第33話 情報部からのオファー

 ケンが再び口を開いた。


「そしてもう1つの噂、これも裏は取れてませんが海賊の一部はファジャルがやっているのではないかという話です」


 ファジャルと聞いて3人、いや4人の表情が変わった。


「それも運送仲間の情報かい?」


 准将の言葉に首を振り、


「これは複数の港湾局と自分が所属している小口運送組合の職員の両方から聞いた話です。目的は言わずもがな、治安悪化狙いですね」


「どうしてファジャルが噛んでいるという噂が出たんだい?」


 大佐がすぐに聞いてきた。


「偶然ですが自分の同業者が仕事中にワープアウトしてきたファジャルの艦隊と出くわしたらしいんですよ。ワープアウトしてきたのはファジャルの特徴的な色彩を施した空母1隻と真っ黒な塗装をしている中型の艦船3隻。出くわした仲間はすぐに組合と近くの星の港湾局にその画像を送信、ただ送信直後に仲間の船は爆破されたんです。画像は見てませんが組合もそして2つの港湾局もその画像を受け取ったと聞いています」


 ファジャルの船は一目見てわかる程派手だ。船体の下半分は真っ赤な塗装で上半分が真っ黒という2色で塗られている。彼らが年に1度自国でパレードをするときの映像はこのブルックス系でも放送されているのでその特徴的な色使いを知っている者は多い。そしてその船と一緒に真っ黒な船が3隻現れたとなると答えは1つになる。


「なるほど。ファジャルは政治的にそして武力行使でブルックスにちょっかいをかけ続けているということだな」


「そうなりますね。自分は個人的にはドレーマ星もファジャルの息がかかってるかもしれないって思ってますけどね。あの星でスピードの出る海賊船を製造するノウハウはなかったはずなのにそこで作られているという噂がある。誰かがその技術を供与していると考えるのが自然でしょう」


 ケンの言葉に誰も言葉がでない。皆が黙っているとケンが話を続ける。


「ただこれはシエラ星を狙っているというよりはブルックス系に亀裂を生じさせる目的でしょう。ブルックス系は一応連邦政府があるがそれがまともに機能しているとは誰も思ってませんからね。もっともだからこそ星系内での自由度が高くそれぞれの星に住んでいる住民がその自由を満喫しているとも言えます。かく言う自分もその1人です」


「非常に参考になる話だ」


「本当ね。今回の太陽系政府との交渉とは別に我々シエラ外交部も情報部と密に連絡を取って星系内の星の情報をもっと集めなければ」


 アンが言った言葉に頷く准将と大佐。


 

『NWPまで10分です』


 アイリスの声がして全員着席してシートベルトを締める。アイリス2は海賊から回避行動をとったあとしばらくして元の航路に戻り順調に飛行を続けていた。


『NWP10秒前』


 アイリスのカウントダウンの後Gがかかったかと思うと再び漆黒の亜空間に飛び出したアイリス2。


『ワープアウトは20分後』


 ケンにはこのNWPの原理は全くわからないがワープ中に他の物体と衝突する可能性がゼロだとアイリスから聞いていたので安心してシートに座っていた。


「NWPエンジンの調子は?」


『問題ありません。NWPエンジンの稼働率は90%です』


「ありがとう」


 まだエンジンには余力があると聞いて安心する。

そうして軽いGと共に通常空間に飛び出したアイリス2。


『周辺1,000万Km以内に衛星、人工物はありません。巡航速度で飛行します』


 その言葉でシートベルトを外す音が聞こえてきた。ケンも座ったままベルトをはずしアイリスに3Dマップを表示させると全員がマップの周辺に集まってきた。


「結構進んだな」


 赤い点を見て大佐が言った。


「今から16時間後にブルックス系の外側に出ます。そしてそれからワープを繰り返し、8時間後に相手に通信を送ります。こちらの船体番号及びETAの連絡だけでいいですか?他に事前に言うことがあれば先方に連絡しますが?」


 ケンが3人の顔を見ながら聞いた。


「わかった。通信の内容について3人で相談するから時間をくれ。24時間もかからずに我々の意見をまとめてケンに言うよ」


 そう言うと3人は階段を登って会議室に消えていった。


「今から24時間後に通信を送ることにした理由を聞いてもいい?」


 メインルームに残ったソフィアが聞いてきた。


「相手の通信範囲、感知能力がわからないからだよ。かと言ってこちらがあまり遠くから通信をかけるとこちらの能力を推測されるだろう?星系を出て8時間後なら普通の船の通信距離になるからな」


