私何もやることありませんよ。村長から文句言われそうですし」

「んー……。……しゃあないか。なら二人で行くけど、絶対にはぐれないように。常に一緒に行動すること。いいな?」

「わかりました。そのほうが私も安心です」



 ……木島も運が悪いやつだ。村長に目をつけられたせいで、俺と一緒に来るハメになっちまった。まぁ仕事が出来るやつだから、キャリアを積ませて手柄にして側に置きたいんだろうけど。よりによってこの案件とは。

 っと、それよりさすがに二人だと心もとないな。もう一人くらい男手が来てほしいんだけど……。



「……おい中谷、お前もどうだ?」

「え? 何がですか?」

「小学校だよ。学校にお前も来てくれって言ってんだ。お前、渡のプロジェクト引き継ぐんだろ? だったら見ておいて損はないだろ?」

「そ、それはそうですけど……」

「一人で行こうとすると、失踪者になるかもしれねーぞ? 今なら俺たちも行くからどうだ?」

「……。わ、わかりました。行きます」

「よし! んじゃ二人とも、行くぞ」







 まだまだ暑い9月初旬、俺は木島、中谷と一緒に車で小学校へ向かった。

 以前と同じように昇降口前に乗りつけ、車を降りた。念のためあたりを見回せど、何もない。以前と同じだ。



「わー……まだ新しいですよね。こっち側来たことなかったので、知りませんでした」

「金をすげーかけたからな。だからこそ、また何かに使いたがってるってことだ」



 初めてこの学校を見たやつは皆同じことを言う。隣町でもこれほど新しい校舎はないのかもしれない。



「僕は一度、校門前までは来たんですけど……やっぱり一人だと怖くて来れなかったんです。中も入るんですよね?」

「当たり前だ。ただし、何かあったら俺が困る。だから絶対にはぐれるな」

「わ、わかりました」



 木島と中谷に再度忠告しておいた。本当に……これ以上失踪者が出れば、さすがに俺が疑われかねない。中谷には、数分置きに役所に電話をかけるように言っておいた。もちろん役所にも、中谷から何度も連絡が来るからとは伝えてある。これで異変があっても大丈夫……だと思う。思いたい。



