第39話 契約

 翌日ケンとソフィアは情報部に顔を出した。


「ゆっくり休めたかい?」


「おかげ様で」


 スコット大佐の出迎えを受けた二人は早速地下の本部に降りていく。3人が会議室に入るとすぐにアンドリュー中佐、そしてシュバイツ准将も部屋に入ってきた。


 挨拶を終えると早速だがと大佐が言って雇用契約書をケンに渡す。その内容を見るケン。目を通しながら途中で顔をあげた。


「燃料代以外に水や食料代など全ての経費がそちら持ちになってますけど?」


「その通りだ。アイリス2の飛行に関わる経費は全て我々が負担する。もちろん機体のメンテナンス代もだよ。我々の仕事以外での通常の運送業務についてもその仕事の過程で得た情報がシエラに取って有益な場合もあるということで全ての経費をシエラ情報部が負担することにした」


 流石のケンもまさかそこまでとは思っていなかった。雇用金額についてはアイリス2の中で大佐が言った金額になっている。


「ソフィアの給与は?」


「彼女は情報部所属であり同時にアイリス2の乗務員でもある。給与については従来の情報部少尉としての給与の他に特別任務についている手当が毎月支給される。従ってケンから彼女に給与を払う必要はない」


 隣を見るとソフィアも頷いていた。


「わかりました。契約期間はサインをした日から3年間。延長する場合には半年前に通知し双方が合意することにより1年間の延長が可能。延長回数の制限無し。これで問題ありません」


 そう言って双方が契約書にサインをした。これでケンはアイリス2と共にシエラ星の情報部の専属となった。


「これで情報部はケンをこき使えるぞ」


 サインを終えると准将がケンとソフィアを見て笑いながら言った。


「ほどほどでお願いします」


 と返すケン。


 ひとしきり笑った後でスコット大佐が、


「今後アイリス2との窓口はアンドリュー中佐となる。船として要求することがあれば中佐に連絡をしてくれ。24時間いつでもドアは開いている」


「とりあえずは帰星したばかりだし機体の内部変更もある。当面はシエラ星にて待機することになるだろう」

 

 中佐が言うと頷く二人。


「この後は私と造船所に向かってもらう。聞いていると思うが将来を考えて10名の乗員が乗り込んで休める様に個室を増やしたい。その作業の打ち合わせを造船所の職員と一緒に検討する」


 問題ありませんとケン。


「同時にこの星でケンとソフィアの住居も探す必要があるだろう?情報部としていくつか候補を見繕っているのでこちらは明日以降で二人で見て決めて貰いたい。流石にプライベートまで情報部が関与するわけにはいかないからな。もちろん自分達で決めてもらっても全然問題ない」


「優秀な情報部員であるソフィアなら家の選択も間違いないだろう」


 中佐に続いて准将が言うとソフィアの顔が赤くなったが表情は満更でもなさそうだ。

 ケンとソフィアの関係は隠すこともしなかったこともあり関係者には知れ渡っている。


 准将が真面目な表情になってケンを見た。


「今回の太陽系訪問はお互いにとって非常に有意義なものになった。と同時に双方共に一気に形にしてしまおうという気運になっている。今しばらくはお互いに書類仕事があり連絡は高速通信でのやりとりになるが、そう遠く無いタイミングで再びあちらに出向くことになるだろう。そうしてその後は頻繁に行き来が行われる。同盟契約を結び機密保持契約を締結してからになるだろうけれど、どこかでNWPの技術も開示する。そうなるとNWPを積んでいるアイリス2の出番になる」


「わかりました」


 情報部での打ち合わせを終えると中佐とケン、ソフィアの3人は情報部のエアカーで首都ポート15番ピアに向かった。ポートの敷地内に入ると15番ピアに向かう専用のアプローチができており、至る所にセンサーが設置されている。


 見えるだけでこれだけの数だ。実際はもっと多いだろうとセンサーを見ながらケンが思っていると15番ピアの前にエアカーが止まった。そこの入り口には軍服を聞いている兵士2名とその詰所があり数名の兵士が詰所の中に控えている。


