第32話 海賊

 宇宙空間を飛行すると昼夜の感覚がなくなってくる。しかも今回は通常飛行以外ワープとNWPの両方を使って移動する。体内時計の調子が狂いがちだ。乗船してすぐにソフィアは3人を部屋に案内した際に各部屋にある24時間表示の電子時計を見せて、


「この時計はシエラ時間の表示になっています。ワープやNWP時以外はこの時計を見て自分自身で生活のリズムを作ってください。宇宙では時間の感覚が狂いがちになってそれが体調不良を引き起こすことがありますから」


 と3人に事前に説明をしていた。


 ケンとソフィアは8時間の睡眠以外の時間は起きてメインルームに詰めている。今はソフィアが寝ている時間だ。他の3人もシエラ時間の夜中の今は部屋で寝ているはずだ。


「カートリッジ燃料の消費状況はどうなってる?」


『出発前の計算通りです。変化ありません』


 そう言ってケンの座っている前のモニターに燃料消費の数値が現れた。


「うん。問題ないな。それにしてもシエラのこの技術は凄いな従来の燃料エンジンなら目的地に行くまでに何度給油の必要があるか」


『おっしゃる通りです。往復ノンストップで移動できる民間船のは今のところこの船だけですね』


「ありがたい話だが今後は給油の必要がなくてもどこかの星に停泊する必要があるかもしれないな」


『欺瞞行為ですか?』


「そう。いらない詮索をされない為の防衛手段の一つだよ」


『ケン。前方1,000万Km付近に正体不明の艦艇3隻』


 雑談をしている中突然アイリスが言った。すぐにレーダーを見るとフルレンジ表示になったレーダースクリーンに確かに3つの点がぎりぎり端に写ってきた。普段はAIがフルレンジでレーダーを作動しているがモニター上ではそこまで広範囲のレーダーを表示していない。遠くを見る目はアイリスに任せ、普段ケンはレーダーの探索範囲を500万Kmに設定して近くにある惑星や衛星の様子をチェックしている。


「逃げるぞ。彼らに見つからない安全なルートを探してくれ。移動時間のロスより安全重視で」


 レーダーを見ながら指示を出すケン。


『わかりました』


 それから10秒後


『安全なルートが見つかりました。機首をそちらに向けます』


「了解だ」


 その言葉で軽い揺れと共に機体が左上方に向かって進み出した。


『不明船との距離が開いていきました』


「OK。新しいルートを出してくれ」


 すぐに3Dマップが投影される。航路からやや左上に外れて、そのまましばらく進んでからまた本来のルートに戻るルートが新たに示されていた。


「この回避行動でロスする時間は?」


『1時間10分です』


「それ位なら問題ないだろう。このまま新しいルートで進んでくれ。燃料は問題なさそうだな」


『全く問題ありません。ケンのレーダーをフルレンジ表示にしてもCPUの負荷が1%上がっただけでこれも全く問題のない数値です。ちなみに今のCPUの稼働率は52%です』


 それだけこの機体は高性能、大容量のコンピューターを積んでいるということだ。アイリスの報告を聞いて安心するケン。



 新しいルートを飛んでいると階段を降りる音がしてソフィアがオペレーションルームに入ってきた。


「もう8時間経ったっけ?」


 早いなと思いながらケンが言うとコーヒーを作ったソフィアが船長席に歩いてきてカップを1つ渡し、


「ううん。目が覚めた時に機体が左上に動く感覚があったの。このあたりは真っ直ぐ進む予定だったのにどうしたのかなと思って」


 ソフィアが淹れてくれたコーヒーを1口飲むと、


「なるほど。実は前方に所属不明の3隻の艦隊を見つけたので回避したんだよ」


 ケンが今あったことをソフィアに報告する。


「そうなんだ」


「お客さんを乗せている。それもVIPだ。リスクはできるだけ避ける方針だからな」


「VIPじゃなくてもその方針でしょ?」


 ソフィアが言うとまぁなと苦笑するケン。そうして3Dの航路図を指差し、


「今はここだ。そしてここから一番近いのはバードビル星だろうがそれでも彼らの管轄外だ。一種の無法地帯になってるからな。以前からこのあたりはやばいエリアの1つだった」


「海賊か。この船が本領発揮したら全然問題ないのにね」


「その時は逃げ切れるだろう。そしてそれ以降は付き纏われることになる。そんなことになるのなら時間がかかっても逃げ回る方を俺は選ぶよ」


「目立たないってのも大事なのね」


「その通りさ」


 結局ソフィアはそのまま起きて自分の席に座るとレーダーを動かして仕事を始めた。


「寝なくても大丈夫かい?」


「大丈夫よ。それにそのうちに3人も起きてくるでしょうから。先に起きておいた方がいいでしょう?食事の用意もあるし」


「当人が問題ないって言うのならそれ以上は言わないよ」


 それから2時間程すると准将、大佐、そして副部長の順でそれぞれ部屋から下に降りてきた。ソフィアが朝食の準備をする間にケンが3人に進路を若干変更したことにより到着時間が1時間ちょっと遅れると報告をする。


「船の運行はケンに任せている。不要なリスクを避けてもられるのはこちらとしてもありがたい話だよ。それに1時間10分程度の遅れだとまだまだETAに余裕があるしな」


 准将が言ったあとで大佐がケンに、


「海賊船がいるというのは知っているが彼らの国籍や人種についてケンは何か知っているかい?」


 と聞いてきた。ケンを含めた全員がテーブルに座りソフィアが作った朝食を各自の前に置いて朝食をとりながらの雑談となる。


「海賊船は星籍も人種も基本バラバラですよ。どうやって人を集め船をどこで作っているのかも知られていない。それぞれの星のはみ出し者達が集まって3隻だ5隻だという集団を作って人気のない空域で活動している。というのが一般的な話です」


 と言ってから目の前の料理から顔を上げて准将と他の2人を見た。


「ここから先は噂です。裏は取っていません。噂話という前提で言うと海賊船に船や設備そして補修などの業務を提供しているのはドレーマ星ではないかというのが自分達運送仲間でよく出る話です。ひょっとしたら船員にもいるかも知れません」


「ドレーマ星?」


 大佐は聞いたことが無いなという表情をする。シュバイツ准将も俺も知らないなと言ったがアンだけは口に運んでいたフォークを戻すと、


「名前だけは知ってるわ。ブルックス星系で最貧星の1つになってる星よね」


 と言った。ケンは流石に外交部の副部長だ。最低限の情報は持っているんだなとアンの言葉を聞いて感心する。そうですとケンが頷くと、


「ケン、それって以前言ってた保険金詐欺の可能性があるって言ってた件の星?」


「ソフィア、その通りだ。ドレーマ星ってのはブルックス系では目立たない小さな星だ。特筆すべき産業もない。辺鄙な場所にあって観光となるめぼしい場所もない。アン副部長が言った様にブルックス星系の中では最貧星に位置している。住民は低所得者とその低所得者を食い物にして安い賃金で他の星のコピー製品を作って売りまくって儲けている金持ちだけが住んでいる星だよ。その金持ちらが艦艇を作っては海賊に売っているという話だ」


 シュバイツ准将とスコット大佐はケンの話を驚きながら聞いていた。この男は自分の仕事範囲の星の情報を全て知っているのではないか。そして同時にそこまで知っているからこそ無事故で請け負った仕事を100%完遂してきたのだと。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る