優奈:第三章
「『夏休み最後の週だからって、なんで肝試しなんだよ~やだよ~』」
「あっはっは! 似てる似てる!」
盆の近い夜、田舎の廃校となった小学校の校庭に、数人の男子がいた。
彼らは肝試しをしているそうだ。そして先ほど、一人の少年が校舎へ入っていった。
「本当、あいつは怖がりすぎだよなー? 高校生だろって」
「まぁでも、いい思い出になるって。あいつが戻ってきたときの泣きそうな顔が夏休みの最後の思い出って嫌だけどな」
「ちゃんと写真撮れよ? 暗くて見えませんじゃあ、後で誰にも見せられないんだから」
「わーってるって」
「うわああああっ!!」
「え?」
「も、もうあいつ戻って来たのかよ!? しゃ、写真」
「帰る!!」
「はぁ!? おい!?」
「わりぃ。ミスった。写真撮れてねぇ」
「つか、あいつ何におびえ――」
男子の一人が校舎を見たとたん、彼は後ずさりした。
「え? ど、どうし――」
「うぁあああああっ!?」
「まま、待ってくれ!?」
男子達は一目散に逃げ出した。
校舎の昇降口を開けたまま、あたりは静かになった。
盆があけて数日後、廃校の小学校に二人の男がやってきた。
一人は頼りない中年の男。もう一人は新人らしさが見て取れる若い男だ。
彼らは車で廃校に来ると、昇降口前で降りた。
「はぁ……まだ使えそうな、新しい校舎ですね」
「ああ。俺の娘がいた頃から、新しい校舎に立て替えたっていってたからな。それからまだ10年も経ってないんじゃないかなぁ。まぁ今は、休みで村に戻ってくる子供達が使ってるくらいだ」
「やっぱり、俺の板小学校よりも新しいじゃないですか」
「かもな。人を呼びたかったんだろ。子供は地域の宝だし。それでもまぁ、やっぱり少子化のご時勢だからな。田舎の校舎を新しくしたって子供が来るわけないし。……って、そんなことはいいんだよ。とにかく、あとはよろしくな。学校を見回るなり何するなりしていいから」
「はい。ってそうだ、先輩、一ついいですか?」
「あん?」
「俺がこのプロジェクトを立ち上げる前に、一度同じようにこの廃校を変えようとしたって、西山さんから聞いたんですけど。なんで頓挫したかわかります? やっぱり予算の関係ですか?」
「あー……それはなー……」
「悩むということは、予算ってわけでもないんですか?」
「いや。予算も絡んで来るんだが、それよりも厄介というかなんと言うか」
「なんなんですか。教えてくださいよ」
「……幽霊だよ」
「え?」
「聞いたことくらいあるだろ? 本当か嘘かは知らないけれど、いわく付きの場所を、重機で壊したり、利用したりすると故障するとかなんとか。で、この小学校では前に幽霊を見たって人が大勢いたんだ。だからやめることになった。ま、重機以前の問題だけどな」
「え? そ、そんな理由でやめたんですか?」
「ああ。立案は俺の同期で……俺もプロジェクトに参加はしてたんだがな。そいつ、この学校に着てから行方不明になってさ。幽霊の仕業なんじゃないかって、今話したのを言っても誰も信じてくれなくてな。今じゃデスクも隅に追いやられちまった。んで渡、お前のような若いのを指導する、平の定年待つだけのおっさんになっちまった。企業じゃないからリストラにはならんからいいけどな」
「俺は先輩に教えてもらって助かってますって。今回のプロジェクトだって、手伝ってもらえて本当に助かってます」
「……。まぁ、お前が俺と……あいつと同じようにならないように、とだけ祈ってるよ。後はお前のやりたいようにやってくれ。俺は、何かあればサポートだけはするから」
「わかりました。それじゃとりあえず……中を見てみますね。ドラマの撮影とかでも使えるかもしれないので」
「ああ、見に行って来い。俺は役所に戻ってるから」
「はい!」
男達は二手に分かれ、一人は役場へ戻り、一人は校舎を見て回るそうだ。
そして校舎を見て回る男は一階にある教室から見て回っている。
「んー……やっぱり新しいよなぁ。もったいねぇ。教室の中は……うわっ!? 冷暖房付きかよ!? いい生活送ってんなぁ……。しかも綺麗だし悪くない。……撮影に使えないか掛け合ってみるかぁ? でもこんな田舎じゃ使ってくれないかなぁ……」
男は各教室を転々と見て行った。どの教室に入っても、うらやましいと言葉をこぼしながら。
「……予算もないし、この場所を小学校として使えないなら、机とかも売れないか検討してみてもいいんじゃないかな。だめかなぁ……ん?」
男は一階の、最後となる教室の中を見ると、何かおかしいというように眉をひそめた。
確かに他の教室とは違い、教室の後ろの壁にはプリント類は張りっぱなしだ。そして日当たりも悪く、教室自体に傷も多い。
さらに一つの机には、罵倒するような言葉がたくさん掘られたり、書かれている。
―気持ち悪い
―死ね
―幽霊はお前だろ
「……もったいないことするなぁ。じゃない。かわいそうなことするなぁ。ってかこれ、器物破損だぞ、ったく。……気分悪い。っと!?」
男は教室を出ようと体をひるがえすと、足が椅子に引っかかった。その拍子に机の中から図書室の貸し出しカードが落ちた。
「なんだこれ? 図書室のカードか。 子供らしくて読みにくいな。えにし……ゆうな? かな。この机ってことは、いじめられてたのはこの子かな。かわいそうに」
