魔王を倒したのに俺の履歴書があまりにも白い

みこ

魔王を倒したのに俺の履歴書があまりにも白い

 聖王歴518年。


 聖都オルグルウィスでは、盛大に祝杯が上がった。


 人間対魔族の戦いが起こってから、300年。

 とうとう、魔王ドルトニオンデルタが、勇者の力で討たれたのだ。


 紙吹雪の中、勇者一行が王の前にひれ伏す。


「勇者、トライアン」

「はっ!」

 顔を上げたのは、金髪イケメン男、トライアンだ。


「魔法士、ネリネ」

「はい!」

 そこで、美少女ネリネが顔を上げた。

 まだ17歳だというのに、顔に似合わずストイックな奴なのだ。


 次に、見た目のしなやかさに似合わず力強い弓使いリーミアと、絶対にオーガの血を引いている見た目にも関わらず一向に肯定しないビルが顔を上げた。


 王が立ち上がる。

「この勇者一行の手によって……」


 ちょっ!おいおいおいおい!!!???


 勇者達の顔色が変わる。


「魔王ドルトニオンデルタは討たれた……!」


「お待ちください、王!」


 立ち上がったのは、勇者トライアンだ。


 そうだ、そうだぞ!勇者よ、言ってやれ!


「我々には、仲間がもう一人居ります!」


 仲間達が頷く。

 そうだ!俺の名前も呼んでもらおうか!


「アイテム士ユウト」


 ビシッと顔を上げる。


 と、王が続けたのはこうだった。


「いや、コイツは違うだろ」


 そんな王に、勇者が食い下がる。


「ユウトは我々にとって、大切な仲間です!アイテムを管理し、料理を作る。ユウトがいなかったら、私達は、魔王討伐など出来なかったはずです!!」


「あ〜ん?」

 王が髭をいじり出す。

「けど、魔王と戦ってはないだろ?」


「戦うという事は、実際に剣で相手を殴るという事だけではありません!」


 勇者は食い下がったが、王の心に響く言葉は無かったようだ。


「そのでかいリュック見たら分かるぞ?荷物持ちだろ?」


 俺に虚しさが去来するまで、それほどの時間は掛からなかった。


 王は、結局、

「じゃあ、どう活躍したのか調査するから、それまで保留で」

 なんていう、絶対に調査なんかしなさそうな言葉で締め括った。

 調査なんてしようがないのだ。

 魔王軍に「勇者一行ってどうだった?」なんて聞いて回るわけにいかないんだから。


 勇者達も、それ以上は何も言わなかった。


 むしろ、それ以上言っていたら、俺が止めていたはずだ。

 それ以上は……、俺がみんなに迷惑をかけて終わる未来しか見えなかった。

 勇者一行に贈られる名声も、賞金も、俺のせいで無くさせるわけにはいかないんだから。



 俺一人、除け者扱いされたその日の夜。


 更に酷い空気が、俺を包んだ。


 勇者達と共に、とある店に入っていく。

 祝杯をあげる為の酒場だ。


 ここ……は……。


 懐かしの、旅立ちの酒場だった。

 冒険者ギルドに併設された、庶民に優しい酒場だ。

 国の勇者に認められたトライアンが俺達をここで見つけたんだ。


 けど…………。


 今後の人生安泰ってくらいの賞金を貰った勇者達は、わざわざこんな安酒場に足を踏み入れる必要はない。

「懐かしいねー」なんて言いながら食事を頼んでいるけど、食事の場所について何の相談もなかったのは、少なからず賞金を貰えなかった俺への配慮なのが見て取れた。


 あれもこれもと頼んで、こんな安酒場でも心配しなくてはならない自分の財布が、嫌になる。


 ちまちまと、あまり食べないようにしていると、勇者達が意を決したような会話を始めた。


「みんなの賞金を集めて、全員で割らないか?」


「あ、あたしも思ってたー!」

 ネリネが叫ぶ。


 惨めだった。


「お!?お前ら、勇者様御一行じゃねーの!?」


 惨めだった。


「ようし!ここは勇者一行の奢りだ!!」


 ただただ、惨めだった。


 けど。


 仲間に金を恵んでもらうわけにいかない。


 俺は、ほどほどのところで店を出た。



 勇者一行には、賞金が出た。

 当たり前だ。

 なんと言っても、修行に出てからは5人全員が人生全てを賭けた。

 それぞれが10年20年もの歳月をかけているはずだ。

 旅に出てからも、4年かかっているのだ。

 特に魔王の住処に入る為の入口探しでは、半年も洞窟内で生活した。


 みんながみんな、家を捨て、家族を捨て、友人も恋人も捨てた。


 だからこそ、魔王にはもう働かなくてもいいほどの賞金がかかっていたのだ。

 それだけではない。

 勇者一行には、今日から3ヶ月ものホテル宿泊権や、聖都での邸宅なども与えられた。


 そして俺には、それがない。


 家もない。


 家族も。


 故郷も。


 金もない。


 あるのは現実だけだ。



「うあ〜〜〜〜」


 別の酒屋へ入り、安酒を煽る。

 目の前にあるのは、履歴書だ。


「といってもなぁ……」

 でかい独り言をキメながら腕組みをする。

 年齢28。住所不定。


 ……終わってないか?