 ケンとソフィアは自分の目をセンサーに当てて登録した。


「これで次回以降はフリーパスだ。もっとも乗務員である二人の顔はここのメンバーは皆知っているけどな」


 そう言う中佐に続いて15番ピアの中に入るとそこは高い壁で仕切られていた専用のピア兼ドックになっていた。アイリス2がその中央に船首を外に向けて停泊していた。


 中佐ら一行が中に入ったタイミングで15番ドックの職員や作業員らが集まってきた。皆厳しいセキュリティチェックをパスした者たちばかりだ。


 全員でアイリス2に乗り込むとメインルーム奥のキッチンテーブルに集まりそこで打ち合わせをする。AIのアイリスも参加だ。


 職員がPCを立ち上げてテーブルの上に3Dの機体マップを映し出し説明をする。


「ケンとソフィアの部屋以外に10室の部屋を設置する必要があります。そのために今の貨物室を小さくしそこに部屋を作るという方向で検討しています。今投影しているのは今のアイリス2の機体内部です。これを最終的にこの様に変更したいと考えています」


 そう言ってもう1つ3Dの機体マップを投影した。口頭の説明通りに貨物室は以前の65%程の広さになっており、2階部分が船尾方向に伸びて客室が増えている。


「これはアイデアですのでいくらでも変更できます」


 そう言ってまず聞いてきたのはケンの船長室とソフィアの部屋をどこにするかと言うことだ。彼らのアイデアでは一番奥に船長室、その隣がソフィアの部屋になっている。それぞれの部屋の広さは今と同じらしい。


 2階の中央に通路がありその通路の突き当たりが船長室。奥に向かって船長室の左側にソフィアの部屋。そうしてその隣に客室が4つ並び、船長室を見て通路の右側には客室が6つ並んでいた。


「中2階部分は従来通りのメインルームはそのままで、奥は少し広げました。メインルームから見て右側にキッチンとテーブル。左側は打ち合わせ用の14名まで入れる会議室をこちらに移動しました。それと客室には机と椅子の他にシートベルトが着用できる椅子も設置しました。これでメインルームに行かずに自室でシートベルトをすることができます。キッチンの奥にもまだスペースがありますのでそこに食料と水の保管庫を新たに作ります」


 職員の説明を聞いていたケン。ソフィアを見ると


「いいんじゃない? 客室でシートベルトを締められるのはいいわね」


「アイリス。どうだ?」


『貨物室は現在の65%となり積載可能な荷物は大型コンテナ1基、小型コンテナ3基とこの前ケンに報告したのと変化ありません。食料、水などについては1階の現行の保管庫に加えて中2階にも作ることにより12名の定員が乗船している状態で4年と2ヶ月分となります』


 アイリスの報告を聞いたケン。職員を見て


「ボスもああ言ってるしこちら側には不満はない。そちらのアイデアで行きましょう」


「1階のエンジン部分についてはあのままです。アイリス2の飛行記録を見ましたがNWPエンジンについては当初の設計通りの性能が出ていました」


 その言葉に頷くと別の職員が


「部屋の変更に伴い配線などの変更の必要があります。工事期間は2ヶ月を予定しています。同時にAIのアップデートやレーダー等の精密機器の更新も行う予定です」


 職員に続いてアンドリュー中佐が二人を見て


「相手との交渉だがここ3、4ヶ月は高速通信でのやりとりになる。2ヶ月の修理期間は全く問題ない」


 その言葉に頷くケン。


 大筋が決まるとあとは現場の職員の仕事だ。ケンとソフィアはドックの関係者に礼を言うと一旦15番ピアから離れた。


「このまま情報部に向かって私を下ろしてくれ、新居のデータはソフィアの端末に送ってある。このエアカーを好きに使ってくれて構わない。シエラ星滞在中は君たちの自家用車になる」


「何から何までありがとうございます」


 中佐にお礼を言うケン。


「こちらにも十分にメリットがある話だ。遠慮する必要はないさ」

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