第17話 Humint

「ケンが荷役に立ち会うという意味がわかったわ」


 機体が宇宙に出て軌道に乗って安定するとソフィアが椅子から立ち上がり二人分のコーヒーを作ってケンの座っている場所に近づいてきて言った。


「あのやりとりはAIは出来ない。雑談の中に重要な情報が入ってることがあるのね」


「その通り。いつもじゃないけどな。何気ない会話から情報が得られることがある。事前にそれを知るといざ直面したときに対処はしやすい」


 受け取ったカップを口に運んでからケンが言った。情報の世界でもHumint、Human Intelligenceの重要性は皆が知っている。でもそれはいわゆるスパイを介してのことが多い。ソフィアもHumintとはスパイから情報を得ることだと思い込んでいた。


 ところが今日のやりとりを聞いてそれだけじゃないと実感する。そこに住んでいる人や関係者が何気なく口にした言葉。そこにも重大な情報があるのだと。


「ケンは情報を取ろうという目的でいろんな人と話をしているの?」


 ソフィアの言葉に首を横に振るケン。


「そうじゃない。情報は副次的な物だよ。最初から情報を取ろうとするとどうしてもそう言う質問や話題ばかりになる。そうなると相手も警戒する。普通の会話をして結果的にいい情報が手に入ったと思う位でちょうどいいんだよ。

 俺がいろんな人と会うのは俺が零細業者だからさ。会社の知名度なんて全くないに等しい俺がこの世界で生きていくには顔と名前を売ってそして相手にあいつはいい奴だ、とか信用できる奴だと思ってもらうことだ。まず商売ありきなんだよ。それで時々今日の様に湯気が立っている様なホットな情報が入ることもある。

 宇宙風のことを知らなかったら荷物がしっかり固定されているか確認しなかったかもしれない。でも揺れると分かっていればサマラ星に近づいた時点でもう一度荷物の固定具合を検査しておく。それが事故や商品の破損を防げるかもしれない。それにルートの見直しも事前にできる。そして確実に届けることができると俺の会社の評判のアップにつながるってことだ」


「情報部員としてHumintの重要性は認識してたけどさっきのやりとりは目から鱗だったわ」


 ケンの言葉を聞いていたソフィアが感嘆した声をだした。所属しているシエラ情報部では当然情報を入手する方法として人とコンタクトして情報を入手するという方法についても指導や研修を受けていた。ただそれはあくまで今の世界のやり方に於けるという条件下での話だ。AIが正確に動くこの時代でどうするかというやり方だ。


 ケンが行った一見前時代的な方法というのは逆に思いつかない。しかし実際には無駄であったり意味がないと思える行為でもそれを上手く使えば十分に情報が取れるということを彼が証明した。


「最初から情報という成果を期待して動くとどうしても無理が出る。成果がなくても良し、あったらラッキーだったくらいの自然体でいいんだよ」


「ケンなら私たち情報部の講師になれるわよ」


「よしてくれよ。俺はただの運送屋だ」


「アイリス、目的地までのルートを3次元ホログラムで出してくれ」


 ケンは恥ずかしいのか話題を変えてアイリスに指示を出した。


『わかりました』


 アイリスが答えるとケンとソフィアの前にホログラムが出現した。ペンザ星とサマラ星が左右にありその間を飛行するルートが青い線と白い線で表示されている。


『白いラインはワープです』


「なるほど」


 ケンはじっとその航路を見ていく。


「ここで航路が湾曲しているが理由はあるのか?」


『同じタイミングでそのエリアを彗星が横切る可能性があります。なので安全を見て少し迂回したルートを設定しました』


「完璧だな。そして今表示されているこのルートを飛んでいった場合目的地までの必要時間は?」


『ペンザ星出発から45日と3時間です。すでに2時間飛んでいますので45日と1時間ですね』


「契約は50日以内だ。ルート上も大きな障害はなさそうだ」


 契約は守れそうだと安心するケン。そうして飛行上のあるポイント、青い線を指差し、


「このポイントに到着したら教えてくれるかい?この空域で俺とソフィアでこの機体を動かす。操船訓練は定期的にしておかないとな。今回は精密機械を積んでいるから派手は動きはできないがそれでも操船に慣れておくのは必要だ」


