第53話 情報は国是である
NWP通信がシエラ星と地球との間で開通するとお互いの意思疎通が一気に楽になり情報を交換しながら同盟で締結した内容の作業を進めていく。
シエラは地球連邦軍が欲するAIやNWPの仕様書を作成して送付し、太陽系連邦軍はシエラが欲する艦船や武器の図面、仕様書をNWP通信に乗せて送付する。
その間アイリス2は数度シエラと地球とを往復しては機械や書類、そしてお互いの星の人間を相手の星に運んでいた。
地球ではシエラ星の出先期間を北米のLAベースに隣接する敷地に設立する。地下でLAベースと繋がる様にし、表面上は輸送会社にして200メートルクラスの宇宙貨物船が離着陸できるピアとドックを作った。また事務所は3階建てにし1階は運送会社としてカモフラージュし、2階、3階をシエラ大使館として2階、3階から直接地下に降りるエレベーターを設置、地下に降りると広い通路にエアカーを複数台置いていつでもLAベースに移動することができる様にした。
一方シエラ星でも地球と同じく彼らの出先期間を首都ポートではなく軍の艦隊基地に隣接する場所に建設する。シエラは他の星との大使館交換をしていないので機密保持は地球よりもしやすいがそれでも万が一を想定し関係者以外立ち入り禁止区域になっている軍の基地周辺に同じ様に200メートルクラスの船が離着陸できるピア、ドックを建設。
両国とも同じ様な設備を作り、どちらも登記上はヤナギ運送会社としてその代表にはケン・ヤナギの名前を使うことにする。
「ケンの名前を使うのが一番バレにくいという両国の判断だ。万が一会社について調べられたとしても地球では当たり前の名前だしこちらでもアイリス2の船長として登録がされている。カモフラージュには一番なんだよ」
スコット大佐から話を聞いたケンとソフィアは最初びっくりしたがその理由を聞いてなるほどと納得する。
「名前を使っていただく分にはこちらは全然構いません。それでお役に立てるのなら」
ケンの言葉に頷くスコット。
「それでだ。今まではアイリス2に頼り切っていた両国間の移動だがようやく輸送船の手当てがついた。リンツ星所属になっていた200メートルクラスの中古の輸送船を2隻購入して今シエラに向かっている。この2隻を改造した後はアイリス2の負担は軽くなるだろう」
シエラ軍情報部は複数のダミー会社を通じてリンツ星所属の輸送船を中古船市場から手にいれようとしていた。背後にシエラがいることがバレない様にダミー会社を複数起用し、購入のタイミングもずらせる等細心の注意を払っていた。
彼らは焦らずに理想に近い船が市場にでるまでじっとしていたが最近倒産した会社の輸送船が2隻、それもまさに彼らが探していたサイズの船が出たということで情報部トップの了解を得た上でこの2隻を購入する。別々のダミー会社がそれぞれ1隻ずつ購入した中古の輸送船は時間をかけてリンツからシエラまで秘密裏に運ばれることになった。
「それはよかったですね。サイズの大きい船も必要でしょうし」
「2隻とも所属はヤナギ運送として運用する予定だよ」
その言葉に再び苦笑するケンとソフィア。
2隻の中古船は寄り道をしながら時期をずらせてシエラ第3惑星の軍の基地に到着するとすぐに大改造を施していった。外見だけは以前の形だが内装、エンジンは全く新しい船になっている。NWPエンジンを搭載し貨物室を広くし武器も搭載する。
一度改装中の2隻の輸送船を見たケンとソフィアはその大きさと大改造の内容を聞いてびっくりする。
「流石にシエラの技術だな」
「それだけじゃないわ。地球から教えてもらった技術も既に導入しているみたい。これ一見輸送船だけど下手な駆逐艦よりも強いかも」
「確かに」
武器は外から見えない様にハッチで隠し必要があれば外に出る様になっている。しかも全方向に向かって撃てる様な配置だ。
2人が見ていると軍所属のここの担当者の1人が近づいてきた。ソフィアを見て敬礼ををした。ここで働いている彼らはこの2人の素性を知っている。
「これは荷物輸送と戦闘に特化していますので居住性は悪いですよ。大統領を乗せる訳にはいきません」
担当者は背後にある改造中の輸送船に顔を向けて言った。
「なるほど。無駄をできるだけ省いて作ってるって訳だ。じゃあスピードも出るんだろう?」
「巡航速度で分速5万Kmですね」
アイリス2よりはやや遅いがこのサイズの船の中ではかなり早い。そりゃすごいなと感心するケン。海賊船並みの速さだ。海賊船はスピードに特化しているので大抵広いスペースを取ってツインエンジンにしていると聞いている。そうすることによって彼らの最大速度は5万Km近くは出ると言われている。一方、シエラの輸送船はNWPの単一エンジンで5万Kmの速度を出せる。相当なものだ。
「あと数ヶ月もすればこれが運行するでしょう。今までお二人にはかなり無理をさせていると聞いています。それが少しでも楽になるのではないでしょうか」
「そうなるといいわね。私達も本来の運送業務に戻れるし」
ソフィアが言ってそうだなと笑いながら答えるケン。
シエラという星は軍の情報部がエリート部隊であるということに最近気がついたケン。シエラには軍、艦船を指揮する司令本部という組織が別にあるがそれも全て情報部が提供するデータに基づいて戦略を立てている。もちろんその戦略を立てる時にも情報部が同席している様だ。
このシエラという星が他国の干渉を受けずにここまで生きてこられたのは情報部の活動に依るところが大きいと国民全員が知っている。軍の内部においても情報部が提供する情報や資料をもとに作戦の大筋が立てられている。
情報部に対する期待は大きい反面彼らが独走しない様に軍や政府の他の部門が監視するシステムを作り上げていた。
情報は国是であると言い切っているだけあって優秀な人材を集め彼らが責任を持って任務を遂行しているというのがわかってきた。
自宅でその話をソフィアにすると
「ケンの言う通りよ。ここシエラでは軍の情報部が国の方針の原案となるデータや資料を作成しそれに基づいて国や軍の実践部隊が動くというシステムになっているの。そして情報部は昔から少数精鋭をモットーにして組織が無駄に肥大化しない様に努めてきているの。だから情報部にいる兵士はみな優秀で一騎当千の人ばかりね」
「ソフィアもそうだったんだろう?」
そう言うとそうかもねと自分のことは曖昧に言う。
「ただだからこそ情報部は常に国や軍の他の部署から厳しいチェックを受けているの。これは組織だけじゃなく情報部員もそうよ。偏った思想を持っていないか、情報を隠していないか。そして組織としては独善断行になっていないか。常にチェックを受けているわ」
「俺が知っている情報部員は皆自分の仕事に誇りを持っている様に見えた。これはもちろん軍の他の部門で働いている人も同じなんだろうけど愛国心の度合いというか強さが地球人とは全然違う。それは大変な強みだと思うよ」
「ありがとう」
自分の星を褒められて嬉しかったのかソフィアはそう言うと隣に座っているケンに寄りかかってきた。
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