第72話 VIP専用船だから
ケンとソフィアは軍の飛行艇に乗ってシエラ第3惑星の海の上にある島を使って新たに建設された軍事基地、 通称MIB (Minitary Island Base)を目指していた。
アイリス2の武装については情報部から外交部経由で大統領府に話があがり、外交部、大統領府の了解を取り付けるとその機体をポートシエラの15番ピア、彼らの専用ピアから軍の基地に移動してそこで本格的に手直しをすることになった。
軍事基地は厳しい管理をしており普通なら軍関係者、それも許可を得た関係者以外は一切の立ち入りが禁止されている。ただケンとソフィアについてはその功績が軍の上層部には知れ渡っていることもありすんなりと許可が下りた。
最初の打ち合わせでこちら側の希望を出したケン、その後軍の設計部隊や製造部隊と数度打ち合わせを行い最終的に決まった方針に沿ってアイリス2の改造が始まった。
今日はその出来上がった機体を引き取りに行く日だ。ケンが准将の前で武装の依頼をしてから2ヶ月が経っていた。
軍の飛行艇がMIBに到着すると案内の軍の兵士に付き添われてその中にあるデッキの1つを訪れた。宇宙空間にあるスパイ衛星の目から隠すためこの基地のデッキは全て屋根に覆われている。
そのデッキの1つの扉を開けた兵士に続いて中にはいったケンとソフィア。目の前には新しいアイリス2がその姿を見せていた。
「この機体は大統領はじめ政府関係者が搭乗することも考えかなり強力な武器と防衛装置をつけました」
説明を聞きながらも2人は機体に目を注いでいた。パッと見た限りでは全体のフォルムに大きな変化はないがよく見れば機体の前後左右、それに上下に今までなかったパーツが付け加えられている。
(聞こえますか?)
「聞こえるよ。AIもアップデートしたのかい?」
(その通りです)
脳内にあるバイオチップを通じてアイリスの声が聞こえてきた。隣のソフィアにも届いている様だ。
やりとりを聞いていた兵士がアイリス2に近づき、船外に新しく備え付けられたパーツの説明を始めた。
「この機体には従来前方にレーザー砲を2門のみ装備しておりました。今回それらを取り外して新たに強力なレーザー砲を装備。それと同様の砲をこの機体の後部及び左右そして上下に設置し全方向への攻撃が可能になりました」
説明によるとそれぞれのサイドにレーザー砲が2門ずつ設置されておりその射程距離は宇宙空間で2.5万Kmだという。
「かなり強力だな」
「そうね。今までの射程距離の常識を覆す距離だわ」
感心しているソフィア。
「ええ。レーザー砲の燃料はNWPエンジンと同じくカートリッジから取り出されます。燃料効率とエネルギー交換率を上げたためこの距離が可能になりました」
通常のレーザー砲の射程距離はせいぜい1万Kmだ。大型艦船で1.5万Kmだろうと言われている。目の前の兵士は言わないがおそらく太陽系連邦軍から提供されたノウハウを使って高熱に耐えうる銃身を開発したのだろう。
つまりシエラの艦隊の砲塔の射程距離も以前よりもずっと伸びているということになる。
「あと機体を覆う防御シールドも装備しました。もちろん無敵とは行きませんが小型のレーザー砲ならば耐えうる設計になっています。大型戦艦のレーザー砲でも数発は大丈夫でしょう」
説明によると防御シールドは衝撃を吸収、緩和するのではなく鏡の様に反射するというコンセプトで作られたらしい。ピンポイントで同じ箇所に数度攻撃を受けない以外はかなりの強度があるという。そしてステルス機能も付けたという。
「100%のステルス性はありませんがレーダーで見ると船型がぼやけて見えデブリと認識させる目的です。これはオペレーションルームにあるスイッチで稼働します」
ただステルス機能はそれなりに電力を食うので常時起動しておらずオン、オフの切り替えで使える様にしているらしい。
「想像以上だな。見つかり難くくそしてガチガチの戦闘にも耐えうる装備になっている」
「その通りです。先ほど申し上げた様にシエラのVIPが搭乗する前提で手直ししましたので。あとは船体に装備してある武器が外からのスキャンでも見つかりにくい様な配置にしています」
兵士はそれ以上は言わなかったが実はこの新しいアイリス2はシエラ軍の艦隊と一緒に戦闘に参加できる程の装備と戦力を保有していた。しかもスキャンで見つけにくくしてあるのは助かる。ごく一部の星だが、彼らは輸送船の装備について過度な警戒をしており、あまりに重装備だと着陸させないケースがある。特にトレオン星系にはそう言った警戒をしている星が多い。これはファジャルの指示だろうと思われる。