男はカードを机に戻すかと思いきや、そのまま持って行った。
「この学校は蔵書がすごいってうわさだったから、期待できそうだな。つかこの子、いろんなジャンル呼んでるな。頭良さそ」
男は二階へあがると、理科準備室や、音楽室の楽器などを見て回った。どれもうらやましいと顔をゆがめながら。
そして二階の最後の教室、男は図書室へ入っていった。
「カードは確か受付で保管するんじゃなかったっけ? このカードは戻し……って、今はごみかこれ。可愛そうと思って持ってきたけど意味ねーや」
男はカードをポケットに入れて、図書室を見て回った。
「これは……使えそうだな。これだけ蔵書が多ければ、学生でも日常的に使うことも出来るし。これはいいぞ! 本の状態も悪くないし」
男は本を取って表紙などを見、状態を確認し終わると戻した。そしてその後もしばらく、図書室を見て回った。
「噂通り、かなりの蔵書だ。これは売り払うよりこのまま使ったほうが……いや。読む人がいないか。ここも掛け合ってみるか。……よし! っと、先にこれ捨てるか。ゴミ箱は……」
「それ、あたしの」
「ぇ? ……わっ!? え!? な、なんでこんな所に小学生??」
「あたしの。なくしてたの」
「こ、このカード……? 君の?」
「……」
「で、でもこの学校廃校になって……え?」
「おじさんは新しくこの学校に来た人? これ借りたいんだけど。いつもみたいにはんこ押してくれる?」
「え? ぁ、もしかしてここってまだ使われてるのか」
「……」
「え、えっと、俺は新しく来たわけじゃなくて――」
「じゃあ何しにきたの?」
「この学校はもう使われてないだろう? だから、皆が使えるように改装しようと――」
「あたし使ってるよ?」
「そ、そうなんだけど、図書室だけじゃなくて、もっといろんな教室も使ってもらえるようにしようと思っててね。まだどうするかは決まってないけど」
「ふーん。じゃあ本、もう借りれないの?」
「ああ。悪いけど今回で最後にしてくれるか? んっと、確か他のとこは、売らずに廃棄したり、無料で渡すこともあるって話だった……よな?」
「何が?」
「あー。その本は先約ってことで、君にあげるよ」
「いいの?」
「ああ。でもそれで終りな? っていうわけで、君ももう帰ってくれ。まだ俺も仕事あるから」
「……」
「……まさか子供がいるなんてな。先輩に幽霊が出るって脅されたからびっくりしたー。つか後で多分始末書だな。てか先輩に聞けばいっか。って、ここ電波ねーのかよ!」
男はぶつぶつ言いながら、校舎を出て行った。
すると、男は校庭で座り込んでいる男が眼に入ったようだ。そちらへ歩み寄っていく。
「ど、どうかなさったんですかー……?」
「……ん? え!? に……人間……か?」
座っていた男は、話しかけてきた男を見て驚いた。そして少し怪しむように顔をゆがめながら見ている。
「え、えっと。村役場から来た、新人の渡と申します。おじさんはこのあたりの住人です――」
「なんだって!? 役場から来た!?」
「へぇ!? は、はいぃ!?」
「ぉお、俺もだ! 俺も役場の人間だったんだ!!」
「え、えっと……だった、ということは、OBの方でしょうか?」
「いや。あんたに言っても信じてもらえないかもしれないが……。俺は数年前……になるのか? 時間がわからんが、とにかく、この校舎を建て替えようと、役場からこの学校の下見に来たんだ」
「ぇ……」
「そしたら女の子がいてな。まぁ、この付近は村の住宅街だし、まだ廃校になって時間も経ってないから、子供の遊び場になったりもしてた。だから不思議に思ってなかったんだ。……でも、それから役場に戻ろうとしても、だめなんだ。電話も通じないし、校庭から出ることも出来なくなった」
「は!?」
「でも、あんたは役場から来たんだろう!? ど、どうやって来たんだ!?」
「そ、そこの校門を通って……ですよ」
「……。……じ、冗談だろ? 俺はずっとここにいたんだぞ?」
「ほ、本当ですよ。先輩と一緒に車でここに入ったんですから。というかその時あなたは校庭にいませんでしたよ?」
「いや……。ん? そ、その先輩ってまさか……えにし……か?」
「え? ええ」
「ぁ、あいつ!? 俺のことがあったはずなのにまた一人で、こんな若造をよこしたのか!?」
「ど、どういうことですか?」
「あぁ……。結論は多分……お前も俺も戻れないだろうってことさ」
「戻れない?」
「女の子に会っただろう? 多分、あの子はうわさのこの学校の幽霊だ」
「じ、冗談を。あの子はいつもここに遊びに来てた近所の子供でしょ。先ほど声をかけられた時、あなたと間違われましたよ。あなたなんでしょう? 図書室で受付しているいつもの人は」
「……受付のおじさんは、俺じゃないよ」
「ぇ……」
「とにかく、そこの校門、くぐれるならくぐってみな。それができなきゃお前は……」
「……!?」
若い男は校門へ行きよいよく走って通り過ぎた。
すると、若い男の目の前には、下駄箱と、遠目に――校庭に座った男が目に入ったようだ。
そして若い男は隣にいるあたしを見た。
「おかえり」
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