第68話 新しい目的地
ソフィアが予約をしたフェアリーモントのホテルは2人の想像以上に立派なホテルだった。シーズン前ということもありスイートルームを予約したが窓からは湖と森が一望出来、広いベランダデッキには椅子とテーブルが置かれて外に座っているだけで森の澄んだ空気をたっぷりと味わうことができる。
2人は昼間はホテルの周囲を散策したり時にはホテルのエアカーで山や湖へ繰り出して自然を満喫する。ホテルのレストランで美味しい料理を食べ、広い部屋で寛ぐという日々を過ごしていた。
「待機中とは言えいい息抜きね」
「ずっと宇宙船の中だったからたまにはのんびりしないとな」
2人のフェアリーモント星での休暇が1週間ほど経った頃、シエラ星で待機していた200メートルクラスの輸送船エターナルが港を出港すると宇宙空間に飛び出していった。
「最初から大型コンテナ10基分のレアメタルを供給してくれるとは無尽蔵にある太陽系が羨ましいですよ」
情報部の建物の中でレーダーに写っているエターナルの機体表示を見ていた部員がいった。
「全くだ。我々の懸案事項がこんなに簡単にクリアできるとはな」
同じ様にレーダーを見ていたスコット大佐がそう答えると席を立って他の部員の席に歩いていくと
「それでこの次の予定はどうなっている?」
「エターナルがタイタンベースを出港後4週間後に大型1基と小型コンテナ1基つまりアイリス2に積める分の用意が完了するとの連絡が来ています」
そう言って部員が次のアイリス2の予定表を大佐に渡す。それを受け取った大佐は准将の個室に入って予定表を見せながら説明をした。
説明を聞いた大佐はNWP通信でアイリス2に対してフェアリーモントからNWPを使ってベースワンまでの航海日数を教えて欲しいと送信する。お互いに何も言わないが周囲が安全で機密が守れる空間からNWPをするという前提での話だ。その安全な空間までの移動日数を聞いたという背景があった。
「これだけあれば当座は十分だな。それにしても太陽系連邦恐るべしだ」
「本当ですね。我々がリストを出してから短時間でこの数量を保証するなんて」
情報部からの通信に対して1時間も経たずにアイリス2から返信が入ってきた。
ー 現在地からベースワンまでは最短で5日と1時間 ー
それを受けた大佐は准将の部屋に入るとアイリス2のスケジュールについて打ち合わせをする。
「ベースワンからタイタンまでの日数を考えると今から10日後にフェアリーモントを出発すれば問題ないと考えます」
予定表と通信を見ていたシュバイツ准将は顔を上げると
「それで行こう。ケンとソフィアも休暇を十分に堪能しただろうからな。そろそろ仕事の時間だと言ってやれ」
ニヤリとしてそう言った。
「10日後に出発だ」
たった今受け取った通信を見てケンが言った。2人は今アイリス2の中にいる。
「2週間以上ものんびりできるなんてね。それにしてもこの星は本当に綺麗で気持ちいいわ」
ソフィアはずっと居たそうな雰囲気だ。ただ残念ながら他の観光惑星と同様この星は非常に物価が高い。
「ずっと居たら流石に破産してしまうぞ」
「そうね」
2人はその後アイリスとルートについて打ち合わせをする。アイリスが設定したルートを3Dホログラムで投影したのを見ている2人。
『一旦太陽系から離れ、反対方向に飛行しますが、ここの小惑星群の中からNWPすれば見られる確率が大幅に減少します。0.001%以下という計算結果が出ています』
「いいんじゃないか。NWPワープから見ればこの距離は無視できる距離だ」
アイリス2にはまだ十分な水と食料が積み込まれていてこの物価の高いフェアリーモントで買い出しをする必要はない。ケンとソフィアは常に長期間無寄港での活動を前提に燃料、食料をこの機体に積み込んでいる。念のためにアイリスに確認したがストックは十分にあり問題ないという答えだった。
