第55話 地球に降り立つ

 4日後、15番ピアに停まっているアイリス2の機内で全ての準備を終えたケンとソフィア。出発3時間前にアンドリュー中佐とスコット大佐がピアにやってきた。


「明日から私もヤナギ運送の社員だよ」


「勘弁してくださいよ」


 アンドリュー中佐のジョークにスコット大佐以下そこにいた全員が笑った。アイリス2の部屋に荷物を置いたアンドリュー中佐が降りてくるとスコット大佐を入れた4名で最終の打ち合わせをする。


「アンドリューは現地で太陽系連邦軍との窓口になる。前回彼らに提供したNWP通信設備は星と星とのオフィシャルな通信回線だ。それとは別に我が大使館とシエラとの通信設備を今回このアイリス2で運んで大使館内に設置する。アン大使やアンドリューと言った地球の駐在員とシエラとの秘密回線になる」


 やり取りを黙って聞いているケン。


「今後の輸送については明日地球に向かって出発する中型の輸送船がメインとなるがこのアイリス2も引き続き使う予定でいる。小型で小回りが効くし足が速いしな。ただその頻度は今までより減るだろう。ケンとソフィアは本来の運送業務に戻って星星の情報を入手したら情報部に報告してもらいたい」


 頷く2人。


「VIPが移動するとなったらあの輸送船は居住性が悪いからアイリス2の出番になるだろうな」


 アンドリューが言うとそうなると大佐も同意する。


「契約してますからね。指示通りに動きますよ」


「頼むぞ」


 大佐がアイリス2から離れてしばらくした頃、出発の1時間前に外交部のアン大使以下3名の外交部部員がアイリス2に乗り込んできた。アン大使以外の二人は外交部所属の部員でジーンという女性とアレックスという男性だ。


 部屋に荷物を置いて下におりてきた3人。ソフィアはジーンもアレックスも情報部時代に会ったことがあるという。ケンは初めて会う2人と挨拶を交わした後でアンに顔を向けて、


「初代大使ですね。おめでとうございます」


「ありがとう。大変だとは思うけどやりがいがあると思って手をあげたの」


 ケンの言葉に礼をいったアンはそう続けた。


「ケンの故郷の地球での仕事を楽しむつもりよ」


「是非楽しんでください。観光に良い場所も沢山ありますし」


「そうね。落ち着いたら地球観光はしてみたいと思っているの」


 ケンがアン大使と話をしている横でソフィアはジーン、アレックスと話をしていた。


「2人とも大変ね」


「でも滅多にない経験だろう?任命された時は嬉しかったよ」


「私もよ。それにしてもさ、任命後に資料を見てあのNWPの図面をシエラに持って帰ってきたのがケンだと知ってびっくりしたわ」


「まぁ偶然だったんだけどね」


 隣にいたケンがジーンに言う。アンも


「私も最初はびっくりしたもの。でも何度かこの船に乗せてもらって納得したというか理解したというか。今ではあれを見つけてくれたのがケンでよかったって思っているわ」


 アンの言葉に頭を下げるケン。ソフィアは自分の旦那がそう言う風に褒められて頬を緩めていた。ケンは出発前の最終チェックだと下のエンジンルームに降りていった。


「NWPは55分ですが最初と最後の5分間以外はシートベルトは外して頂いて結構ですから。部屋にいてもいいですし降りてきてコーヒーを飲んでもらっても構いません」


 残ったソフィアが言うとそれは助かるわとアン。3人がまた後でと上の個室に戻っていってしばらくすると下からケンが戻ってきた。


「アイリス、特に問題なさそうだな」


『はい。全て順調です。いつでも出発できます』


 乗降口のハッチが完全に閉まったのを確認すると船長席に座っているケンはソフィアに港湾局への通知を頼みアイリスには


「メインエンジン始動」


『メインエンジン始動します』


「こちらアイリス2、出航します」


「こちら港湾局、了解した」


 その返事を聞いたケン。


「OK、出発だ、アイリス。100メートルまでこのまま上昇、そこで機首反転後上昇」


『出航します。100メートルまでこのまま上昇し、そこで機首を反転して上昇します』


 機体はゆっくりと上昇を始め100メートルで方向転換すると機首を浮かせて宇宙空間を目指して加速していった。



『3,2,1、NWPします』


 アイリスの声がした次の瞬間窓の外が真っ暗になった。NWP時間は55分。5分後にランプが消えると客室にいたアン副部長以下のメンバーが階段を降りてくる。ソフィアがキッチンに行って人数分のコーヒーを作ってテーブルの上に置いた。


