第52話 LAベース

 ブランドン大統領一行らが帰国してから2週間後、NWPの通信設備を積み、4人を乗せたアイリス2は15番ピアを離陸すると第一惑星裏側の小惑星群まで飛びそこでNWPをする。


『3、2、1、NWPワープ』


 アイリスの声で窓の外が真っ暗になった。アダムス少尉以外は既にNWPを経験しており、しかも今回はNWPの最初と最後の時間帯以外はシートベルト着用サインが消えたので4人は短い間でも打ち合わせをすることが出来た。


 亜空間を飛んでいるので窓の外が真っ暗な中、会議室で打ち合わせをしていたアダムス少尉が部屋を出てオペレーションルームにいる2人に近づいてきた。


「地球に着いて我々4人を下ろした後だが、情報部としてはアイリス2をできるだけ長い間人目に晒したくないので4人が下船したあとは離陸して宇宙空間で待機してもらい。設置したNWP通信設備が上手く稼働して問題ないとなったらこちらからアイリス2に連絡をいれるのでそれを受信次第、待機している宇宙空間からそのままNWPでシエラに戻ってほしいと考えている」


「わかりました。こちらは問題ないですね」


 ケンが答えた。その隣でソフィアも頷いている。可能な限りアイリス2を隠すという方針には賛成だ。


「しばらくはこんな感じでバタバタとするが頼む」


「俺たちは運送屋ですよ、人や荷物を運ぶのが仕事だ。問題ないですね、平常運転ってやつですよ」


 気を遣ってきた少尉に軽口で答えるケン。


「中尉にもご迷惑をおかけします」


 アダムスはソフィアに向かって頭を下げた。


「大丈夫よ。アダムスはアダムスの仕事がある。私には私の仕事がある。そして私の今の仕事はこれよ。気にしないで」


「ありがとうございます」



 ソフィアは対外的にはヤナギ運送の社員ではあるが実態は情報部所属の兵士である。今回大統領一行が無事にシエラに戻ってきて打ち合わせでケンと2人で情報部本部に顔を出した時にシュバルツ准将より少尉から中尉への昇格を通知された。


 当人はまさか昇格するとは思わずその話を聞いたときにはびっくりしたが、


「アイリス2に乗ってからの君の仕事ぶりを見ればこれは当然の昇格だ。また大統領も高く評価されておられる。本当はケンも昇格させたいくらいだが彼はシエラ軍の軍人ではないからな」


 そう言って笑った准将。ケンは軍隊内での人事には興味もないしまたその考課方法もしらなかったが、


「中尉になって給料があがるのなら家計は楽になるな」


「おいおい、情報部からがっぽり貰っておいてまだ足りないのか?」


 准将が目を大きく見開いて言った。


「ずっと貧乏だったんでね」


 お互いに笑ったあと、


「冗談は置いておいて私としてはソフィアをきっちりと評価して頂いているということに関してお礼を申し上げておきます。ありがとうございます」


 礼を言ったケンに大きく頷きこれからも引き続き頼むよと准将。




『NWPワープアウト1分前』


……


『3、2、1、ワープアウト』


 アイリスの言葉で今まで漆黒の空間を飛んでいたアイリス2は指定のポイントにワープアウトした。正面に太陽系連邦の中心惑星である地球が見えている。


 ワープアウトしてすぐにアイリス2に通信が入ってきた。


「アイリス2。こちら太陽系連邦軍LAベースだ」


「LAベース、こちらアイリス2。機長のケンだ。通信良好」


「OKケン、今から座標を送る。目的地はLAベースターミナルC-30だ」


「LAベース、ターミナルC30。了解」


 通信を終えるとアイリス2が受け取った座標をインプットし、


『目的地LAベースまで5時間05分です』


「OKアイリス。巡航速度で向かってくれ」


『わかりました。巡航速度で目的地に向かいます』


 ワープアウトしたアイリス2はその機首を目的地に向けると巡航速度で進みだした。ケンは地球から送られてきたLAベースの概要をモニターに映し出す。ソフィアが自分の席から立ってケンのモニターを覗きにきた。


