第37話 帰還

 6時間後、アイリス2は再び基地の5番ゲートに着岸した。ケンは船長席に座ったままでソフィアが扉を開けて3人を迎えた。


『乗降員扉が閉まりました。エア漏れなし。いつでも出発できます』


 アイリスの声とほぼ同時にソフィアを先頭にして3人が階段を登ってきた。


「待たせたね。全て終わったよ」


「お疲れ様です。とりあえず荷物を置かれますか?それとも出港して巡航速度になってから部屋に戻られますか?」


 ケンの言葉に准将が


「出発しよう。巡航速度になるまで時間はかからないだろう?」


「ええ。数分ですよ」


「ベースワン、こちらアイリス2。これより離岸する」


「こちらベースワン、了解した。帰路も気をつけてな」


「ありがとう」


 通信を終えるとアイリスに指示を出すと


『出港します』


 の声と同時に機体がゲートから離れると徐々に加速してブルックス系に向かって飛び出していった。


 機体が巡航速度になると3人は部屋に荷物を持って上がりしばらくして准将と大佐が階段を降りてきた。


「副部長のアンは部屋で休んでから仕事をするらしい」


「しばらくはワープもありませんからね。お二人も休まれてはいかがです?」


 ケンが言うと大佐が


「休む前にシエラのコーヒーが飲みたくてね」


 そう言うとソフィアがすぐに立ち上がってキッチンでコーヒーを淹れる。すぐに良い香りがケンの座っている席にも漂ってきた。


 操船をアイリスに任せるとケンもキッチンに移動する。准将と大佐、そしてソフィアが座っているテーブルに腰掛けるケン。


「帰路は宇宙風が逆風になっている箇所を数箇所通る関係で往路よりも8日程遅れての到着になります」


「ソフィアからも報告を受けている。そして彼女にも言ったが安全重視、機密保持重視で飛行してくれて構わない」


 大佐が答えるとわかりましたとケン。


「待機中は何も問題はなかったかい?」


 准将が聞いてきた。


「ええ。待機ポイントで待っているだけでした。アイリスにも確認しましたが機体をスキャンされた形跡もありません」


「彼らもそこまで非常識ではないだろうからな」




 秘密基地のトップであるエンドウはレーダー上で高速で太陽系から離脱していくアイリス2の機影を見ていた。


「結構スピードが出る船ですね」


「リンツ星所属と言いながら実際にはシエラ星で造られたのだろう。小型の貨物船であの速度だ。良いエンジンを積んでいるんだろうな」


 隣で同じ様にモニターを見ている副官の言葉に答えるエンドウ。それにしても彼らが乗ってきた機体の船長が地球人だったとはな。


 地球人で太陽系の系内から飛び出して外で活動をしているのは多くはいない。それは太陽系内で十分に仕事があるのと他の星系に飛び出してまで商売をやろうという気概を持っている人が少ないからだ。


 他の星系からは地球人は信義に厚いと言われている一方で、地球人は内弁慶だ。殻にこもってじっとしているのを好み周囲との摩擦をできるだけ避ける人種だと言われているがもうそんな時代じゃないんだ。あのケンの様にボロ船1つで太陽系を飛び出して商売をやる様な奴らがもっともっと出てこなければこの太陽系は発展しないとエンドウは感じていた。



 アンは自室でPCに向かって今回の会談の報告書をまとめていた。これはスコット大佐も作ることになっていてお互いにまとめたものを突き合わせて最終的にシュバイツ准将の承認をもらってから外交部、そして情報部と自分達が属する本部に提出することになっている。


 それとは別にシエラ星の大統領府からは会談終了後に概略を通信にて報告する様にと指示を受けていた。


 アンはまずは通信報告用として簡単に会談のポイントをまとめたレポートを作成するとスコット大佐に原案を見せる。


「いいんじゃないですか。簡潔だし万が一第三者が見ても内容が推測できない」


「じゃあこの内容で送信しますね」


 アンは自室からシエラ大統領府にNWPによる高速通信を発信した。その内容は、


ー お見合いをするとお互いに相思相愛であったことが確認できました

ー お互いの気持ちの確認をしましょうとサインを交換

ー 双方共に次もできるだけ早く会いたいですねと

ー その節はこちらからまたお邪魔しますと伝えておきました


 短い文章だが内容は十分伝わるだろう。これを受け取った大統領府はすぐに本格的な同盟調印書の作成の指示をだすだろう。太陽系連邦政府も同様の書類の作成に入るが今回の会談から見るに文書の内容に大きな隔たりはなさそうだ。