「こうやって席を立てるのは楽ね。前回はずっと座ってたけどきつかったもの」


 コーヒーを一口飲んだアンが言った。


「アイリスとも話をしましたし、数度のNWPの経験から事故の確率が低い事を確認できましたので最初と最後以外は大丈夫だろうとケンが判断しました」


 カップを配り終えて席に着いたソフィアが言う。ケンは船長席に座ってAIのアイリスと航路とワープアウト後の行動について事前に打ち合わせをしていた。そのケンの様子を見ていたアン、顔をテーブルの方に戻すとソフィアを見て言った。


「相変わらずワープアウト後に想定される事態をいくつか予想して打ち合わせをしているのね」


「そうです。行先が地球という彼の故郷であっても対応は変えないですね。もう癖になっているのだと思います」


 ソフィアはそう言うが聞いていたアンはその慎重さが彼が小口業者として高い評価を得る事となり、トラブルを回避してこられたんだろうと感じる。


 いくら相手が同盟国であっても100%信用してはいけないというのは外交部で仕事をしている時に情報部からよく言われた言葉だ。最初は外交は信用、信頼の上に成り立つものだと反発をしていた時期もあったアンだがこの仕事を続けていくとその裏の意味というものが分かってくる。


 外交とは常に100点を取る仕事じゃないと。80点でも良い場合もあるし逆に40点でよくやったと言われることもある。損して得を取ることの重要性も分かってきている。


 今回は初の同盟締結だ。最初から相思相愛の関係でスタートした同盟交渉。大きな障害も無く極めて順調に事が進んでいる。これ以上信用できる相手はいないと言っても良い程だ。


 実際にシエラ側の担当者の大部分はそう言う感覚だ。地球人だから大丈夫だろう。自分達と同じ考えをするから問題ないだろう。 


 だろう、だろうと勝手な思い込みに陥っているとも言えるし自分自身も同じ気持ちだった。


 今アイリスと打ち合わせをしているケンの姿を見てアンは外交の基本を思い出していた。100%信用、信頼するということはあり得ないという前提で物事を考えると見えないものが見えてくる。


 赴任前にあのケンの姿を見てよかった。アンはそう思うと同時に気を引き締める。


 一方情報部中佐のアンドリューは今の話を聞いてケンのポイントをさらに上げていた。彼のやっていることは正しい。いくら同盟国、しかも自分の出生星とは言っても不測の事態はいつでも起こりうる。だからその事前にその不測の事態が起こるケースを探りそれに対応する様に準備するという彼の用意周到な性格を評価していた。

 

 アイリス2はNWPを終えて地球連邦軍の演習空域の一角にその姿を現した。直ぐに地球からアイリス2に通信が入ってきた。


「こちらアイリス2、キャプテンのケンだ」


 呼び出しに応じるケン。


「こちらLAベース。アイリス2の着陸地点の座標を送った。そちらに向かって欲しい」


『座標が来ました。セットします』


 というアイリスの声と同時にモニターに座標と地図が現れた。


「アイリス2了解した。これからそちらに向かう」


 通信を終えると地図を拡大するケン。同じ画面を近くに座っているソフィアが見ている。


「LAベースの隣?」


「そうだな。隣接している場所に大使館を作った様だ。なるほど頭がいいな。ここなら安全だ」


「そうね。周辺は一般人の入場制限区域だし大使館の周辺の建物も軍関係のものみたいね」


 最大限の敬意を払っているなとケンは思っていた。秘密を守りながら連絡の取りやすい場所がここだ。軍本部は様々な人が出入りしてその管理は難しいだろう。メディアの数も多い。


 一方LAベースは純粋な基地になっている。メディアから見れば魅力的ではない場所だ。


 アイリス2はLAベースに向かって巡行速度で進み大気圏を越えると減速を開始する。


「徐々に減速。100メートルで水平」


『徐々に減速。100メートルで機体を水平にします』


「OKそのまま降下してくれ。20メートルで機首を北に向け貨物室を地上ハンガーに向ける」


『ケンの指示通りに機体を調整します』


 新しいピアが眼下に見えている。そしてピアに隣接する様に大きなハンガー(格納庫)が見えていた。ピアもハンガーも200メートルクラスの飛行船が余裕を持って着陸、収納するスペースがある。そしてそのハンガーの隣には3階建てだろう。新しいビルが建っていた。


『目的地に着陸しました。異常なし』


「乗降扉ロック解除」


『乗降扉ロック解除しました』


 ランプが消えるとしばらくしてアン部長、アンドリュー中佐ら4人が降りてきた。


「ありがとう」


「頑張ってください」


 アン大使の言葉に応えるケン。


「これから大変ですね」


「責任感のある仕事だ。楽しみだよ」


 ソフィアの言葉に笑いながらそう言ってアンドリュー中佐が降りていった。


 最後にソフィアと2人でアイリス2を降りたケン。久しぶりの地球だがまさかこんな形で再び地球の地を踏むとは思いもしなかった。

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