「中谷、木島、俺の順で中に入っていくぞ。中谷、お前はプロジェクトをどう進めるか考えろ。俺たちは周りで何か変わったことがないか調べる」

「はい。そうします」

「んじゃいくぞ」



 構内は以前と同じように、無機質だが綺麗なままだ。さすがに皆から新しいと言われるだけのことはある。



「なつかしー。下駄箱」

「いいから回りを調べろ。何か変わったことがないか見に来てんだからな」

「は、はい」



 とはいえ、探している間に失踪されても困る。俺は木島に動き回るというよりは、周りを見渡すよう注意した。

 一方で中谷は一人、どんどん先へ進んでいく。先ほどは怖いと言っていたが、それほどでもなさそうだ。



「中谷、どうだ?」

「はい。どれも、傷もほとんど付いてなくて状態がいいですね。まだ使えそうです」

「あまり長いはしたくない。出来るだけ早く仕事を済ませてくれ。頼むぞ」

「は、はい」



 今のところおかしな所は何もない。二人の状態も特にかわったことはない。

 その後も、ざっと教室を見て周るが何事もなかった。



「……この教室だけなんか……暗いですね」



 俺たちは一階で残り最後になった教室に入って行った。この教室だけは、俺も昔一度だけ入ったことがある。



「ちょうど日が当たらない場所が一箇所あるんだって、聞いたことがある。日照権がらみで、地代を安くして買ったとか。もちろん公には非公開だが」

「はぁ……ん?」

「どうした?」

「ここの机だけずれて、ってこの机……」

「いじめにあってたんだろうな。傷だらけで、ん?」

「なにかありました?」

「ぃ、いや。ただこの机……娘の机だったのかもしれん。名前が付いた図書カードが椅子の上にあった」

「ぇ……」

「えにし……ゆうな。俺の娘と同じ名前だ」

「では、今さらですけど、労ってあげたらどうですか? よくがんばったねって。ちなみに現在おいくつですか?」

「ん? んー……。いくつ……だろうなぁ。そういえば女房が言ってたか。確か……今年で20だって」

「わぁ! じゃあ今年成人になるじゃないですか! おめでとうございます!」

「ぃや。生きてたらな……娘が」

「ぁ……っ!?」

「……家に強盗が入ってな。ちょうどそのとき娘が家にいて……多分犯人の顔を見たんだろう。口封じに殺されたみたいでな。女房が帰ってきたときには、既に娘は息がなく、犯人もいなくなってた。この村じゃ警察は一人だけで、しかもその時村の巡回をしていたみたいで。警察がすぐに駆けつけることも出来なくて。そのまま犯人につながる証拠も、怪しい人間の目撃情報も見つからずで……。犯人は今も見つかってないんだ」



 俺はカードを椅子の上において、裏庭が見える窓を開けた。

 そこには墓石がある。娘の。



「娘はこの小学校……いや。図書室が大好きでな。本がたくさんあって、読みきれないって。校長先生に頼んで、裏庭にあの子の墓を立てたんだ。本に困らないようにって」

「……その、すみません」

「いや。この教室に入ることなったとき、既に思い出してたし。つか、俺としてはここの改修は反対なんだ。出来れば娘の好きな図書室は残してほしい。でもそう思ってた矢先の、西山の失踪だったからな。今じゃ子供すら寄り付かないほどの恐怖スポットになって……ってまさか…………」

「え?」

「まさか俺の娘か? ここの幽霊って……」

「ゆ、幽霊……ですか? 先ほど話していた」

「ああ。西山がいなくなる前も、幽霊を見たってやつがいたんだよ。俺も、誰も信じてなかったが、もしかしたら……。おい、中谷、もういいか!?



 俺は窓を閉め、はやる気持ちを抑えて中谷に声をかけた。



「はい。大丈夫ですよ」

「なら二階に行くぞ! 図書室だ!」

「お! 待ってました。蔵書が多いんですよね。校長先生が本大好きだったとかで」

「俺の娘もな!」

「え?」






 俺は中谷の背中を押して、二階にある図書室の入り口にやってきた。

 俺の勘が正しければ、この場所に何かあるはず。



「おぉ……さすが自慢するだけの図書室だ。本棚の数がすごい。とても小学校のものとは思えないですね。もう、立派な図書館ですよ」

「待て!!」

「え!?」



 俺は先に入ろうとした中谷を制止した。

 二人をこの部屋に入らせることは出来ない。



「俺だけ入る。お前ら二人はここにいろ」

「え!? で、でも僕」



 俺は問答無用で、先に図書室の中へ入っていった。



「ち、ちょっと、縁さん!?」

「中谷さん。私達が来た目的、知ってますよね?」

「そ、それはそうですけど、なんで急に縁さんが――って、ん?」

「え?」







 図書室に入り、周りを確認する。が、特段変わったところはない。後ろからも二人の声がする。まだ大丈夫だ。

 それにしても、いつ見ても、ここの本の数には驚かさせられる。通路が狭く、人が通れる限界まで本棚が置かれている。もちろん本も。


 確かこの学校は、一階から三階までの一棟を図書室として使っていたはずだ。無言で持ち出しされないように、入り口は二階の一箇所だけ。窓には格子をはめてある。

 厳重に管理されているみたいだし、もしかして裏部屋とかあるのか? 価値のある本などを保管する場所とかあって、二人はそこに閉じ込められたとか?