2人は出発までの10日間でこの星をたっぷりと堪能し、出発当日ホテルをチェックアウトするとアイリス2に乗り込む。アイリス2に乗り込んだ時から2人は休暇モードから仕事モードにチェンジしていた。
出発前点検を終えたケンが1階から戻ってきた。サムズアップの仕草を見てソフィアがフェアリーモント港湾局に出航の許可をとる。
「こちら港湾局だ。いつでもOKだ」
「アイリス2了解。お世話になりました」
「いい星だっただろう?また来てくれよな」
「ええ。これから仕事するのが嫌になっていますよ。では」
港湾局担当者の笑った顔がモニターから消えると
「アイリス、出航する。メインエンジン始動。100メートルまで上昇、そこで反転してNWPポイントを目指す」
『メインエンジン始動します。そのまま100メートルまで上昇後機首反転しNWPポイントに向かいます』
アイリスの復唱が終わると機体がゆっくりと上昇をし指定通りの高度で機首を反転させると一気に加速して宇宙空間に飛び出していった。
「アイリス2がフェアリーモントから出発したとの連絡が入りました。ベースワンETAは予定通り5日と1時間後です」
ソフィアの連絡を受けた情報部の担当者がスコット大佐に報告する。
「ベースワンに事前に連絡をしておいてくれ」
そう言うと自分の席を立ってシュバイツ准将の個室のドアをノックする。
「アイリス2が出航しました。予定通りです。最終目的地とその座標を送信してよろしいですか?」
「いいだろう。ケンのことだベースワンと聞いた時点でこちらの意図を読んでいるだろう。タイタンベースからはシエラに向かってくれと言うのも同時に連絡を頼む」
「予想通りだったか」
「本当ね。でも太陽系って資源が豊富なのね」
シエラ情報部からの通信を受け取った2人。ベースワン到着後はあちらの指示したルートを飛行しタイタンベースにてレアメタルが入っているコンテナを積み込みそのまま今度はシエラに向かえという指示だ。
ヴェラピク星へ向かうところで待機命令を受け、目的地変更の可能性があると聞いた時点で太陽系に向かうこともあると考えていたケン。ソフィアがその理由を聞いた時に、
「太陽系はレアアースの宝庫なんだよ。これは造船所の人から聞いた話なんで普通の星民は知らないし興味もないかも知れないけどな。だからヴェラピクがキャンセルになったという時点で太陽系に向かうか可能性もあるかもしれないとは思っていた」
そう言っていたケン。ソフィアはケンの見識の広さは十分に理解しているがそれでも時々こうやって驚かされる。
ソフィアが先に言う前にケンが続けて言った。
「じゃあなぜその知識を情報部に上げなかったのかと思ってるかもしれないが、それは違うと俺は思ってる。こっちは運送屋だ。そしてシエラとヴェラピクやらバイーア第一惑星やらとの交渉がどうなっているのかなんて全く分からない。もちろん知りたいとも思わない。物事を進める時にフルストーリーを知らずに断片的に知っている知識や情報を流すことによって却って方向性を誤ってしまうという事はよくあるからね。大きな流れを把握している人から聞かれたらこう言う可能性もありますよとは言えるがこっちから先に情報を流して混乱させたくないんだよ」
言われてみればケンの言う通りだ。部外者がよかれと思って出した情報が結果として本部を混乱させることは情報部時代に経験がある。
常に全体をコントロールしている人、部門が持っている戦略を理解しておればまだしもそうでない場合にはまずは静観するという事も大事なのだ。
おそらくケンは情報部から何かアイデアがないか?と聞かれたら話をしただろう。それも私見を含まずに事実だけを伝えたはずだ。
常に一歩引いたところで自分の立ち位置を見ているケン。自分の役割をここまでしっかりと認識している人はシエラ情報部でもそう多くないわねとソフィアは船長席に座っているケンを見て思っていた。
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