第44話 目的地、地球

 19時を少し回った頃、15番ピアにエアカーが数台到着し中から外交部の一行が降りてきた。ソフィアが機体の入り口で彼らを出迎える。

 

 先頭で外交部部長のマッキンレーが、その後に副部長のアン、そして外交部の部長の補佐官をしているキャリーの順だ。


「今回はよろしく頼むよ、ケン」


 ソフィアの案内で2階に上がってきた一行。マッキンレーがそこにいたケンを見つけて声をかけてきた。


「こちらこそよろしくお願いします」


 マッキンレーもこの出張が決まってからケンと顔合わせをしている。


「またお世話になるわ、よろしく」


 アンは2回目だ。ケンとソフィアが挨拶を返す。


「キャリーです。今回はよろしくお願いしますね」


 初対面のキャリーと挨拶を交わすケンとソフィア。3人との挨拶が終わるとソフィアが彼らを2階の部屋に案内する。准将の隣の部屋がマッキンレー、その隣がアンそしてその隣がキャリーとなっている。


 外交部の職員が彼らの荷物を部屋に運び込んで機体から出ていった。


「大統領が自宅を出られました。到着は20分後」


 19時30分を過ぎたころ通信がアイリス2に飛び込んできた。ソフィアは2階の各部屋を回って乗客にそれを伝えるるとすぐに部屋にいた全員が階段を降りてメインルームに集まってきた。


 ソフィアが大統領の出迎えのために1階に降りて開いている乗降口で待機しているとピアの入り口付近がざわざわとし、すぐに軍の兵士達に囲まれてブランドン大統領とその背後に2名の補佐官がピアに停泊しているアイリス2に近づいてくる。


 ソフィアも思わず敬礼をして出迎えると、


「堅苦しい敬礼はいらんよ。それより世話になるよ」


「はい。大統領」


 ソフィアの後に続いて大統領、2名の補佐官、そして3名の大統領府の職員が2階にあがてきた。待っていた全員が頭を下げて大統領を出迎える。ケンも同じ様に頭を下げていた。船旅なので大統領もラフな格好だ。


「久しぶりだね、ケン。実は今回は会談よりもケンのこの宇宙船に乗れる方が私には嬉しくてね。ワクワクしてるんだよ」


 気さくな大統領が言うと場の雰囲気が和む。ソフィアの案内で一行は2階に上がっていく。廊下の突き当たりのケンの右隣の部屋は大統領専用ルームに改装されていてそこに案内するソフィア。補佐官のケイトとビルはソフィアの隣の部屋に案内する。


 2階の部屋割りは廊下から船長室を奥に見て右側が奥からブランドン大統領、シュバイツ准将、マッキンレー外交部部長、アン外交部副部長、キャリー外交部補佐官、アンドリュー情報部中佐となり、左側はソフィアの部屋の隣がケイト補佐官、ビル補佐官そしてドックの職員であるマーベル、アンジーという並びになった。 アン、キャリー、ケイトそしてアンジーの4名が女性乗客だ。



 大統領府の職員達が荷物を置いて機体から出ていくとアイリス2の乗降口の扉がしっかりと閉じられた。時刻は20時05分だった。


「エンジン作動」


『エンジンスタートします。計器類全て異常なし』


 全てがAIが行うことができるがまずはケンが指示をだしてアイリスが復唱する。この機体独特のルールだ。


 ケンの言葉をアイリスが復唱しエンジンが作動を始めた。同時に各客室のドアの上にあるランプが警告音と共に赤色になる。


 大統領以下乗客は皆シートベルトをしっかりと締めた。メインルームにはケンとソフィアの二人だけが椅子に座っている。


『シートベルトロック確認』


「ソファ、出港の通知を」


「アイリス2、出港します」


 ソフィアがシエラ港湾局に告げた。


「了解。良い旅を」


 港湾局からの短い返事が返ってきた。


「出港」


 ケンの言葉でアイリス2がゆっくり上昇をはじめ、上空で向きを変えると加速して宇宙空間に向けてシエラ上空を加速していく。


「エンジン出力80%まで上げてくれ」


『エンジン出力80%まで上げました。出力安定』


 一気に宇宙空間に飛び出したアイリス2。


「このまま巡航速度まで加速」


『巡航速度まで加速します』


 

