第50話 7時間
翌朝指定された1000時にハワイベースの1番ピアに着岸したアイリス2。扉が開くとすぐに大統領以下メンバーが乗り込んできた。ソフィアが搭乗口で出迎えてミッションメンバーを機内に案内している間、ケンはハワイベースの管制塔と交信をしていた。
「太陽系連邦政府の許可が出ている。アイリス2は昨日まで待機していたポイントから直接ワープしてくれて構わない」
「アイリス2了解した。助かる」
「それと今後のワープアウトポイントも今回の待機場所の座標で構わない」
「アイリス2全て了解した」
通信を終えるとアイリスを呼び出す。
『既に座標をインプットしています。離陸後6時間でワープインのポイントに到着、その後NWPを57分間行い、シエラ第1惑星の裏側にワープアウトします。そこからシエラ第3惑星の15番ピアまでの飛行時間は約5時間です』
「OKだ。ありがとう」
ソフィアが2階から降りてきて椅子に座ってシートベルトを締める。アイリスからは乗客全員がシートベルトを着用していると連絡があった。
「ハワイベース、こちらアイリス2。これより離陸して指定のポイントに向かう」
「ハワイベース了解。良い旅を」
「アイリス、出港だ」
通信を切ったケンの言葉で機体がゆっくりと浮かび上がるとそのまま機首を指定のポイントに向けて加速して成層圏を飛び出していった。
アイリス2が巡航速度になりシートベルトサインが消えると2階にいた全員が階段を降りて食堂に集まってきた。ソフィアが人数分のコーヒーを作ってテーブルに座っている人の前に置いていく。
ケンがまずこれからの飛行予定を告げるとメンバーから感嘆の声が漏れる
「6時間飛んで1時間NWP。7時間後にはシエラ空域に戻っているとはな」
マッキンレー外交部部長の言葉に皆大きく頷く。
同じ様に頷いていたブランドン大統領が目の前にあるコーヒーを一口飲んでから口を開いた。
「今回は私が出向いてよかったな。相手も大統領が出てきてトップ同士で一気に話がまとまった」
全員の目が大統領に注目するとそこでまた一口コーヒーを飲むとテーブルに座っている他のメンバーを見渡し、
「私の仕事はここまでだよ。後は宜しく頼むよ」
その言葉に頭を下げるマッキンレー外交部部長やシュバイツ准将ら。ケンとソフィアはコーヒーを飲みながら黙って彼らのやりとりを聞いている。
「これから忙しくなるぞ」
「外交部長の仰る通りですね。まずはNWP通信装置を地球に運び込んでそれからお互いのオフィスの開設準備、そして技術交流の手配となりますね」
マッキンレー部長に続いてアン副部長が言った。
シュバイツ准将がケンに顔を向けると、
「今聞いた通りだ。交渉は上手くいった。これからは実務レベルの作業に入る。まずは来週地球にNWP通信設備を持ち込むと同時に軍の担当者と外交部の担当者及び情報部の担当者を地球に派遣して具体的な作業にはいる。このアイリス2がフル稼働になるぞ」
ケンが頷くと准将が言葉を続ける。
「幸いにして地球連邦軍よりNWPのワープアウトポイントを地球の近くに設定してくれたので往来がずっと楽になる。と言っても地球政府側でNWP搭載の飛行艇ができるまではアイリス2が移動のメイン手段になる。引き続き頼む」
ケンとソフィアがわかりましたと頷く。しばらくはシエラと地球との関係は伏せておかなければならない。となるとシエラ所属の船でのNWPはリスクが大きいだろう。
その後の話でシエラ側も今回ワープインした第1惑星の裏にある小惑星群のエリアを政府管轄の空域とし周辺から隔離することにする。元々アンヘル博士の小惑星秘密基地があるためあの一帯は民間機の飛行を禁止しているがそれを更に格上げし完全に隔離して管轄することとなった。
『NWP5分前です』
アイリスの声が船内に響く。地球を発って巡航速度でワープポイントに向けて飛んでいるアイリス2。先ほどまで2階のキッチンで話をしていた大統領以下客人全員が今は各自の部屋に戻っており、2階にはケンとソフィアの2人だけが残っていた。
座っている椅子の前にある計器類の数字を見ていたケン、
「エンジンは問題なさそうだな」
『はい。全く問題ありません』
「1時間後にはシエラに戻っているのね」
同じ様に椅子に座ってレーダーを見ていたソフィアが言った。
「そうなるな。信じられないけどね」
『NWP1分前』
アイリスの声が機内に流れる
『10秒前… 3、2、1 ワープ』
その声と同時に周囲の景色が消えた。漆黒の中を猛スピードで飛んでいくアイリス2。亜空間飛行になるとケンはシートベルトをしたままアイリスに
「アイリス、NWP中にシートベルトを外した場合の危険度は?」
『はい。ワープアウト5分前にシートベルトを再着装する条件で危険度は0.05%以下と推測されます』
「つまりNWP中はほとんどリスクがないということかな?」
『エンジントラブルの可能性がありますが、この機体にはバックアップがありますのでトラブルでも機内の乗員に影響が出ることはありません。そもそもNWPエンジンがNWP中にトラブルになる可能性は0.001%以下となっています』
NWPエンジンは最先端であると同時に極めて安全性の高いエンジンだということだ。機体も亜空間を超高速で飛行するのに耐えうる設計になっている。
「となると今後は1時間程度のNWP中は最初と最後の5分以外はベルト着用サインを消灯してもいいかもしれないな」
「その方が良いわよね。1時間も座ったままというのは疲れるもの」
ケンのアイデアにソフィアが同意する。
「まぁ今回は大統領も乗っておられる。安全第一なので今回は無しにしよう。乗客の方には申し訳ないが辛抱してもらおう」
「NWP中はシートベルト着用が当然と思ってるから大丈夫よ」
アイリス2の正面のガラスからは真っ黒な空間しか見えない。あまりに暗いので飛行船が飛んでいるのかどうかもわからない程だ。
アイリスからは定期的に報告があるがこれはケンがアイリスに指示したものだ。
『NWPエンジン稼働率90%、エンジン及び機体に異常無し』
漆黒の空間を飛んでいると感覚がおかしくなってくる。それを防ぐ目的で5分ごとにアイリスに機体の状況を報告する様に指示をしたケン。今もアイリスの報告を聞くと、
「了解」
と短く答える。このやりとりだけで随分と精神的に楽になるケンだった。
『ワープアウト5分前です。全て順調』
「各部屋にもワープアウト5分前の通知を頼む」
『わかりました』
『5秒前…ワープアウトします』
軽いGと共に機体が宇宙空間、シエラ第1惑星の裏側の小惑星群の近くにワープアウトする。ここまでの長いワープはもちろんアイリス2としても初めてで無事にワープアウトし、視界に見慣れたシエラの星が見えると思わず息を吐くケン。隣を見るとソフィアも同じ様に大きく息を吐き出していた。ケンと目が合うとベルトを外して立ち上がり、
「大丈夫だと頭ではわかっていてもこうやって実際に星を見ると安心するわね」
「その通りだ。1時間近いNWPは初めてだったが全く問題がない様だ。大したエンジンと機体だよ」
ケンの言葉を聞いていたアイリスが
『機体、エンジン共に全く問題ありません。現在巡航速度でシエラ第3惑星の15番ピアに向かっています。ピア到着は今から4時間と55分です』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます