第38話 首都ポート15番ピア

『ワープアウトまで5分です』


 漆黒の空間をNWPで飛んでいるアイリス2。全員が椅子に座ってシートベルトを締めている。帰路の2度目のNWPだ。数回経験すると全員が慣れて今では誰にも緊張した表情はない。


『ワープアウトします』


 軽く前のめりになると宇宙空間が現れた。


『周囲1,000万Kmに脅威となる人工物なし。このまま巡航速度にて飛行します』


 その声で全員がシートベルトを外した。


「ここからは通常ワープのみです」


 オペレーションルームに3Dの航路図が出てきた。アイリス2の赤い点は既に行程の半分以上を進んでいてブルックス星系の端に位置するシエラに向かっている。


「現在のところシエラ第3惑星到着は今から12日後のシエラ時間の朝9時の予定です。次のワープをした後でシエラには連絡を入れる予定です」


 ケンの説明を聞いていた3人。


「わかった、その手配にて問題ない」


 シュバイツ准将が言い、彼らは各自の部屋に戻っていった。


「ソフィアも休む時間だろう?」


「そうね。じゃあ8時間後に。そうだ、コーヒー要る?」


「そうだな。貰おうか」


 ケンはまだ8時間勤務を続ける必要がある。カフェインは必要だ。ソフィアがケンのマグカップにコーヒーを入れて船長席の横にあるテーブルの上に置くと


「じゃあ後でね」


 そう言って階段を上がっていった。


「アイリス。航路上に障害となりそうなのはあるかい?」


『今の所何もありません』


「デブリ、帰属不明の船、その他気がついたら報告してくれ」


『わかりました』


 アイリスに操船を任せているので2階の船長室にいても何も問題はないのだがケンは仕事の時はいつもメインルームにいた。アイリスからは船長室にはここと同じ設備やモニターもあるしこのメインルームでする仕事と同じ仕事ができるのにどうしてケンはいつもここにいるのですか?と聞かれたことがある。


「前の船の癖が残っているんだろうな。メインルームに誰もいないという状況が不安で仕方がないんだよ。別にアイリスを疑ってるとかそんなんじゃない。気持ちが落ち着かないというかね。まぁ自分の気持ちの問題だよ」


『ケンが私を信頼してくれているのは十分に理解しています。ケンがそこにいることで適切な判断を下せると考えているのであれば私から言うことはありません』


 前の船は乗組員が自分一人だった。AIも何世代も前ので半分以上はマニュアルでの操作が必要な船だった。睡眠時間をとるのも苦労したがそれでもあの時はそれが苦労とは感じなかったケン。身体一つで荷物を運んで生計をたてるという生活に全く不満はなかった。


 こうして新しい船になりアシスタントもついているがケンのルーツは最初の船だ。あの船に乗って教えられた事が今の操船や仕事にも役立っている。自分のスタイルをできるだけ守りたいとケンは考えていた。




「アイリス、シエラと通信を開いてくれ」


『シエラ港湾部と通信が繋がりました』


 モニターに顔見知りになった港湾部の担当者の顔が映ると


「こちらアイリス2、ケンだ。現在巡航速度でそちらに向かっている。ETAは今から2日と3時間後の予定」


「久しぶりだな、ケン。アイリス2については話が来ている。ETAについても了解した。シエラ第3惑星の首都ターミナル15番ピアに向かってくれ」


「了解。シエラ第3惑星首都ターミナル15番ピアに向かう。手配に深謝する」


 やりとりを終えると椅子から立ちがって


「お聞きの通りです。シエラ到着は明後日のシエラ時間で10時。予定より1時間遅れましたがここまでくれば10時より遅れることはないでしょう」


「了解した。ケンはとりあえずシエラに着いたらいつものホテルを予約してあるのでその日はゆっくりと休んでくれ。15番ピアというのは整備ができるピアになっている。わざわざドックに行かなくてもそこで修理、点検ができる特別なピアだ。というか15番ピアはこれからはアイリス2の専用ピアとなることが決まっているんだよ」


 その言葉にびっくりするケン。その表情を見てしてやったりの表情の准将。


「情報部と契約をする以上任務や機体の機密保持は必須になる。ここ数日間政府や港湾局とも通信をしていて首都ポートシエラのターミナルの一番端にある15番ピアをアイリス2の専用ピアにすることで関係機関より合意を取り付けてあるんだ。もちろん船のメンテナンス要員も造船所時代からの関係者のみとなっている」


「ありがとうございます」


 情報部はケンが専属の契約を受けたという連絡を受け取って以来アイリス2を有効に利用しつつ同時に外部の目から隠す方法を検討してきた。そして今准将が言った様に首都ポートでアイリス2の専用ピアを作り、そのピアは周囲とは隔離して関係者以外立ち入り禁止としセンサーを多数配置して万全の機密保持体制を作り上げた。


 全ての手配が終わったと大佐がシエラ星情報部からの報告を受けたのは到着の1週間前だった。


 これによりアイリス2は常に最新の整備を受け、AIも随時アップデートされることになる。国を上げてアイリス2の秘密を守ることになる。


 また今回アイリス2が着岸後、直ちに機体内部の手直しを行い、貨物室を小さくし客室を増やす工事の手配も既に終わっている。


 ケンの知らないところでアイリス2とケン、ソフィアをフォローする体制がシエラ情報部を中心として進められていた。



『シートベルト着用』


 成層圏に向かっているアイリス2の機内でアイリスの声が響く。ガラス越しにシエラの美しい星が真正面に見えていた。


 すぐに機体が成層圏に入り、そこを抜けるとシエラの地表が見えてきた。


『機体異常ありません』


「このまま15番ピアに向かってくれ」


『わかりました』

 

 機体は前方をやや斜めに下げた状態で成層圏を越えると機体を水平に戻し機体を旋回させながらゆっくりと高度を下げていく。


「エンジン出力ダウン」


『エンジン出力ダウンします』


 ケンの声を復唱するアイリス。アイリス2は徐々に高度を下げていった。


『地表まで100メートル。エンジン出力20%にダウンします』


「OKそのまま下降。高度10メートルで出力10%に」


『わかりました』


 この指示も本来なら全てAIが行うがケンは自分が指示することで自分の飛行技術のスキルが落ちない様にしていた。


『地上まで5メートル、2メートル』


 わずかな着地の衝撃があり


『着地しました。機体に異常なし』


 全員がシートベルトを外すとケンとソフィアは先に階段を降りて扉を開ける。向こうには情報部の部員や外交部の職員らが待機していた。


 最初にシュバイツ准将が階段を降りてきた。そして出口で見送りのために立っていたケンとソフィアと握手をし、


「君たちのおかげで快適な旅ができたよ。引き続きよろしく頼むよ」


 次にアン副部長が階段を降りてきた。同じ様に二人と握手をして、


「お世話になったわ。准将もおっしゃってたけど本当に快適な旅だった。正直もうちょっと乗っていたかったくらいよ」


 と笑いながら言い、


「シエラのためによろしく頼みますね」


 と出迎えの外交部職員らとデッキから離れていく。最後に大佐が降りてきた


「ご苦労様だった。ケンもソフィアも今日はゆっくりと休んでくれ。ホテルは予約してある。情報部のエアカーを1台残しているからそれを使ってもらって構わない。明日の朝に連絡を入れる。このアイリス2の内装の手直しについてはケンやソフィアの意見も聞かないといけないからな。その打ち合わせをしたい。じゃあまた明日」


 そう言って大佐が機体から離れていった。アイリス2として最初の太陽系への往復の仕事が無事終わった。


 全員が下船するとケンとソフィアも荷物の入った鞄を持って船の外に出る。大きく息を吸ったケン。そうしてソフィアを見て、


「さてと、俺はホテルに行くがソフィアはどうするんだい?」


 聞かれたソフィアはケンの目を見て、


「大佐は言い忘れてたみたいけどホテルの部屋は2人用のスイートルームを準備してあるのよ」


「なるほど。そう言うことか」


 鞄を持っていない手をケンの腕に絡めてきたソフィア。二人で寄り添って歩きながら情報部が用意したエアカーに乗り込んでいった。

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