 地上では関係者らがアイリス2の出港を見送っていた。スコット大佐は浮き上がった機体を見ながら呟いた。


「頼むぞ、ケン」



『巡航速度に入りました。目的地点のNWPワープポイントまで4時間52分です』


 アイリスの声と同時に点灯していた赤いランプが消える。ケンはそのまま座っていたがソフィアはベルトを外して立ち上がるととキッチンに向かっていった。


 シュバイツ准将が一番最初にメインルームに降りてきた。それから乗客が続々と階段を降りてくるが大統領だけがしばらく降りてこなかった。


「いや、部屋の窓から我らのシエラの3つの星を見てたんだよ。自分の星を外から見る機会というのが最近全くなかったからね」


 遅れて降りてきた大統領がそう言うと皆が納得する。そうして同じ様にキッチンのテーブルに座ると、


「これは想像以上に立派な食事じゃないか。美味しそうだ」


 とテーブルに乗ってある料理に目をやる。既に座っていた他のメンバーは大統領がさぁ食べようとフォークを手に持ったのを見てから食事を始めた。


「迎賓館の様にはいきませんが」


 ソフィアが恐縮して言うと、フォークに突き刺した肉を食べていた大統領。


「宇宙船に乗ってそんなことは誰も期待しておらんよ。実はもっと簡素な食事を想像していたんだよ。それにしても本当に美味いな」


「ありがとうございいます。機内での娯楽が多くありませんから食事は少し豪勢にしようというのがケンと私の考え方です」


 ソフィアが言うとなるほどと頷く大統領。そうしてケンを悪戯っぽい目で見ると、


「シエラの自宅でもソフィアは美味しい料理を毎日作ってくれているのかい?」


 そう冷やかしてくる。ケンが


「ええ。美味しいですよ」


 その答えで全員が笑った。新婚夫婦を揶揄うのはどこでも同じだ。


「今から約5時間はこの巡航速度でNWPワープポイントまで進みます。殆どの空域がシエラの管轄内になっており、航路上に脅威となるものはありません」


 ある程度食事が進んだところでケンが全員を見て言った。皆食事を続けたりケンの顔を見たりしながら黙って彼の話を聞いている。


「その後指定の空域に到着後ただちにNWPワープに入ります。ワープイン、ワープアウト時にわずかなGがかかりますが気にされる程のレベルではありませんのでご安心ください。NWPワープの時間は55分間、ワープアウトのポイントは前回の会談が行われた太陽系の一番外側の空域となります。そこからは太陽系内を移動。巡航と通常ワープを繰り返し、NWPワープアウトしてから約40時間後に地球に到着予定です」


「55分でここから太陽系まで行けるのか」


 マッキンレー外交部部長が持っているフォークを置いて声を出した。


「それだけNWPエンジンが優秀だということになりますね。私は前回乗せて貰いましたけど殆どショックも感じなくワープしたかと思ったらかなりの距離を移動していました。NWPエンジンは素晴らしい発明です」


 アン外交部副部長が言うとそれに続いて


「アン副部長の言う通りだ。これもケンがアンヘル博士の研究結果をシエラに持ち帰ってくれたから成し遂げられたんだよ」


 大統領の言葉に大きく頷く他の乗客達。彼らは皆この船の船長のケンの功績を十分に理解している。


 ケンは恐縮していた。ほんの1年前はボロ船にのって荷物を運ぶだけの小口運送屋だったのが今や最新鋭の機体の船長で大統領を乗せて飛行するまでになっている。


 しかも情報部との雇用契約で考えられない程の給与が毎月定期的に国家から支払われる。いただく給与いやそれ以上の仕事をしなければと気持ちを引き締めていた。


 食事が終わるとソフィアがコーヒーを各自にサーブしていく。


「これはいい豆を使ってるね。美味しいコーヒーだ」


 一口飲んだマッキンレーが言うと確かにいい香りだと大統領。ケンがコーヒーについてはソフィアが銘柄を決めて購入していますよと言う。


「情報部時代からコーヒーは好きだったので色々な豆のコーヒーを飲んでいたんです。これが私が一番気に入ったのでアイリス2にはこの豆を沢山積んであります。いくらでもおかわりしてください」


「ソフィア、この豆はどこで売っているの?」


 補佐官のキャリーの言葉をきっかけに女性達が情報交換を始めた。私もそこで買おうかなとかあそこにも売っていますよとかだ。


「准将、君はコーヒー豆を買いに店とかに行くことはあるのかい?」


 女性同士の会話を聞きながら隣に座っているシュバイツに大統領が顔を向けて聞いてきた。


「まさか。全て女房任せですよ」


「実は私もだよ。自宅では家内が、そして官邸では大抵ここにいるケイトやビルが手配してくれているので自分では行ったことがないんだよな」


 大統領はそう言うと今度はケイトとビルの二人の補佐官に顔を向けて


「今官邸で飲んでいるコーヒーよりこちらの方が美味しい、そう思わないかい?」


「仰る通りです。私も一口飲んでびっくりしました。今までは過去の慣例で同じブランドの豆を購入していましたが次回からはこのコーヒー豆に変更しますね」


「是非そうしてくれ」


「わかりました」

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