第45話 地球人とシエラ人 

 食事が終わると大統領以下、乗客は2階の自室に戻っていったが、シュバイツ准将とアンドリュー中佐だけはメインルームに残ってケンとソフィアと4人で話をしていた。機体はアイリスが自動操縦で動かしている。


「太陽系連邦政府との交渉だが到着後の翌日から開始されるその交渉は大統領と外交部が出席し我々情報部は列席せずに別の場所で太陽系連邦軍参謀本部との打ち合わせを行う。おそらく最初は一般的な情報交換となるだろう。

 外交部の見方ではその日のうちに同盟の合意に達し、翌日に正式に調印となる流れだ。調印すると我々と相手の参謀本部とは突っ込んだ話し合いをする。AIやNWPの話だ。相手からは艦隊製造に関する話が出てくる。今回船に同行している造船所所属のマーベルとアンジーは我々情報部と行動を共にして彼らの技術者と打ち合わせを行うことになっている。言わば技術面でのサポートだ。

 したがって地球到着後はアイリス2はケンとソフィアの二人だけを乗せたまま向こうが指定した空域での待機となる」



 アンドリュー中佐の説明を聞いてわかりましたと返事をする二人。聞いている限りでは今回の交渉はスムーズに行きそうだとケンは感じていた。


「今回の交渉は言わばスタート地点だ。問題はこれからなんだよ。アイリス2をシエラと太陽系との連絡や交渉の手段として利用し人や書類を運ぶことを想定している。かなりの頻度で行ったり来たりを繰り返す事になる。それを事前に言っておこうと思ってね」


 聞いていたケンはテーブルの向かいに座っている二人を見て、


「この船は情報部と契約しています。契約した時点でそうなると思っていましたから驚きはないですね。ソフィアともこれからNWPワープでで行ったり来たりの生活になるぞって話をしていましたから」


「流石にケンだな。そこまでわかっていてくれたのなら話は早い。アイリス2というカモフラージュを最大限に利用させてもらうよ」


「ソフィアもわかってましたよ。だからシエラでは一軒家ではなくて家にいない不在期間が長くてもセキュリティ面で安心できるマンションを契約したんですよ。これは彼女のアドバイスです」


 ケンが言うとシュバイツ准将とアンドリュー中佐がソフィアに顔を向けて准将が言った。


「成長している様でなによりだ」


「ありがとうございます」


 アイリス2の飛行は順調で宇宙空間を巡航速度でNWPのポイントに向かって疾走していた。いったん部屋に戻っていたブランドン大統領が一人で階段を降りてきた。察したソフィアがすぐにコーヒーを作ってテーブルの上に置く。


「ありがとう。それにしても部屋も広くて快適だよ。船も全く揺れないし本当に宇宙船に乗っているのだろうかと時々窓から外を見て確認しているくらいだ」


 快活に言う大統領。コーヒーを飲んでいると会議室から外交部と情報部のメンバーが出てきた。そのままテーブルに座ると皆でコーヒータイムになり、ソフィアが気を利かせて2階にいる人にも声をかけると結局全員が降りてきた。NWPまではまだ1時間ちょっとある。


 皆で雑談をしてそれが一区切りついた時に大統領がケンに顔を向けた。


「ところでケン、君は地球人だ。今回同盟契約を結ぶ相手も太陽系連邦政府と言いながらも実態は地球人だ。君にこんな事を聞くのはどうかとも思うが、地球人の物の考え方や思考回路について一般論でいいから教えてくれないか?あるいは君がシエラ星の人と付き合っている中で違和感を感じる部分なんかでも良い」


 大統領の言葉で全員が雑談をやめてケンを見る。シュバイツ准将が言った。


「今の大統領の言葉に補足させて貰うと、大統領は決してケンの話を聞いて交渉を自分達に有利に運ぼうという考えは持っておられない。むしろ相手側の考え方を事前に知る事によってより中身の濃い交渉ができるのではないかと考えておられるのだ」


 そう。その通りだよと大統領が言った。ケンはわかりましたと頷いてから、


「今のご質問については私が答えられる範囲でお答えしますが同時にソフィアにも聞いてください。彼女は私と一緒にいる時間が長い。彼女なりの地球人に対する見方というのがあると思いますので」


 准将は頷きながらまたケンに対するポイント、評価を上げていた。常に複数のルートからの情報を取ろうとする。今の質問でも普通の人なら自分の意見を言って終わりだろう。だがケンは常に公平だ。自分以外の意見も聞いて判断してくれと言う。


 少し考えてからケンが口を開いた。


「自分は地球に生まれて23年間、今から4年前まで住んでました。23歳で中古のボロ船を買って太陽系からブルック系に仕事を求めて小口の運送会社を始めましたがこれは地球人の中では極めて珍しい例となっています。ほとんどの地球人は太陽系内での仕事に従事し外の星系にそれも一人で出ていくという発想をしません」


 ソフィアは落ち着いた表情でテーブルを回っては各自のコップにコーヒーを継ぎ足していた。


「地球人は信義に厚いというのが他星系での評価です。これは地球人に対して非常に好意的な発言となっていますが実態は少し違うと自分は思っています」


「少し違う?」


 ええそうですと聞いてきた准将に答えるケン。


「太陽系は狭い。そしてその狭い太陽系には地球人という単一の人種しか住んでいない。そこでもし不義理をすると生きていく場所がなくなる。一度失った信用を取り戻すのがどれだけ大変なのかをたいていの地球人の大人は知っています。だから約束を守り、周りに迷惑をかけない様にして生きているのです。ある意味そういう行為は周りの為というより自分の保身のためにやっているとも言えます」


 地球人のケンが自分の星のことを辛辣に言うその言葉にびっくりする周囲の人間。


「地球には今言った文化というか考え方が過去から脈々と流れています。そして地球人は狭い社会で自己完結して生きていけるからこそ他の星との交渉が下手なのだと思います。地球人の一般的な考え方はこちらが誠意を見せればそれは必ず相手に響くと思い込んでいることです。逆に言えば言葉の駆け引きは得意ではありません」


 そこでカップに入っているコーヒーを1口飲むケン。


「自分もブルックス系で商売を始めた頃はよく騙されました。相手の言葉の裏を読むなんていう教育は受けてこなかったのですから。何度も騙されながら相手との駆け引きというか言葉の裏を読むことを実地で学習しました。ただそれと同時に私が地球人だということで安心して荷物を任せられるよと言ってくれたお客さんもそれなりにいました。彼らは物を運ぶという重要な仕事は信用できる業者でないと大きな損を出してしまうと言ってました。その点地球人なら安心だというのです。

 悪い言い方ですが自分は他星の地球人に対するイメージを利用して商売をしてきたとも言えます。失敗と成功を繰り返してなんとか今の自分があると思っています」



 そこで一旦言葉を切ったケン、


「次に地球人とシエラ人との違いですが、これについては私が奇異に感じることはほとんどありません。外見はもちろん、考え方についてもお互いに非常に似ていると思います。他のブルック星系に住んでいる星の人に比べると地球人とシエラ人は常に一歩引いた立場にいて目立とうとしないという文化が根付いている。おそらく自星で全て自己完結できるからでしょう。他人の協力をあてにせずまずは自分達でやってみようという気概に溢れている。自分は運送屋ですから政府間の交渉なんてどうやるのか想像もつきませんが聞いている話では今回は太陽系連邦政府から来た話がきっかけだったとか。それが事実であれば太陽系政府はこちらに誠意を見せてくると思います。まずは自分でやってみようと考える地球人がシエラに話を持ちかけてきたのですから」

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