「大きな基地ね」


「本部じゃくてこの規模だ。地球軍の基地の中でもかなり大きい方だろう」


「本部じゃないってどうしてわかるの?」


 モニターを見ながら片手をケンの肩に置いているソフィアが聞いてきた。ケンはモニターをタッチすると違う画面が出てきた。


「これは公開されている連邦軍の情報だ。これをみると本部はLAがある北米大陸の中央部にある。そして北米大陸には軍の基地や施設があちこちにあって一般人の自由な移動が制限されている場所が多い」


 ケンとは長い付き合いになるソフィアだが今の言葉を聞いてまたびっくりしていた。普通ならワープアウトして座標が送られてくるとわかっていればとりあえずワープアウトして後は相手に任せるというやり方だ。しかも相手は同盟を結んだいわば友好惑星だ。ワープアウトしていきなりややこしい事態になる可能性はほぼゼロと言える。しかも今から向かう地球はケンの故郷だ。


 ただケンは違う。行き先について可能な限り事前に情報を取ろうとする。それは故郷で今は友好国であろうが何度も行っている商売先がいる惑星であろうが同じだ。


「常に万が一の事態を想定して動く。小口の零細業者が宇宙で生き残るノウハウの1つさ」


 聞かれたソフィアに答えるケン。


「いつも言ってるだろう?事前の情報が多いと万が一の時に慌てずに対処できるって」


 アイリス2の正面の窓越しにもLAベースの広大な敷地が目に入ってきた。他の4人は部屋でシートベルトをしめて着席しているのでこのオペレーションルームにいるのはケンとソファの2人だけだ。


「機体を水平に。減速しながら降下』


『機体水平にします。そのまま減速しながら降下します』


 いつものやりとりをアイリスと行うケン。機体が降下していくとLAベースを呼び出した。


「こちらアイリス2。ターミナルC-30着陸後に乗員及び設備を卸したらアイリス2は離陸して宇宙空間で待機する」


「こちらLAベース了解した。待機場所はワープアウト空域でよいか?」


「問題ない。アイリス2了解」


 その間にも機体は上空からゆっくりと降下している。


「20メートルで機体を反転、そのまま着陸してくれ」


『20メートルで機体を反転し、そのまま着陸します』


 しばらくして軽い衝撃とともにアイリス2がC-30に着陸した。すぐに4人の乗客が上から降りてくる。最初に降りてきたアダムス少尉が乗降口の前に立っている2人に


「ご苦労様でした。通信が上手く作動次第連絡入れます」


「お願いします」


 他の3人も挨拶をして宇宙船から降りていく。全員が降りるとケンの指示で後部扉が上にゆっくりと開いていった。すぐに地上で待機していた機械が中に入って設備が入っているコンテナを掴むとゆっくりと機体から運び出していく。後部の貨物スペースで搬出作業を見ていたケンとソフィアは運んできた荷物が完全に機体から離れてエアトレーラーに乗せられた荷物が動き出したのを見るとアイリスに命じて後部の扉を閉める。


 オペレーションルームに戻ったケンはLAベースと通信をする。


「こちらアイリス2。荷物が降りたのを確認した。これから離陸したい」


「こちらLAベース。荷物は無事こちらの倉庫に入った。離陸を許可する。待機場所の座標を送る」


「ありがとう。世話になった」


「また来るんだろ?待ってるぞ。良い旅を」


「アイリス、出港だ」


『出港します。指定された座標まで移動して待機します』


 アイリス2はLAベースにものの数分程着陸しただけですぐに機体を上昇させて地球から離れていった。


 アイリス2が宇宙空間の指定の座標で待機してから3日後、アダムス少尉から通信が入ってきた。


「こちらアダムス、アイリス2どうぞ」


「こちらアイリス2。ケンだ」


「通信は無事開通した」


「わかった。アイリス2は出発する」


「了解。気をつけてな」


「アイリス、聞こえただろう。出航準備に入ってくれ」


『わかりました』


「無事にやりとりができたみたいね」


「ああ。これでかなり楽になるだろう」


 ソフィアとの話を終えるとケンはLAベースと通信を開きこれより出発すると伝える。


「了解した。気をつけて」


 短いやりとりで通信を終えたケン。


「アイリス、シエラに帰ろう」


『わかりました。シエラに戻ります』


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