第15話 リンツ星とは

 翌日2人はダーボードから出ている定期船に乗ってリンツ星本体に向かっていた。ちょうど他の船が着いたタイミングだったのか定期船はそれなりに混んでいた。多くがリンツ星本体で買い物をする観光客だ。


 ダーボードを出て小一時間で定期船はリンツポートに到着する。多くの乗客の波に紛れて2人もターミナルから市内に出た。


「パッとみた感じだとダーボードと変わらないわね」


「同じ国だからな」


 ケンの左腕に自分の右手を絡めて寄り添ってきたソフィアと一緒に街の中を歩いていく。様々な人種の人たちが街の中を歩いていた。


「リンツは人種のるつぼだ。移民にも寛容だ。ブルックス系はもちろんだが少数だが他の星系の人間もいる。多くはいないがファジャル人も住んでいる」


 ファジャル人と聞いてケンの手を掴んでいるソフィアの手に力が入る。本当?と顔を見上げてきたソフィアを見て頷くケン。


「ただこのリンツは移民には寛容だがスパイ行為に対してはとても厳しい罰則がある。見つかったら即死刑だ。これは全ての国民に対してだ」


「どういうこと?」


 ケンの説明によるとこの星は資源がないのでフリーポートにして外からの観光客が落とす金で成り立っている。全ての人に門戸は開いているが星のイメージをダウンさせる行為に対しては他の惑星よりもずっと厳しい罰則規定を設けているらしい。そしてこの惑星の法律ではスパイ行為は惑星のイメージをダウンさせられるものと認識されているそうだ。


「この衛星も含んだリンツ惑星内では全ての通信は傍受、記録されていると思った方が良い。俺達がアイリスと話をしている通話にしてもそうだ。通信の管理については常に機器が最新鋭のにアップデートされているという話だ」


「自由そうで自由じゃないのね」


 その言葉に苦笑するケン。


「完全な自由なんてどこにもないぞ?それこそ1人で船に乗って暗黒星雲辺りで暮らせばそうだろうけど。複数の人が住んでいる以上程度の差はあれ皆なにがしかの制約を受ける。その制限や制約が自分にとって苦痛に感じなければ自由と感じるし、苦痛に感じれば不自由と感じる。そんなもんだろ?」


「じゃあここにいるファジャル人もスパイ活動はしてないってこと?」


「この星ではな」


 その言葉を聞いて理解するソフィア。この星で得た情報を惑星の管轄外で発信する分には違法じゃないという訳だ。


「ただ、ソフィアが言う内部からの切り崩しについてはおそらくだがここのファジャル人は無関係だろう。ここは情報が集まりそうで集まらない。リンツの規則はここら辺では有名だからな」


 通りを歩きながら話を続ける2人。ソフィアはケンの話を聞きながら通りのウィンドウを見ては時々立ち止まる。ケンもそのソフィアに合わせて歩いては止まりという感じでのんびりと通りを歩いていた。


「そしてもう1つ。この惑星は星系の連邦に属してはいるがそれほど政治に熱心な惑星じゃない。名前だけ連邦所属になっているくらいに考えた方が良い。そんな奴らが自ら動いて連邦内で政治的な工作をやると思うかい?」


 ソフィアはウィンドウショッピングをしている風を装いながらケンの話を聞いていた。この男にはびっくりさせられてばかりだ。物事を多角的に見ることができる。それを当たり前の様にやる。シエラ情報部の調査でもケンは地球やそれ以外の惑星で特別に訓練を受けたという記録はない。おそらく一匹狼の運送業としてこの宇宙で生きていくうちに身についたものだろう。


 常に物事を第三者の視点から分析し判断する。その能力は下手な情報部員よりもずっと上だ。しかも持っている情報量が多い。これは行く先々で集めてきたものだろう。


「となると例の話からここリンツは外しても良いってことになるわね」


「そうなる。この星は政治より金の方が大事だと考えている。そしてソフィアが言っている件については俺の中で思い当たる星がある」


 その言葉にまたびっくりするソフィア。思わず立ち止まってケンを見た。


「慌てるなよ。そのうち仕事で行くとこになるさ。ああいう工作って即効性があるものじゃなくてじわじわと浸透させるんだろう?ならまだ時間は十分にあるから心配するなって」


 そう言ってから


「俺も100%そうだと言い切る自信は今のところはないんだ。逆にもう少し時間が経ってからの方がわかるかもしれない」


「そうね。慌ててボロを出してもね」


「そう言うこと」


 再び腕を組んで歩いていく2人。時々店に入っては買い物をするソフィア。昨日も買ったのに女ってのは全くどうなってるんだよと思いながら店の外で待っていると紙袋を持ったソフィアが店から出てきた。


「前の仕事だと私服を着る機会が少なかったのよ。それにやっぱり安いしさ」


 言い訳する様にして通りを歩いていくと目の前に川が流れていて橋がかかっていた。その橋の手前で立ち止まると隣にいるソフィアに顔を向ける。


「向こう側に渡ると途端に治安が悪くなる。その紙袋なんてあっという間になくなるぞ」


「なるほど。この川が境界線になっているのね」


 そう言って川の向こう側を見る2人。一見同じ街並みに見えるがこちらから見える向こう側の建物は1階の窓には全て鉄格子が入っていた。


「昼間ならあの家の鉄格子が見えてやばいと気がつくが夜になると見えない。酔っ払った観光客が橋を渡って向こう側に行って見ぐるみ剥がされるなんてのは日常茶飯事だ」


 シエラ第3惑星じゃこんなスラム街はまずない。政府が手厚く保護をしていることもあるが国民がしっかりと団結しているというのもその理由だ。


 一方ここはフリーポートだ。一旗上げようと外から大勢の人間がやってくる。そして成功したものは立派な家に住み、失敗したものは川の向こう側の住人になる。


 2人はその後は安全なこちら側でショッピングと食事をして夕刻の定期便で衛星ダーボードに戻ってきた。


「アイリス、船に不審者は近づかなかったかい?」


『はい。この10番ピアに近づく人はいませんでした』


「ありがとう。おやすみ」

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