「手の内は見せない…ってことね?」


「そう言うことだ。俺は地球人だけど今はシエラに雇われてるからね。雇い主に不利になる行動はしないよ」


 3人が会議室に消えてから3時間後、再び3人が降りてきた。


「待たせたな。相手に送る通信以外にも打ち合わせをしてたんだよ。ケンが言っていた海賊の件も含めてだな」


 なるほどと頷くケン。大佐がプリントアウトした文面を持ってきた。


「この内容で先方に伝えてほしい」


 プリントアウトを手に取ると一読するケン。内容はアイリス2の船体番号とETAの他に乗組員、つまりケンとソフィアの名前と会社名、そして上陸する3人の名前と役職が書かれていた。非常にシンプルな内容になっているが当然だろうとケンは理解する。


「わかりました。このまま通信します。通信は今から21時間後になりますのでゆっくり休んでください」


「そうさせてもらおうか」


 准将が先に階段を上がり、続いてアンが階段を登っていった。


「ケン、ちょっといいかな?」


 残った大佐がケンに声をかけた。ケンはアイリスに一声かけると奥のキッチンのテーブルに移動する。ソフィアも一緒にやってきた。


 ソフィアがコーヒーを配り終えて着席すると、


「今回の太陽系訪問を終えるとこの機体でまたシエラに戻る」


 頷くケン。


「その後も太陽系連邦政府と同盟契約を締結するために通信でのやりとりはやるがそれ以外にお互いに顔を付き合わせて面談することが多くなる。つまりシエラと太陽系を何度も行き来する必要が出てくるということだ」


 ケンが黙っていると大佐が言葉を続けた。


「そこでだ。シエラ情報部としてケンが船長であるこのアイリス2と雇用契約を結びたい。ただしこの雇用契約は秘密契約と考えてくれ。当事者以外の第三者への開示はノーだ。そして契約の内容だが、情報部及び情報部が指名した人物、貨物の輸送を最優先にしてもらうということだ。もちろん我々の仕事がない時には今まで通りに通常の運送業務をしてもらって構わない。ただし通常の業務においては乗務員以外の人の乗船はやめてもらう。荷物だけにしてほしい」


 大佐の話を聞いたケン。頭の中で今の話を整理する。要はリンツ星所属のアイリス2をスパイ船として活動し必要があればこの船を利用して人や荷物を運ぶということだ。


「契約期間は?」


「3年契約から始める。そして契約の延長有りの条件をつける」


 そう言ってから大佐が口頭で提示した雇用契約料はケンが1年で稼ぐ金額の数倍、いや十数倍もの金額だった。


「高く評価してもらってる」


「どうだい?受けてくれるか?准将やアン外交部副部長とも話しあった結果の金額だ」


 オフィシャルなオファーだと言う。通信文作成の際にこの件も打ち合わせをしてきたのだろう。


「機密を守る為には知っている人間、関係者は少なければ少ない程いいですからね」


「そう言うことだ。そしてシエラ情報部及び大統領府は共にケンが十分に信用に耐えうる人物であると評価している。それには人物以外に操船技術も含まれていると思ってくれ」


 しばらく大佐の言葉を頭の中で消化していたケン。天井を見ていた顔を下ろして正面に座っているスコット大佐を見ると、


「1つ条件があります。それを受けてくれたらそちらのオファーを受けましょう」


「その条件とは?」


 大佐がかぶせる様に聞いてきた。ケンは自分の隣に座っているソフィアを見て


「彼女に引き続きこの船に乗って勤務してもらうことです。こちらからの条件はそれだけです」


「ソファの意見を聞く前に教えてくれ。彼女でないといけない理由があるのか?情報部の他の部員じゃダメだということか?」


 ソフィアは黙って大佐とケンのやりとりを聞いていた。


「その通りです。なぜなら彼女は非常に優秀だ。操船技術や航海技術についても全く問題ない。それと自分と組んでから長いのでこちらのやり方を理解してくれている。新しいアシスタントにまた1から教えるのは勘弁してほしい」


 その言葉を聞いて大佐はソフィアを見てどうなんだ?と聞いてきた。


「私にも問題はありません。引き続きこの船で働きたいと思っていましたから」


 ソフィアが言った。


「決まりだな」


 そう言ってテーブル越しに大佐と握手するケン。


「彼女は引き続き定期的に情報部に連絡を取るが構わないかい?」


「それは全く構いません。もっともシエラ星情報部の専属になれば仕事等で寄る星も減る。結果的に取れる情報も少なくなると思いますけど?」


「いや、ケンがたまに報告するだけでもこちらにとっては有益な情報になるんだよ」


 ケンはそんな大層な知見はないですけどねと言って笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る