第47話 NWP

『NWPワープポイントまで10分です』


 アイリスの声が機内に響く。ケンとソフィアはその前から席に座って計器チェックをしていた。他の乗客はマーベルとアンジー以外はその前から部屋に戻っていた。そのマーベルとアンジーの二人もアイリスの声を聞くと作業を止めて部屋に戻っていった。


「アイリス2が現れたらベースワンの人はびっくりするでしょうね」


 二人だけになったメインルームでベルトを締めながらソフィアが言った。


「そりゃ間違い無いな」


「アイリス、ワープポイントまでに航行に支障は?」


『ありません。また当機の1,000万Km以内に人工物はありません』


「ありがとう」


 航路上に近くに星や衛星がない宇宙空間をワープポイントに向かって疾走してくアイリス2。


『NWPワープまで5分です』


 その声を同時に客室のシートベルト着用サインが点灯する。レーダーには既にワープポイントの表示とその近くにある小惑星群が写っていた。


「なるほど。ここからだと万が一見られてもわからないだろう」


「惑星群でレーダーが有効に効かないわね」


『NWPワープ1分前です』


 メインルームでも客室でも全員がシートベルトを確認する。機体がやや左に向きを変えて小惑星群と平行になる様に飛んでいく。


『NWPワープ』


 その声と同時に軽いGが掛かって機体がその場から消えた。


『NWPワープしました。ワープ時間は55分間です』


「アイリス、エンジンや計器類に異常は?」


『異常ありません』


「了解」


 ワープインの際にかかったGは今は感じられない。それでも亜空間を飛んでいる以上何が起こるかわからない。全員がしっかりとシートベルトを締めて着席していた。前方の窓から見える外は真っ暗だ。光すらない場所を飛んでいくアイリス2。


 これは部屋にいる人たちも同じだった。軽いGがかかったかと思うとNWPワープしましたというアイリスの声が部屋のスピーカーから流れてきた。窓の外を見ると真っ暗だが亜空間を飛んでいるという実感はない。


 席に座っている乗客は55分間することもないのでシートベルトを締めたまま端末で読書をしたり音楽を聞いたりして時間を過ごす。


『ブルックス星系を抜けました』


「そんなのがわかるのか?」


『NWPワープ中の機体の速度と航路から計算しています』


「なるほどな」


『ワープアウトまであと5分です』


 5分後、軽いGと共に期待が宇宙空間に飛び出した窓の外に惑星や衛星はないが前方遠くに連邦政府の秘密基地であるベースワンの灯りが見えた。




「重力波感知!」


 ベースワンの職員の声と同時にレーダーに輝く点が映った。


「アイリス2です」


 基地のレーダー室にいた職員は声がでない。ワープアウトポイントでない場所から突然アイリス2が現れたのだ。しかもレーダーの端ではなくその内側で突然光が現れた。


「何ですか?あれは。どこから飛んで来たんだ?」


 職員がエンドウに聞いている間にもアイリス2がどんどん基地に近づいてきたかと思うと通信が入ってきた。


「こちらアイリス2、ケンだ。ベースワンどうぞ」


「アイリス2。こちらベースワンのエンドウだ」


「また世話になる」


「連邦政府から連絡が来ている。心配していたが予定通りだな。ここからは今から送る航路を飛んでくれ」


 そう言って別の職員がデータを送信するとすぐに


「データを受領した手配に感謝する」


「この航路は太陽系連邦軍の軍専用の航路だ。現在航路上前方には何もない。安心して飛んでくれ。それとここから地球までアイリス2の背後に駆逐艦が2隻護衛する」


「了解した。護衛の手配についても感謝する」


 通信を終えるとアイリス2が進路を変えて連邦政府が指定した航路にのって太陽系の中心を目指してベースワンから遠ざかっていく。


 するとベースワン付近に待機していた連邦軍の駆逐艦2隻が少し距離を開けてアイリス2の後を追う様に飛びだしていった。


 シエラ星所属のアイリス2が予定通りの時間に現れて地球に向かったと太陽系連邦政府に報告するエンドウ。


「何ですか?あれは」


 エンドウが通信を終えると同じ言葉を再び言った職員。


「おそらく新しいワープシステムだろう。俺にはそれ以上のことはわからん」


 レーダー上で遠ざかっている点を見ているエンドウ。あの技術があれば無敵だろう。通常なら半年かかる距離をあっという間に移動できそうだ。戦闘艦にあのシステムかエンジンを搭載すればいつでもどこにでも出撃できる。しかもほとんどリアルタイムでだ。シエラ星ってのは恐ろしく高い技術力を持っているな。しかもそれを堂々と見せつけてきた。今回の会談のデモンストレーションか。シエラ星恐るべしと認識を新たにする。


