第28話 試運転
「エンジン作動」
『エンジン作動します』
ケンの言葉をアイリスが復唱し、機体がゆっくりと地上から浮き上がっていく。
『出力安定しています。このまま上昇して成層圏を抜けますか?』
「そうしてくれ。試験飛行の空域の座標はわかってるよな?」
『大丈夫です。上昇します。出力80%に上げます』
軽いGがかかりアイリス2は地面と並行なままである程度上昇すると機首を上に向けて加速して上昇していく。
「全くと言っていいほどエンジン音が聞こえてこないわね」
「ああ。それに加速も素晴らしい」
機種を斜め上に向けたまま真っ直ぐに上昇していったアイリス2はあっという間にシエラ第3惑星の成層圏を抜けて宇宙空間に飛び出した。
『巡航速度に入りました。NWPエンジンの出力安定。エンジンにも異常なし』
「ワープポイントまでは?」
「今から1時間55分後です」
シエラ星の中でもこのNWPエンジンは機密扱いになっている。港湾局にも疑いをもたれない様に巡航速度で通常のワープポイントの近くに向かい、いかにも通常のワープをすると言った体でNWPをして情報部から指示された空間に向かう飛行プランだった。
「巡航速度も以前よりも上がっているな」
『はい。12%スピードアップしています』
分速約6万Kmになったということだ。これは大きい。
巡航速度になるとソフィアがコーヒーを淹れて持ってきた。ありがとうとカップを受け取り、
「NWPをして試験飛行空域に着いたら俺とソフィアで交代でこの機体をマニュアルで動かして機体操作に慣れよう」
宇宙空間を滑る様に飛ぶアイリス2。巡航飛行をしながらケンとソフィアはアイリスと共に計器のチェックやレーダーのチェックをしていく。
「レーダーの探索範囲は1,000万Kmで変わらないけど解析度が上がってるわね」
『ソフィアの言う通りです。解析度が10%アップしています』
「この機体を作ってわずか半年ほどなのに解析度が更に上がっているとはシエラの先端技術の開発力は半端ないな」
ケンの言葉にありがとうとお礼を言うソフィア。自分の星の技術を褒められて悪い気はしない。
『NWPまで5分です』
アイリスの声が聞こえてきた。
「さてと、いよいよだ」
船長席に座ってシートベルトを締める。その横にある椅子に座って同じ様にベルトを締めたソフィアを目が合うと、
「楽しそうな顔してるわよ、ケン」
「ああ。自分の船のNWPだ。ワクワクしているのは間違いないな」
座っている目の前には広大な宇宙空間が広がっている。少し前までは視界に惑星や衛星が見えていたが今はかなり遠くに小さな点として見えているだけだ。
「周囲に他の機体、人工物もないわ」
レーダーを見ているソフィアが言った。
『NWP10秒前』
アイリスのカウントダウンが始まり、そして
『NWPワープします』
その言葉と同時に前方の視界が消えた。機体は猛スピードで進んでいるんだろうが周囲が真っ暗な空間の中では進んでいるどころか機体が止まっている様にも見える。NWPした瞬間のGは今はない。
『ワープアウト10秒前』
アイリスの声がしてしばらくすると軽いGで若干身体が前のめりになったかと思うと機体に宇宙空間が広がっていた。
『目的地の空域に到着しました』
「やっぱりすごい技術だ」
感心した声をだすケン。3Dの宇宙地図に表示されているアイリス2の場所は間違いなくシエラ情報部が指示した空域だ。
「ワープのショックもほとんどない。それであの短時間でこの距離。途中に衛星や惑星があっても関係なくワープできる。すごいとしか言いようがないわ」
ソフィアが正面の強化ガラス越しに見える宇宙空間を見たままで言った。ケンも全くソフィアと同意見だ。このNWPシステムは凄すぎる。
その後指定された空域でケンとソフィアは機体に慣れる為に交代でアイリス2をマニュアルで操作して運動性を確認していく。
「想像以上だったよ。揺れも少ないから積んでいる荷物にも余計な負荷がかからない」
「でも余りに短時間で目的地に着いちゃうと間違いなく怪しまれるわよ」
メインルームの奥にあるキッチンのテーブルに座って夕食をとりながら話をする2人。
「もちろんだ。だから普段の仕事ではNWPは使わない。通常運航だけで十分だからね。NWPを使う必要がある場面としては考えたくないが海賊に襲われるか、何かの理由で他星の軍に攻撃か停船命令を受けた時だろう。それ以外は通常エンジンと普通のワープで対応するつもりだよ。この新しいシステムはシエラ星の最高機密だ。極力隠匿する方針だよ」
ケンはそう言うとアイリスを呼び出して、
「アイリス、今俺が言った通りだ。万が一非常事態になった時でもNWPを使う選択肢は最後にしてくれ」
『わかりました』
アイリス2はNWPした空間で3日間飛行訓練を行ってから再びNWPをして来たルートを戻ってシエラ第3惑星のデッキに戻ってきた。
機体から降りて造船所の職員らに試験飛行のデータを渡し、口頭でも報告をするケン。
造船所と開発部がデータを分析、検討した結果最終的にアイリス2の機体には全く問題がないと言うことがわかりその情報が情報部に伝えられる。
情報部は外交部、大統領府と打ち合わせを行い、VIPを乗せて太陽系に出発するのは5日後となった。
「ケン、久しぶりだな。アイリス2であちこちの星を回ってくれて、その際に入手したデ
ータは我が国に取って非常に貴重なものとなっている。私からも礼を言わせてもらうよ」
「恐縮です、大統領」
出発の2日前の夜、ケンはソフィアとシュバイツ准将、スコット大佐と外交部副部長のアンの5人で前回大統領と食事をした政府の迎賓館で夕食をとっていた。
「新しいエンジンには慣れたかい?」
「はい。アイリス2に設置して頂いてありがとうございます」
ケンがそう言うと大統領は食事の手を止めてケンを見て、
「君はこの星では英雄になっている。もっとも事情が事情なので大っぴらには言えないがね。シエラという星が未来永劫輝きを保つためには博士の研究結果がどうしても必要だった。一時は諦めかけていた博士の研究結果をもちかってくれたことに対しては感謝の言葉しかない。君の機体にその研究結果を装着するのはある意味当然だよ」
大統領の言葉に頭を下げるケン。
「明後日からはここにいる准将らを乗せて太陽系まで出向いて貰う。太陽系連邦政府との同盟はあちらにとっても、我々にとっても極めて重要なものになるだろう。だからこそ事は秘密裏に進める必要がある。その会談の為の最大の難関であった会談場所までの移動方法だが君がいてくれたことが大いに助かっているのは間違いないよ。なんと言ってもシエラの英雄の船だからな」
そう言って声を出して笑う大統領。隣に座っていた准将も
「アイリス2という小型の輸送船を疑う者はいません。ちょうどこのタイミングでケンの船がアイリスに立ち寄ってきたというのも何かの縁ですな」
その通りだと言う大統領。そして顔をアンに向けると
「今日見た最終の案で問題ない。先方との交渉をよろしく頼むよ」
「わかりました」
とアンが答えると今度はソフィアに顔を向けた。
「ケンとの仕事は楽しいかい?君の表情を見るに楽しんでいると思うが?」
「仰る通りです大統領。毎日が新鮮でこの仕事を楽しんでいます」
ソフィアが答えるとそれはよかったと言ってから顔をケンに向けた。
「ケン。彼女は情報部の優秀なスタッフだが今は君の会社の社員だ。こき使ってやってくれて構わないからな」
大統領の言葉にテーブルで大きな笑いがおきた。
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