案内役の兵士と一緒に機内に乗り込んだケンとソフィア。オペレーションルームにある船長席は操舵関係のパネルの他にコンパットモード用のパネルが新設されていた。これはソフィアの席も同様だ。
「基本アイリスが全てを処理して対応しますがもちろんマニュアルでも操作可能になっています」
「それはありがたいな」
ソフィアはも慣れたがケンは常に100%AI任せにせずにマニュアルで操作できるところは自分もやろうとする。AIとマニュアルの併用だ。そのあたりも事前に要求していたがその通りになっている様で安心する。
「アイリス2。現時点での注意点はあるかい?」
『特にありません。ケンなら問題なく操作できるという判断です』
「今回武装したことによる燃料消費や食糧等の積み込み数量に変更はあるの?」
「重量が増えた事により重力のある惑星での離着陸時の燃料消費量が以前より1%程増えましたが誤差の範囲です。また食糧、水などについてはそれらの倉庫については今回の手直しの際には手を加えておりませんので従来通りです。ステルスオン時には電力、燃料を消費しますが2、3時間程度の連続使用であればほとんど影響はありません」
「わかったわ。ありがとう」
ソフィアの質問に即答するアイリス。やりとりを聞いていたケンが全く問題ないなとソフィアと確認した。
「居住階部分についても今回手を触れておりませんので従来通りです」
最後にケンとソフィアは下に降りてエンジン部分を見る。従来のNWPエンジンが置かれている場所は元々スペースに余裕があり、そこにコンバット関係の設備が新たに設置されていた。その設備について兵士から説明を受ける2人。
説明が終わると兵士がアイリス2の乗降口にいきこれで引き渡しは完了しましたとその場で敬礼をした。
「情報部からの伝言です。MIBを出た後はいつものピアに向かってくれとの事です」
「わかりました。今回は世話になった。ありがとう」
「こちらこそ。アイリス2はシエラの秘密兵器扱いですからね。我々もTop Urgentにて改造しました。ご武運をお祈りします」
そう言って兵士はアイリス2から去っていった。
「アイリス、ハッチ閉鎖」
『ハッチ閉鎖します』
直ぐにプシューと空気が漏れる音がして乗降口が自動でしっかりと閉じられた。
「今の兵士、階級章をつけていなかったな」
乗降口から階段を上がってオペレーションルームに向かいながらケンが言った。
「ケンのことだから気がついていたと思ったけど」
そう言ってソフィアが説明するのはここMIBに限らず政府の最高機密で働く際には情報の漏れを防ぐ目的から兵士は階級章のない特別な制服を着ているという。階級についてはわずかな仕草の違いでわかるということだ。
「今の敬礼の仕方を見てわかったわ。彼は中尉ね。それなりの地位にある人よ」
その言葉に眉を吊り上げたケン。
「そうなのか。俺には今までされた敬礼と同じにしか見えなかったよ」
「直ぐに誰でもわかったら意味がないじゃない」
そりゃそうだと笑ったケンは船長席に座ると、
「アイリス、出港だ。目的地はポートシエラ15番ピアだ。補助エンジン始動」
『出港します。目的地ポートシエラ15番ピア。補助エンジン始動しました。出力10%』
改修を終えたアイリス2がゆっくりとMIBのデッキ内を水平に移動してハッチの開いたドアから外にでると目の前に真っ青な海が広がっているのが見えた。
機体がデッキからでて少しの間水平飛行を続けたアイリス2はメインエンジンを作動させると船首を上に向けて飛び立っていった。
飛行が安定するとソフィアがケンに言った。
「ケンはこのアイリス2を武装するのに反対すると思ったけど」
ケンが武力による争いを好まない人物であるということは結婚する前から気づいていたソフィア。
「今でも積極的な賛成じゃない。ただこの船は今は情報部所属の船だ。そしてシエラのVIPが乗ることもある。となると自分の気持ちより船の安全を優先すべきだと思ってね。武装していることでVIPが安心するのならそちらの方が良いだろう?」
「確かにそうね。武装していることで乗客が安心できるし私たちも最悪の事態に対処できる」
「その通りだよ。雇い主の意向は尊重しないとね」
そう言って笑ったケン。
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