 とりあえず、まずはこの建物の見取り図がほしい。本来の壁がない場所など把握しやすいはずだ。っと思って、あちこち探してみるが、見つからない。



「はぁ、こういうとき、史書さんがいてくれればなぁ。普通、見取り図なんてどこにあるんだよ」

「一階にあるよ」

「え?」



 後ろから声をかけられたと思い、振り返ったが誰もいない。辺りを見回しても誰もいない。

 声が高かったから女……木島か? にしては、少し幼いような気もしたが。

 少し周りを見て回ったが、人の気配はない。俺は幽霊が出たのかと、一瞬背筋が凍った。

 俺は急いで図書室を出る。すると二人の姿がない。



「ど、どういうことだ? ここで待っていろと言ったはずなのに。……いや、俺がいなくなったのか?」



 役所に電話をすぐにかけてみる。すると、あっさりとつながった。



「あー、縁だけど、中谷達から何か連絡なかったか?」

「中谷さん? いいえ。何もないですよ。……そういえば、さっきまで頻繁に電話あったのに、少し前から電話きてないですね。どうしました?」

「いや、木島と中谷がいなくなって……まぁいい。後でまたかけてみる」

「はい。わかりました」



 もしかしたら車に戻ったのかと思い、俺も戻ってみる。が、二人の姿はない。



「俺じゃなくて、やはり二人が消えた……? 人二人がいきなり??」



 俺はすぐに警察に電話して捜索してもらった。と言っても、こんな小さな村に警察は一人しかいない。あちこちを捜索するなんてとても出来なかった。



「まーた神隠しですか?」

「ええ。今回は一度に二人も。俺が図書室に入って、中を見て回ってたんです。二人には、何かあったら困るので、図書室には入らないよう伝えました。二階に一つしか出入り口がなく、逃げ場もないので。それで、一人で図書室を見ていたんですが、後ろから声が聞こえてきたんです」

「声、ですか?」

「ええ。俺が図書室で、校舎の見取り図がないか探してたら、一階にあるよ、と声が聞こえたんです。女の声だったので、木島かと思ったんですよ。入ってくるなと注意しにもどってみたら、二人はいなくなっていて」

「……神隠しですか」

「わかりません。もしかしたらまだ、校舎にいるかもしれないです。校内放送をするにしても、一人だと何かあったときまた困るので、付いてきてもらえませんか?」

「なるほど。では私も同行いたします」

「よろしくお願いします」



 駐在所の切達さんと共に、構内を見回りながら、校内放送をかけ、車に戻るよう伝えた。が、二人は30分以上たっても戻ってこなかった。



「校舎の外に出たんでしょうか?」

「私を置いて外には出ないと思います。そう打ち合わせしましたから。この校舎で、もう二人も行方不明になっているのは知っているでしょう」

「その全てにあなたが関わっていることも知っていますが」

「……私が二人をどうかしたとでも言うんですか? 相手は大人二人ですよ?」

「殺して埋めた……ということも考えられますよね。大人二人であっても、後ろからひとりずつなら可能でしょうし」

「なっ!?」

「そうすれば死体は消え、行方不明になったということにできますからねぇ?」

「はぁ!!? だ、だったらここいら一帯を全部掘り返してみてくださいよ!! それで二人が……いや、今までいなくなった人が見つかるなら文句はないですよ!! 今なら、土を掘り返したと思われる場所もわかるでしょうからね!! 警察署の人に掛け合ってみてくださいよ!!」

「ええ。そうですね。一応連絡入れてみます。私の一任では出来そうにないので」



 俺はこの男に対する怒りでどうにかなってしまいそうだった。

 そもそも最初から俺が疑わしいと思ったなら、警察署に連絡を入れてから来い! 二度手間だろうが!



「ったく、ふざけやがって! 何が殺しだ! 自首するならともかく、俺が犯人としか思えない状況で二人を殺して、警察に連絡するアホがいるか! っとに、頼りにならねー警察だな! ……あの時もこいつは……はぁ!!」



 下手なことを言ったらそれこそ、このバカな警官の思うつぼだ。冤罪で手柄にされる可能性もある。俺は少し深呼吸して落ち着くことにした。


 ……にしても、俺が聞いた声は、一体誰だったのか。幽霊にしては、はっきりとした声で……どこか懐かしいような……。



「応援が来るそうなので、一度駐在所に戻りましょう。事情聴取……ということで、もう一度詳しくお話を聞かせてください」

「……無罪なら、あんたのこと冤罪で拘束されたって訴えんぞ」

「あくまで事情聴取ですよ。犯人とは言ってませんから」

「ちっ! ったく…………」

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