「いろんなケースを想定しておくってことね」


 ソフィアの言葉に頷く。


「それもあるし、元々操船訓練は定期的にやっておいた方が良いっていうのが俺の考え方さ。操船の感覚を忘れないためにな」


『わかりました。ケンの操船技術は相当高いですよ』


 やりとりを聞いていたアイリスが言った。


「そんなに大したことないぜ」


『シエラ第3惑星を出発する前、以前乗っていた船のコンピューターにアクセスしました。航海記録を見る限りかなり操船のスキルが高いと認識しています。そしてこの船で試運転で操船したときもリンツに向かう際に操船した時も巡航時の船体の揺れや前後角についてもほとんどAIと変わらない数値が出ていました』


「前の船は全部自分でやらないと動かない船だったから。それで鍛えられたといえば鍛えられたんだろう」


 ケンはソフィアに顔を向けると


「シュバイツ准将が言ってたな、ソフィアは操船もできるって。軍仕込みの腕を見せてくれよ」



 アイリス2は順調に宇宙区間を飛行していた。燃料の補給がいらないので常に巡航速度で飛び、ワープポイントも予定通りの時間でクリアをして目的地に進んでいき、事前に操船訓練を設定していた空域に到達した。


「アイリス。操船を俺に渡してくれ」


 操舵桿を持っているケンが言う


『You have』


 というアイリスの声と共に操舵桿がマニュアルモードになる。ケンは機体を軽く左右に降ったり上下に動かしたりして反応速度や機体の動きを確認し自分のものにしていく。


「相変わらず動かしやすい船だ。操舵桿を動かした際の機体のレスポンスが極めて早い」


 しばらく操船すると操舵桿をソフィアに渡す。最初は少しだけ揺れたがすぐに船の癖を掴んだ様だ。船体を上下左右に動かしながら操船しているがケンが見てもその技術が高いレベルにあることがわかる。


「そこまで腕が良いと助かるよ」


 派手に船体を動かさなくてもパイロットとしての技量があるかないかはケンは一眼見てわかる。


「操船は好きなの。情報部の船もよく操船させてもらったの」


 しばらく操船したソフィアはコントロールをアイリスに戻した。船は再びオートパイロットモードになる。


「ソフィアの操船も問題ないことがわかった。俺はしばらく休んでくる。何かあったら呼んでくれ。ソフィア、8時間したら交代しよう」


「わかったわ。おやすみなさい」


 ソフィアとアイリスに声をかけたケンは階段を上がって奥にある船長室に入るとシャワーを浴びてから一眠りすることにする。宇宙空間では昼と夜の区別がない。十分な休養、睡眠をしなかったばっかりに不測の事態に陥った際の判断が遅れると取り返しがつかないことを経験上知っていたので彼は自分でしっかりと時間管理をする術を持っている。


 シャワーを浴びたケンはベッドに横になるとすぐに軽い寝息を立て始めた。



「ケンはこの船に高速通信システムが積まれているのは知ってるの?」


 ケンが2階に上がってしばらくしてメインルームに一人でいるソフィアがアイリスに問いかける。


『当然知っています。彼は最初から気がついています』


「どういうこと?」


 アイリスの回答にびっくりするソフィア。


『この船の製造に関してケンは何度も船に足を運んでいました。ある時船の1階に新しく積み込まれる設備を見たケンが造船所の職員に対してこの通信設備が情報部員用の設備なら重要な物だからしっかりと固定しておいてくれと指示をしています』


「彼は全てお見通しだったってことね」


『そうなります。聡明な船長であることは間違いありません』


「それについては私も同意見よ、アイリス」

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