「王立の学校には行ってない。アイテム管理の力はほぼ独学。これって学歴になんのかぁ……?」

 とりあえず書くしかないと、一応基礎を教えてくれた師匠の名を書く。

「あとは、職歴……」


 就職した事はない。

 24の時まであっちこっちの村を渡り歩き修行をして、すぐに勇者パーティーに入った。


「…………勇者に紹介状でも書いてもらうか……?」


 前に倒れると、ゴイン、と嫌な音を立ててテーブルと頭がぶつかった。


「でもそれもなぁ〜〜〜〜〜〜」


 でかいため息を吐く。



 仕方なく、申し訳程度に学歴職歴に1行ずつ書かれた履歴書を持って、職業ギルドを訪れた。


 担当として座ったのは、茶色のちゅるんとした口髭を蓄えたおっさんだった。

 どうやら、ヒゲが自慢で手入ればかりしているのだろう。


「住み込み希望ね。う〜〜〜〜ん、これなぁ」

 言いながら、履歴書の学歴職歴を少しふっくらとした指が滑っていく。

 何考えてるか丸わかりですね?


「ユウトくん、は……」

 見た目は若いが、年齢がそこそこ行っている事に気付き、おっさんは一瞬言い淀んだ。


「学校には行ってないんだねぇ」

 見てわかる事を言うな。


「んで、」

 ふっくらとした指は、職種欄に伸びていく。

「アイテム士」


 おっさんは、「ほぉ〜」と感心するように呟いた。


「アイテム士っつったら、アレだろ?アイテム管理が出来る?」


「あ、はい、それです」


 ここで何か気の利いた事を言えればよかったのだが、長年の魔族との戦いで、コミュ力は低下している。

 20代の大事な時期に、毎日同じ仲間としか顔合わせてなかったからなぁ!


「ア〜イ〜テ〜ム〜か〜ん〜り〜」

 おっさんは、何か頭の中の記憶を探るように、呟く。


 どうでもいいけど、何考えてるか筒抜けなおっさんだな。


「あ〜、ユウトくん」

 おっさんは、結局くん付けで通す事にしたらしい。

「知り合いの雑貨屋がな、確かアイテム屋を探してんだわ」

「アイテム士です」

「それそれ。けど、3日ほど家空けててさぁ。3日後にまた来てくれる?」

「あ……」


 言い淀んだ俺の顔におっさんが耳を傾ける。


「俺……今日泊まる所も無くて。できれば今日中に決めたいんですけど」


 そんな話に、おっさんはなんでもないように言う。

「あ〜、じゃあ、ここの部屋が空いてるから使っていいよ。そういう人、時々泊めてるんだよね」


「ありがとうございますぅ!!」

 あなたが神か……!!


 いやぁ、最初から頼れるおっさんだってわかってたぜ!



 そうして、俺に3日の猶予が許された。

 ベッドしかない部屋。

 窓もなく、申し訳程度の鍵がついた板がブラブラしているだけだ。

 その窓の向こうは裏通りとはいえ、人通りの多い通りで、1階の部屋。

 外を歩く人間と会話するのにはちょうどいいが。

 プライベートを守るか明るさを取るかの二択だ。


 それでも、アイテム士としての大きなリュックを持った状態で外にほっぽり出されるよりはマシだった。


 マシな、はずだった。


 2日後、窓で項垂れる俺の姿があった。


「食事もままならぬ〜」


 あれから何度か、履歴書を持って面接へ突撃してみた。

 なんせ、その雑貨屋とかいうのも雇ってくれる確定があるわけじゃないからな。


 けど、7件行って全てが全滅。


『あ〜……、この勇者と共にって……何かな?勇者一行に君がいない事くらい、僕でも知ってるよ?』

 なんて心無い言葉を浴びせられながら。

 今、生きててえらいって思っちゃうくらいだ。


「せちがら」


 呟く俺の頭の上から、

「ユウト!」

 と声をかけてきたのは、他でもない、魔法士ネリネだった。


「ネ、リネ」


 会いたくない顔に会ってしまった。

 まあ、通りに頭出してれば、嫌でも見つかるってもんだが。


「探したよ!ユウト!もう、なんで何にも言わずに居なくなっちゃうの!?」


 隣には、勇者、弓使い、オーガ、と仲間の顔が勢揃い。


「心配したんだからね!?」

 と、泣き出すネリネの頭を、勇者が撫でてやる。


 心配、ね。

 俺といい雰囲気かと思いきや、勇者と付き合っちゃった魔法士さんに泣かれるのは、あんまりいい気分じゃなかった。


 ……あの、料理してる所へちょこちょこ寄ってきては二人で話してたひとときはいったい何だったんですかね!?


