第69話 認識の違い

 フェアリーモント星を飛び出したアイリス2は太陽系とは正反対の方向に向かって飛行を続けていた。


『1,000万Km以内に人工物はありません。NWPワープポイントまで22時間です』


 了解と返事をしたケン。モニターに太陽系のMAPを映し出して目的地のタイタンベースの場所を確認していた。


 タイタン、土星の衛星の中では最も大きく氷と岩石とでできている星。その岩石は大量のレアアース分であり太陽系連邦軍は自動化された採掘マシーンで採掘してはタイタンの軌道上にある人工のタイタンベースで精錬している。もちろんそのレアアースの埋蔵量などについては最高レベルで機密保持されていた。


 レアアースを精錬するためにタイタンベースは大きな宇宙衛星がいくつも通路でつながった形をしている。精錬工場エリア、生活区、そして軍の基地と港湾。


 ケンには知らされていなかったが彼らの前にすでにリンツ星所属になっているエターナルがタイタンベースに着岸して大量のレアメタルを積み込んで出発していた。エターナルはタイタンで荷物を積むとそのまま海王星の軌道の外側にあるベースワンを目指しそこからNWPで一気にシエラ星まで飛んで大量のレアメタルを持ち帰っていた。


 シエラではそのレアメタルを使ってすぐに自国製の軍艦の製造にはいる。もちろん地球からシエラに来ている軍関係の技術者がスーパーバイザーとしてその製造に立ち会った。




『タイタンベースまであと7時間です』


 アイリス2はNWPワープを終え、太陽系内を飛行していた。


「了解。ソフィア、タイタンベースにETAの連絡を」


 ソフィアが連絡を入れると着岸ピアの座標が送られてきた。荷物は既に整っておりピアの前に用意さえているらしい。


「手回しが良いな」


「それは地球人だから?」

 

 聞いてきたソフィアに顔を向けたケン。


「それもあるだろう。でもそれが最大の理由じゃないと思うよ」

 

 ソフィアが黙っているとケンが続ける。


「太陽系とシエラは同盟を組んでいる。そしてお互いに足りない部分を補填し合おうと今まさに2つの星系の間で技術交流が始まっているんだろう。シエラは電子技術とNWPを開示し、太陽系は軍艦の船体製造技術と武器技術を開示している」


 その通りねと頷くソフィア。


「このバーターを比較した時に地球人は自分たちが貰いすぎだと思っているんだよ」


 その言葉にびっくりするソフィア。その表情を見たケンは頬を緩め、


「少なくともシエラの人はそうは思っていないよね。今回のバーターは言ってみれば50:50でお互いにメリットがあるって」


「ええ、その通りよ。しかも同盟契約までしている。どちらも同じ立場じゃない」


 ソフィアの言うことはもっともだ。契約している以上その条件でお互いが合意している。しかも今回は契約が友好的に行われた。どちらか一方が押し付けたものではない。


「でも地球人からみるとそうじゃない。なぜならレーザー砲や艦隊製造技術は地球はせいぜい4、5年程しか先進的じゃないと考えている。つまり4,5年後には今の開示している技術は最新でオリジナリティに溢れたものではなくなっていると考えているのさ。一方でNWPの技術はどうだろうか、向こう100年近くは誰も同じ技術を0から開発できないんじゃないかな」


 そこまで聞いていてソフィアはケンの言いたい事を理解する。その表情をみたケンが大きく頷き、


「そう。地球人はシエラに対して負い目を感じているんだよ。自分たちは貰い過ぎだと。だからシエラの要望に関してはあらゆることに関して常に最優先に対処しようとしていると思う。それが彼らの考えている負い目に対する誠意だ」


「でも実際太陽系の艦隊製造技術や武器製造技術が4、5年後に陳腐化するとは思えないんだけど」


「その通り。俺もそう思う。でもそれが地球人の考え方なんだよ。自分達を過小評価する傾向にあるんだ」


 しばらくの沈黙の後、ケンが再び口を開いた。


「俺は地球もシエラも両方知っている。客観的にみて今回の同盟についてはシエラ人の言う50:50というのが普通の解釈だと思う。ただ地球人は自分たちがシエラに助けてもらっているという負い目があるから誠心誠意の対応をしてきたんだ」


「今の話、情報部に言ってもいい?」


 ソフィアの言葉に頷くケン。


「いつまでも他人行儀の関係だとお互いにギクシャクするだろう。シエラの人には申し訳ないが太陽系から導入した技術がいかにシエラにとってメリットがあるのかを少し大袈裟に地球人に対して言って貰えればこのまだギクシャクとしてお互いに探り合っている関係が少しはすっきりすると思うよ」



 この時のケンとの打ち合わせの内容をソフィアが報告書として送ったその報告書は情報部から外交部、そして大統領府へと回覧され今後の地球人との接し方のバイブルの様な位置付けになる。そしてケンのアドバイス通りに地球人に対応を始めたシエラ人の努力もあり太陽系連邦政府とシエラ星政府との同盟関係はさらに強固なものになっていった。


 アイリス2は無事にタイタンベースの指定されたピアに着岸する。後部ハッチが開いてケンとソフィアがそこから港を見ると既に大型のコンテナ2基がしっかりとシーリングされて準備されていた。


「手回しが良くて助かるよ」


 立ち会っていた職員に声をかけるケン。


「連邦政府のお偉いさんからしっかり準備しておけってここの上が言われたらしい。こんなの滅多にない話だよ」


 港湾局の職員はこの船がシエラに向かうとは聞いていないはずだ。2人が黙って積み込みを見ていると職員が言った。


「ブルックス星系行きかい?」


「そう。特急便でって頼まれてね」


「確か4週間ほど前にも同じ様にブルックス星系向けだって大型コンテナを数基積んだんだよ。ありゃ何という船名だったかな?えっと確かエターナルとか言う船だった、そうだエターナルだ」


 エターナルの名前を聞いて全てを理解するケンとソフィア。


「他の星系向けはあまり出荷がないのかな?」


「ないね。ほとんどが火星向けだよ。俺たちは詳しいことは分からないがブルックス星系で急に入り用になったんだろう」


「そうだろうな。俺もただの運送屋だ。言われた場所で荷物を積んで言われた場所で下ろすのが仕事さ。いちいち背景まで気にしてられないよ」


「そりゃそうだな。お前さん達は効率が命だろうからな」


 話をしている間に2基のコンテナが無事に積み込まれた。


「ありがとう。時間のロスがなくて助かったよ」


「ああ、気をつけてな」


 ゆっくりと後部ハッチが降りてきた。


 ケンの指示でタイタンベースを離岸したアイリス2はベースワンを目指して巡航速度で飛行していた。


「エターナルは200メートルクラスの輸送船だ。それとこのアイリス2の荷物でかなり余裕ができるってことだろう」


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