第18話 宇宙風

 アイリス2は順調に飛行を続けてリンツ星を出発して今は出発後43日目の14時を回ったところだった。


『進行方向前方で宇宙風が発生しています。風速15ノット。このままの速度で巡航した場合3時間後からまともに宇宙風の影響を受けます。通過まで4時間15分の見込みです』


 アイリスの声が船内に響いた。


「15ノットか。相当強い風だな。アイリス、揺れが最も少なくなる速度にしてくれ。それと各セクションの状況のチェックを。揺れで部品が外れたりフックやネジ、ビスが外れないかどうか確認頼む」


『わかりました』


 アイリスとの話が終わるとその場にいるソフィアに顔を向けたケン。


「ソフィアの部屋の備品や道具のチェックは?」


「そっちは大丈夫よ」


「俺も自分の部屋の点検は終わってる。後部荷物室に言ってもう一度目視でチェックしてくる。その間にこの場所にいてくれ」


 そう言うとケンはオペレーションルームを出て後部の荷物室に移動していった。精密部品を積んでいるので念には念を入れてチェックする。荷物以外の工具関係もしっかりと固定されているのを確認してオペレーションルームに戻ってきたのはここを出て1時間後だった。アイリスからは船内、船外ともに異常なしとの報告が来ていた。


「荷物は大丈夫だった。あとはアイリスの操船に任せよう」


『操船は大丈夫です。予想される揺れは最大で上下左右に±5%、前後に±4%です。一方宇宙風の影響で通信状況が悪化することが予想されます』


「その程度で済むのなら大丈夫だな。通信についてはサマラ星へは宇宙風を抜けてから連絡する」


『わかりました』


「むしろ風よりデブリが宇宙風に流されてるかもしれんから注意してくれ」


『了解しました』

 

 矢継ぎ早に指示を出すと船長席に座るケン。


 宇宙風だけなら問題ないだろうがデブリや小惑星の欠片が飛んできて船体にぶつかると大変なことになる。


 進んでいくと機体が時折小さく揺れる。


『宇宙風の影響を受け始めています』


「了解。進路このまま。この機体の本領発揮じゃないの?」


「どういうこと?」


 ソフィアが椅子に座りながら船長席に座っているケンを見る。


「相当手が入ってる機体だ。揺れ対策も万全だろうと思ってるんだよ」


 ケンが答えてもまだ分からないという顔をしているソフィア。


「この船はワープアウト時の衝撃、揺れがほとんどないだろう? 衝撃や揺れに対してそれを吸収し緩和する様に設計されているということだよ。アイリス、そうだよな?」


『その通りです。ですので揺れが最大でも±5%程度で収まると報告しています』


「そうだよな。アイリスの報告を聞いた時にそう思ったよ」


 そう言ってからソフィアを見て


「普通15ノットの宇宙風を喰らうと船体は川に浮かんでいる木の葉の様に大きく翻弄される。それが5%程度で済むと聞いた時点でかなり対策を施されている船だというのがわかるんだよ」


 そう言ってどっしりと椅子に座ったケン。


「分かってたのなら後部の貨物室に行く必要はなかったんじゃないの?」


「ソフィア、それは違う。たとえ優れた性能であっても俺達は荷物を守るという使命がある。全てを機械任せにせずに確認できるところは自分でしっかりと確認するんだ。俺はそうしないと安心できないタチなんだよ。積んでいるのが自分の荷物じゃないと特にな」


 そう言ってからアイリスを信用してないって訳じゃないからなという。


『ケンの性格は理解しています。私を信用してくださっているのも理解していますので問題ありません』


「そうかい、ありがとう」


 一連のやりとりを聞いていたソフィア。彼女はケンに対する評価をさらに上げていた。責任感が強く自分の仕事に誇りを持っているのがわかる。彼にとっては周囲から見て無意味なことをと思っている事が無意味ではないのだ。それは自分の信念を貫くために必要な事なのだろう。そうしてそれが結果的に周囲から信用を得ているのだと理解する。


 外の宇宙風の速度が上がってきてるのがモニターに表示されている数値でわかるが船はほとんど揺れを感じない。時折船体が上昇したり下降したりしてデブリを避けているがそれ以外はほとんど直進している様に見える。


『通過まであと2時間5分です』


「あと半分だ。この調子でいこうぜ」


 誰に言うともなくケンが口に出した。その口調は落ち着いている。やるべきことをやり、AIと船を信頼しているからこその落ち着きだろう。



『宇宙風のエリアを通過しました』


 アイリスが伝えてきた。と同時に揺れが収まった。


「船外、船内の被害状況を」


『どちらも被害ありません』


 それを聞いて大きなため息をついてシートベルトを外すケン。ソフィアも椅子から立ち上がるとコーヒーを作ってケンに渡す。


 ありがとうとカップを受け取ると、


「アイリス、サマラ星の勢力圏までの時間は?」


『あと1時間5分です。勢力圏に入り次第港湾局と通信を繋いでいいですか?』


「頼む」


 その後は何もなく巡航したアイリス2。


『サマラ星の港湾局とつながりました』


 その声がして相手の顔がモニターに映ってきた。ケンも知っている顔だ。


「ケン、久しぶりだな。船を替えたのかい?」


「ああ。ようやく人並みの船になったよ」


 その言葉にモニター越しに笑い声が聞こえてくる。


「こっちにも連絡が来ている。荷物はブルックス宇宙天文台の電波望遠鏡の部品だな?」


「その通りだ」


 モニターを見ながら答えるケン。


「先方は待ちくたびれているらしい。サマラ星本体のカーゴターミナルに向かってくれ。1番ピアが空いている」


「カーゴターミナル1番ピア了解」


 通信を切るとアイリスが目的地を復唱して船体がやや向きを変え惑星本体に向かって進み出した。


「顔が広いのね」


「この星には何度か来ているからな。それよりも荷物を下ろしたら簡単な船の検査をしたい。無寄港で50日近く飛んでいるし宇宙風の中を突っ切ってきた。簡易検査は必要だろう」


「何日位留まる予定なの?」


「3日程かな。検査とその次の仕事探しがある。このセマラ星は天文台がある側には大きな街はない。首都や他の街もほとんどが天文台と反対側だ」


「天文台優先なのね」


「電波望遠鏡以外に普通の大型望遠鏡も備え付けられている関係で街の灯りを制限しているらしい。その関係もあってこの星は農業惑星と言っていいだろう。この星で作られた製品の多くが銀河系内に出荷されているよ」


 ケンが言うとおりこのサマラ星は天文台のある西半球の大部分は居住禁止区域だ。農地になっている。そして街や住民はほとんどが反対側の東半球に住んでいる。


「農業惑星か、シエラ第2惑星みたいなものね。それでケンもここの製品を運ぶの?」


 その言葉には首を振った。


「ここの製品、農産物の出荷については大手ががっちりち食い込んでる。俺達零細業者の出番はないよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る