「私達だって……!」

 と弓使いが叫ぶ。

 お前もだ、お前もー!!

 月夜の晩に二人っきりでお話したじゃねえか!!


 勇者も乗り出してくる。

「俺……お前のベッドじゃないと落ち着かないんだよ!!帰ってきてくれよ……」


 こっちも泣きそうじゃねえか。


 お嬢さん、お前の彼氏は俺のベッドじゃないと眠れないんだってよ!!


 けど、いくら求められても、もう対等でいられないのはわかっていた。


 オーガの服装がめちゃくちゃ豪華になってたからな!


「俺なら、大丈夫なんだよ」

 無理矢理に笑顔を作って言う。

「ほら、じいちゃんが遺産残してくれててさ」


「何言ってんだ!お前、親も居ない孤児出身だろうが!」

 勇者が叫ぶ。


 見え透いた嘘でも、言わなきゃいけない時ってのはあるもんなんだよ。


「次の職場も決まってさ。もう引っ張りだこよ。心配なんていらないから」

 へへ、と頭をくしゃくしゃとする。


 弓使いが、

「ここ、職業ギルドじゃ……」

 なんて言おうとしたが、もう痛々しくて言えなくなったようだった。


「お前らは親友で、間違いなく仲間なんだけどさ、やっぱ俺とは、違う道の人間だよ」


 そう言うと、ネリネがまたくしゃっとした顔で泣き出す。


 仕方なく、「ハハッ」と笑って誤魔化した。



 ぼっちで惨めで金も家もなく、嘘まで吐いた。


 ため息ばかりで夕食に、職業ギルドの食堂で出してくれる食事の中でも一番安いビーンズと葉っぱの炒め物を突いている時だった。


「ここに居たんか」

 声をかけてきたのは、職業ギルドのおっさんだ。


「雑貨屋が帰ってきたからよ。ちょっとこっちゃこいや」


「あ、はい」


 連れて行かれたのは、職業ギルドのテーブルで、そこには、おっさんと同じ年頃のおっさんがいた。

 雑貨屋の方が、幾分かがっしりしていて強そうなおっさんだ。


「お前、アイテム管理できるんだってな?」


「あ、はい」


 ここで、会話を弾ませられれば言う事はないが……、まあ、うん。無理だ。


「じゃあ、早速うちに来るか」


「え?」


 俺は、ゴツい方のおっさんの顔を見上げた。


「家もないんだろ。とりあえず働いてみろ」


「ありがとうございますぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」



 雑貨屋というのは、職業ギルドの斜め向かいにあった。


 店を見上げる。

 店自体はそこそこの大きさがあるものの。


 ガタッ、ゴン。


 と店の看板が落ちる始末。


 だ、大丈夫かよこれ……。


 住むといいと渡された部屋も、箪笥やテーブルどころか、ベッドすらないただの小さな部屋だった。

 窓にガラスが付いてはいるが……。


 騙された……。


 店の中にも案内される。


 店の中にはジャンクのようなアイテムが山の様に積んであった。


 2つ3つ手に取り、状態を確かめる。


 あ〜〜、なるほどね。


 店番をしていたのは、一人のお姉さんだ。

「あ、お父さん、おかえりなさい!」


 どうやら、ここの娘らしい。


 あ〜〜〜〜……、なるほど、ね。



 渡された部屋に戻る。


 勇者達と比べれば、しょぼいにも程があるってもんだ。


 けど、こんなスタートも、悪くないかもしれないな。


「わかったよ、おっさん」


「店長だ」


「ここの店の物は、俺が管理してやる」


「おお、価値が分かる奴を見つけられて、よかったよ」

 おっさんが、鼻をふんと鳴らした。


「“アイテム管理”」


 呪文を唱えると、部屋の中がしんとなる。

 この瞬間が、何よりも好きだ。


 持っていたリュックをぶちまけ、手でいくつか印を結ぶ。


 中に入っていた木の板達が、まるで命を持ったようにシャキン、と立ち上がった。


「“ベッド建造”」


 唱えると、木の板達が自分の体を使い、ベッドを作り上げていく。


 あっという間に、部屋の中にはベッドが出来上がった。


「ほう……流石だな」


 物質テイム能力。通称「アイテム管理」。

 これが俺の能力だ。


 修行中も、魔王討伐の道中も、何もない中でやってきたじゃないか。


 こっから這い上がってやる。


 見てろよ、あのクズ王!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王を倒したのに俺の履歴書があまりにも白い みこ @mikoto_chan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