 条件面については物が物であり最高機密のノウハウなので軍情報部の意見が重視される。シエラに戻ったら大統領府と情報部との打ち合わせが今以上に増えるわねと会談のレポートを作成しながらも最初の交渉が上手くいき気分が高揚しているアンだった。



「会談の内容や結果について気にならないかね?」


 夕食を全員で食べている時に准将がケンを見て言った。他のメンバーは食事の手を止めて顔をケンに向ける。


「なりませんね。会談が上手くいったんであろうことは3人の表情を見てもわかります。会談が上手くいったということはお互いにメリットのある結果になったということです。互いに足りないところを補完することができそうだってことですよね。となると聞かずともどう言う結果になるのか想像できます」


 ケンはあっさりと言った。そして一旦言葉を切ってジュースを口に運ぶと、


「それにこっちは吹けば飛ぶ様な小口の運送屋の船長です。船員もソフィア1人の零細企業ですよ。国と国、星と星との話に口を出す立場じゃない。自分の仕事は皆さんを無事に目的地に送り届け、無事にシエラに帰星させることですから」


 そう言って目の前の皿にある食事にフォークを突き刺すケン。

 余計な好奇心を露にしないのも間諜として必要な条件だと准将は昔の訓練を思い出していた。そして目の前の男は聞かずとも状況を察することができる。さらにいつも自分の立場を忘れない。口も固いし理想の間諜だなと思いながらケンを見ていた。


「シエラに戻ったらケンとの雇用契約書を作成するのでサインをしてくれよ」

 

 准将が言うと、顔を上げたケン。


「もちろん。大佐にも受けると言いましたから。それは大丈夫ですよ」


「太陽系政府の連中も感心していたよ。まさか我々が小型の輸送船で来るとは思っても見なかった様だ」


「それについては情報部の作戦勝ちじゃないですか?」


「その通りだがアイリス2という今回の任務に最適な船があったことも事実だ。アイリス2がいなければ我々は他の輸送手段を考えねばならなかったんだよ」


「なるほど。ただこれはやっぱり小口の輸送船です。乗せることができるお客さんもせいぜい4名程です。それ以上の人数だと厳しいものがありますよ。長期間二人で一部屋ってわけにもいかないでしょうし」


 ケンが言うと大佐が口を開いた。


「それなんだがケンとの契約をした時点で船の内装を少し変更することを考えている。具達的には貨物室を少し小さくしてその代わりに客室を増やす方向だ」


 なるほど。情報部の専用船に近い扱いになるのなら荷物よりも人になる。かと言って荷物室がなくなると小口運送船として通らなくなる。


「具体的に最大何名ほどの乗客を考えておられるんです?」


 ケンの問いに大佐と准将、そしてアンの3人が顔を合わせて二言三言言葉を交わしてからケンに顔を向けると


「最大で10名程かな。したがってあと6つ客室を作る必要がある」


 大佐のその言葉で頭で今のアイリス2の貨物室をイメージしたケン。


「となると荷物室は今の約60%強程の広さになりますね」


 そう言ってからアイリスに今の計算で合ってるかと聞くケン。


『はい。貨物室のスペースを35%使って今と同じ広さの客室を6部屋増設できます』


「その場合に積める荷物は?」


『大型コンテナなら1基、小型なら3基分となります。大型1基と小型1基までは同時に積載可能です』


「食料、水、燃料はどうなる?」


『乗務員12名で無寄港で最長3年と2ヶ月分の食料、水が搭載可能です。燃料についてはカートリッジですので全く問題ありません』


「そういうことで問題はなさそうですね」


 ケンとアイリスのやりとりを聞いていた3人もアイリスの計算結果を聞いて安心する。


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