 エンドウはあの機体に誰が乗っているのがシエラ政府のVIPだということは知っているが乗客の名前までは知らされていなかった。


 アイリス2がNWPワープアウトをし指定の航路に進路を合わせ、巡航速度での飛行になると2階から次々と乗客が降りてきた。その中には大統領の姿もあった。


 ソフィアが食事の用意をしている間に航路図を3Dホログラムで映写している前でケンが乗客に説明をしていた。今飛んでいる航路が軍専用の航路であること、背後に2隻の駆逐艦が護衛として追走していることなどを言う。


「現在地点はここです。ここからはこのラインに沿って途中で2度程ワープをして飛行をします。ベースワンが送信してきたデータによると地球での着陸地点。会談の場所はここになります」


 そう言うとアイリスが目的地の地球を大きくさせた。宇宙から伸びてきているアイリス2の予定航路は最後は地球の太平洋上の島の上になっている。


「太陽系連邦政府軍が所有しているハワイ基地です。ここはいくつかの島で成り立っていますが全てが軍の所有地になっており民間人はおりません」


 ケンがアイリス経由で入手した情報を伝える。


「なるほど。ここなら情報が外に漏れないな」


「我々の訪問も秘密裏にできるだろう」


 場所を聞いてシュバイツ准将とマッキンレー外交部長が口々に言った。


「今から20時間後に1度目のワープ、それからまた12時間後に2度目のワープ。それが終わると目的地まで巡航速度で飛行し5時間程で到着します」


 ソフィアが用意した食事を乗客が食べている間にケンは地球の連邦政府と航路や着地場所そして会談中のアイリス2の待機場所について打ち合わせをする。


「アイリス2が着陸する島はハワイ諸島の中の軍関係者の幹部専用の島になっている。今回は完全に貸し切っており関係者以外の来島はない。1番ピアに着岸してくれ。なおこちらのコールサインはハワイベースだ。」


「1番ピア了解。コールサインハワイベースも併せて了解した」


「乗客を下ろした後のアイリス2の待機場所についてはこちらから座標を送る。軍が管轄している空域でこれも会談の間は貴艦以外の艦艇の立ち入りを禁止している」


「お気遣い感謝する」


『待機場所の座標が届きました。インプットしました』


 アイリスの声を聞いて連邦軍に座標を受領したと返事をするケン。


「ハワイベースへの到着予定時刻は今から38時間と25分後、現地時間の15:45の予定だ」


「ハワイベース了解した」


 やりとりを終えると席を立ったケンがキッチンに移動してきた。


「連邦軍とのやりとりは終わったかね?」


 ほとんど食事を終えている大統領が聞いてきた。


「はい。向こうも手配は万全の様です」


 そう言ってからやりとりの内容をその場で全員に報告する。


「それなら安心だな。アイリス2がNWPワープを見せつけて乗り込んできたからあちらさんは是が非でも同盟を締結しようとするだろう。我々も駆け引きをするつもりはない。連邦軍の武器や艦艇の製造ノウハウとのバーターになるだろうな」


 大統領が言うとアンドリュー中佐が造船所の技術者であるマーベルにどうなんだと聞いた。大統領の前で緊張しているマーベルは大きく深呼吸をして


「NWPワープシステムを通常の燃料を使って作動することも問題ありません。これはシエラで実証済みです、従ってNWPワープシステムとそのエンジンの提案で全く問題ないと言えます」


 マーベルの言葉に大きく頷き、ありがとうと言ってから大統領がシュバイツ准将とマッキンレー外交部部長を見て


「そういうことだから。今回は出発前の打ち合わの通り通常の燃料でのNWPワープシステムとAI技術だけを開示しすることで話を進めよう。私の本音を言えばそれだけでも十分だと思っている。カートリッジエンジンやレーダーの性能開示についてはいくら同盟を結ぶ相手だとしてもその開示はすぐにすべきでないと考えている」


「仰る通りです。できればずっと非開示にしたいというのが情報部の考え方です」


 准将が言った。NWPワープシステムは素晴らしいが通常の燃料ではかなりの量を使用する。燃費が良いとは言い難い。シエラではエンジン本体についても既存の燃料ではなく自星で取れる鉱産物からカートリッジを作成することに成功しているので燃料問題は解決しているが太陽系連邦政府にそこまでやる必要はないだろうと言うのが情報部の総意だ。また高性能レーダーについても同様の考え方を持っている」


「外交部としても同じです。実際にはNWPワープシステムの開示のインパクトの大きさを考えるとそれ以外に我々がまだ最新技術を保有しているとは思わないでしょうしこちらから開示する必要はないと考えております」


 マッキンレーが言い終えると


「二人の言う通りだ。たとえ相手が信用に耐えうると判断してもだからと言ってこちらの手の内を全部晒す必要はないからな」


 大統領がそう言ってこの話は終わった。


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